人生をかさねて、病院へ行く
患者さんといえば、色とりどりの人生を過ごしてお越しになられる。
古今東西、この世に仕事はたくさんあれど、これほどまでに人間に接せられる仕事はそうないだろう。
兎にも角にも、人を知りたくなったなら医療のお仕事に転じてみてほしい。楽しい日々が待っているし、心労もそれなりにだ。
「かーんごーしさーん‼︎」
声を荒げるのはふくよかな体型の貴婦人。話してみると大変ユニークなのだが、途中から支離滅裂な会話になってしまう。なにしろ声を張り上げるので自室には滞在できない。
認知が進む前は学校の先生で雄弁な方だったとか。多忙からギスギスしがちなナースステーションがとっても明るくなる。
高度な作業はできないので、簡単なリハビリから挑戦してみよう。
「あんた‼︎
ちょっと見てきなよ‼︎」
お二人目は、ダミ声のこれまた元気な貴婦人。人目もはばかることなく乳房を見せ付けてきたので「それはもったいない」と、丁重におことわりする。それでも見ろと迫ってくる彼女は元介護士。
その勢いの凄さから敏腕な働きっぷりだったんだろうなと、まなこに浮かぶ。
暴れてしまうことが多いので、基本は大勢のいるところで医療介入をしよう。
デイルームに移動するといつものレクリエーションが響き渡る。部屋の片隅で車いすに座る方は元看護師。拘縮が激しくお身体を動かすことはもうできない。長いこと急性期病棟で働かれていたとか。
往年の医療だけにこれまたしんどい現場だったのではと想像する。
目ヤニが付いていたので、私はそれを拭く。私にはそれが涙のようにも思えた。
そういえばむかし、『人がひとを磨く』といわれたことがある。
これは確かに間違いないけれど、加減にもよる。
良質な人間関係はたしかに人を育むけれど、時と場合によっては「磨き過ぎる」なんてこともあるかも知れない。
そこではたらく誰もが研磨剤になり得て、お互い影響をあたえるチャンスがあるからこそ、そういったマギレも起きのだろう。
(磨き磨かれ)その結果、ここ(病院)にいるんだろうなと想うとなんだか人生って複雑に思えてくる。
そんなことを思いながら、今日もいちにち、人生をかさねていく。