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人は本来、「安らかな死」を迎えられる様に創られている

 先の記事で、心無い医師に余命数ヶ月で治療不能などと言われても、絶望せずに希望を持つ事の重要性を訴えてきました。そして希望を持ち続ける事で、病気を克服できなかったとしても安らかな死を迎える事が出来ると思います。死の間際まで希望を持ち続ける、希望を持ったまま死を迎える事が可能なはずです。

 少し話は逸れますが『奇跡の脳』という 本をご存知でしょうか。これは 37 歳で脳卒中に襲われ、一時は言語能力まで奪われながら奇跡的に回復した、若い 脳科学者の驚くべき体験を記録したものです。彼女は起床直後に脳を突き刺すような激しい痛みに襲われ、その後まともにものも喋れない状態でなんとか友人に助けを求め、病院で治療を受けるまでの約 4 時間程の間、刻々と認知能力が失われて行く状況を驚くべき冷静さで記録しています。彼女は、脳動静脈奇形と呼ばれる血管の先天的 奇形から大出血を引き起こし、左脳の 2 つの言語中枢と運動野・感覚野の一部と方向定位連合野を侵されます。そ の結果、動作はギクシャクした緩慢なものとなり、言語能力を失い、意識レベルもだんだんと低下し、右手は麻痺してだらりと垂れ下がってしまいます。ところがこの時、相変わらず頭がズキンズキンと痛む中で、彼女は幸福感に包まれていたと言うのです。普段私達は、左脳にある言語中枢の働きで常時脳は自分自身に話しかけています。しかし、出血で言語中枢が機能不全に陥る事によって何時ものおしゃべりが止み、心が静寂に支配される中で平穏な幸福感 に包まれて行ったと言います。彼女は、この時の様子を著書の中で次の様に語っています。

集中しようとすればするほど、どんどん考えが逃げていくかのようです。答えと情報を見つける代わりに、私はこみ上げる平和の感覚に満たされていきました。私の人生を細部に結びつけていた、いつものおしゃべりの代わりに、辺り一面の平穏な幸福感に包まれているような感じ。・・・・
左脳の言語中枢が徐々に静かにな るにつれて、私は人生の思い出から切り離され、神の恵みのような感覚に浸り、心が和んで行きました。高度な認知能力と過去の人生から切り離されたことによって、意識は悟りの感覚、あるいは宇宙と融合して「一 つになる」ところまで高まっていきました。無理やりとはいえ、家路を辿るような感じで、心地よいのです。・・ ・・
奇妙ですが、幸福な恍惚状態に宙吊りになっているように感じました。・・・・
左脳の分析的な判断力 がなくなっていますから、私は穏やかで、守られている感じで、祝福されて、幸せで、そして全知であるかの ような感覚の虜になっていました。(『奇跡の脳』ジル・ボルト・テイラー著)

 この時、同時に自分を取り囲む 3次元の現実感覚を失い、体が周りの空間や空気の流れに溶け込んでしまい、体の境界もはっきりしない奇妙な感覚に襲われたと言います。これは左脳の方向定位連合野が出血で侵された為と説明しています。 何故ここで、この話を取り上げたかと言うと、臨死体験と良く似ている様に思うからです。心停止から蘇生した人の 18%が臨死体験をしているとも言われます。医療技術の進歩により、心肺停止から蘇生する人の数が増えて、臨死体験はそれほど珍しいものでは無くなっているのです。

 臨死体験の内容はよく似通っている事が知られてい ます。 よく知られているのが「体外離脱」 「光」「トンネル」などで、これらはジル・ボルト・テイラー博士の体験の中に直接は有りませんが、「体外離脱」 は体が周りの空間に溶け込んで区別がつかない感覚と通じるものが有りますし、何より両者とも背景に心の安らぎと静寂が支配している事が注意を惹きます。私たちの脳では普段は、言語中枢が有る左脳が優位脳として右脳を支配しています。しかし、左脳の言語中枢が機能停止するとその抑制が外れ、右脳が自己主張を始めます。そして「右脳の個性の最も基本的な特色は、深い内なる安らぎと愛のこもった共感」なのです。ジル・ボルト・テイラー 博士は自分の体験を分析して「神経解剖学的な見地からは、左脳の言語中枢および方向定位連合野が機能しなくなった時、私は右脳の意識の中にある、深い内なる安らぎを体験する事ができた」 と述べています。また、チベットの 僧侶やフランシスコ会の修道女が瞑想状態に入る時、 まずはじめに左脳の言語中枢の活動が減少し、次に左脳の後部頭頂回に在る方向定位連合野の活動が減少すると言います。つまり、臨死体験における心の安らぎと静寂は、 左脳の言語中枢と方向定位連合野の機能停止と関係している可能性が有るのです。

 死に直面した時に、何らかの 理由で左脳の方が早く機能不全に陥り、言語中枢と方向定位連合野の活動が低下する事で、静寂に包まれ幸福感に満たされる体験をするのではないでしょうか。左脳に脳卒中が起きる確率は右脳より 4 倍以上も高いと言いま すから、死の直前に左脳の方が早く機能不全に陥ると考えても、それほど突飛で非現実的な想定とは言えないでしょ う。おそらく私達は、それまでに経験した事が無い心の内なる静寂の中で深い幸福感に包まれて、あたかも天国に昇って行くかの様に、人生最後の時を迎える事が出来るように創られているのだと思います。これは死後の世界の存在の有無とは関係が有りません。本来、自然死とはその様なものなのです。私の弟の様に騙されて「持続的深い鎮静」に掛けられ、医者に毒殺される様な事さえなければ、私達は全て天国に迎え入れられる様な安らぎと幸福感の中で、死を迎える事が出来るはずなのです

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