見出し画像

“パンパンガール”を語る20【 マッチ売りの少女 】               

6月に西荻窪で開いた『金ちゃんの紙芝居』では、金ちゃんが自らセレクトした25枚の絵の展示会も行った。中には、いつにも増して濃厚な絵があった。何点かを紹介する。まずはこちら。

朝霞駅前。稲荷神社の祠の裏。

マッチ一本が燃え尽きるまで…

金ちゃん)  要するに、マッチ1本を幾らかで売って、燃え尽きるまで見せる…ってやつですね。

━━ 当時、金ちゃんは小さかったから分からなかったでしょうけど、マッチ1本、幾らだったんですかね?

金ちゃん) これは50円って言ってた。

━━ 結構な値段ですね!

と、初めて聞いた時は驚いたが、後で、改めて計算してみた。   
『戦後値段史年表』(週刊朝日編)によると、昭和25年、マッチ1包み(10個入り)が20円。つまり1個2円。それと比べれば25倍だが、売りはサービスなのだから、単純に比べても意味はない。           

他の商品と比べると、同じ年、コーヒーが30円だった。現在、コンビニのSサイズのコーヒが120円前後、スタバのSサイズが380円だが、間をとって仮に300円とすると、当時の10倍。それで換算するとマッチ1本の商売は500円という計算。

果たして高いのか安いのか? 

さっきも言ったように、サービスの対価と物品の値段を単純に比べても意味はないのだが…。 

そもそも、この種のサービスを高いとか安いとか、くどくど言うのが不謹慎だと言われれば、なかなか反論も難しい。


マッチをズルした、駅前通りの商店主


金ちゃん) そのマッチ1本をズルしたオジさんがいましてね。

━━ はい。

金ちゃん) ズルっていうのはね、当時、アメリカ兵がね…ちょっと軸が太くて寸が短い…どっか硬いところでピッてやると、プッとつくマッチがあったんですよ。

ご存じ? そういうの使ったことないですか?

━━ マッチは、もちろんありますけど。

金ちゃん )どこでもピッとつくマッチは?

━━ 分かんないです。

金ちゃん) そういうのがあったんですよ。それね、後から聞いたんだけど、蝋…ローソクの蝋と書いて、『蝋マッチ』っていうんですって。

アメリカ兵が持ってるマッチは全てそれだったんですよ。
軸が太い分、長持ちするんですよ。

金ちゃんに教えられて、「蝋マッチ」というものを今回、初めて知った。
どんなものか知りたい方は、グーグルなどで映像検索してほしい。すぐに見つかる。
前回の「チャリンコ」もそうだが、金ちゃんの話を聞いて楽しいのは、もし金ちゃんと出会っていなかったら、一生、知ることもなかっただろう言葉を、知ることが出来ることだ。

金ちゃん) それで、駅前通りのある商店のオヤジが…

と言って指さしたのは、赤いワンピースの女性の前で蹲っている男。そして…

アメリカ兵から貰った蝋マッチを隠し持っていて、この2人…

と言って、次に指さしたのは、ワンピースの女性と、画面左、2つの鳥居の間で仁王立ちしている後ろ姿の男性。

金ちゃん) 後ろ姿の男は旦那で、まあヒモ兼用心棒のような存在だったんですよね。で、マッチを売るんです。

━━ はい。

金ちゃん) 「どうだい? マッチ一本50円で見せるよ!」。
旦那が売るのは日本の普通の細いマッチなんですけど、駅前通りの商店のオヤジは、それを買って、いざサービスという時に、米兵から貰った太い蝋マッチにすり替えた。

━━ ああ、長い時間、見たいから!?

金ちゃん ) そう!
で、それがバレて、女性の夫に半殺しの目に遭ったという…

━━ なるほど…

金ちゃん) (笑)そういう話もあってね。

マッチサービスは日本人が対象


━━ ということは、マッチ棒のサービスというか商売は、日本人が相手だったってことですか?

金ちゃん ) そうですね。

━━ 米兵じゃなく?

金ちゃん) 米兵は…

━━ そうか! 米兵は、わざわざそんなことしなくてもいいですよね。お金、持ってますからね。

金ちゃん) 聞いたことないですね。

━━ なるほどねぇ…。
ちなみに、この女性はパンパンガール、つまりハニーさん?

金ちゃん ) ではないです。この2人、夫婦だと思うんですよね。

━━ じゃあ、米兵相手の商売の副業としてやっている、っていうんじゃなくて?

金ちゃん) どうだろう? 米兵を取ってたかも分かんないけども…わかんない。

━━ もしかしたら年齢もあって魅力が薄れてきたから、マッチ売りぐらいしかできなかった?

金ちゃん) うん、多分、そっちだと思いますよ。

━━ なるほどねぇ、そっかそっか。

野坂昭如の『マッチ売りの少女』

展示会に来てくださった方が、金ちゃんの「マッチ売り」の絵を観て「野坂昭如が、この商売をモチーフに小説を書いている」と教えてくれた。僕は知らなかった。俄然、興味が湧き、ネット書店で取り寄せた。

『マッチ売りの少女』文・野坂昭如+絵・米倉斉加年  この本は、俳優・米倉斉加年にとって最初の絵本であり、「この『マッチ売りの少女』に出会わなかったら、私は絵本描きになっていなかったでしょう」と、あとがきに記している。

タイトルは『マッチ売りの少女』。亡き父親の幻影を求め、男たちに身を任せ、東京や大阪の風俗店を渡り歩く女性。最後は、西成のドヤ街近くの公園で、マッチ1本5円の御開帳で糊口をしのぐ生活だったが、師走の夜、灯したマッチの火に焼かれ、一生を終える。

極貧の中、マッチを売ろうにも一本も売れず、大みそかの夜に凍死する少女を描いたアンデルセン童話。それにインスパイアされて書いたのは明らかだと思うけど、詳しくは知らない。

金ちゃんは、野坂の小説のことをまったく知らなかった。子供の頃、見た光景だけを手がかりに、絵を描いた。

つまり、同じ商売が朝霞にも大阪にもあったということだ。
おそらくは全国にあったのだろう。

朝霞のマッチ売り その後

25枚の金ちゃんの絵のうち、9番目が「マッチ売り」の絵。そして10番目が次の絵。

こちらの絵には、金ちゃん自筆のキャプションが付いている。

━━  ⑨のマッチ売りと同じ女性ってことですか? 

金ちゃん) うん、そう。そのころ、私たちの仲間内で、ガキ大将の中学生がいて、ほとんど仕事みたいに夕方になると覗きをやってました(笑)。

それで、そいつが「あのババアが自動車で…」って。
当時、「車」って言い方しなかったね、「アメ公の自動車で、やらしてるんだ」っていう話を仕入れてきて、「利ちゃんも来い」って言われて…。

ガキ大将はね、私のことを可愛がってくれたんですよ、どんなわけだか。
で、どこへ行くにも連れてってくれたんだけども、私は夜8時を過ぎると、お母ちゃんが家(うち)を出してくれないんです。ガキ大将は、それもちゃんと承知しててね、「もう8時だから、おまえ帰れ」ってんで、いつも帰らされていたんですけど、そのときは、たまたま早い時間で…。

で、そのガキ大将の家(うち)が土建屋で、大きな家屋敷で、「アメリカ兵が屋敷林の中へ車を止めてこんなことしてるんだ」ってことだったんですよ。

━━ なるほど、

金ちゃん) ガキ大将が「見に来い、見に来い」って言って、見に行った時の話なんです。確かにマッチ売りの女性だった。

━━ じゃあまあ、何というか…、米兵のお客を取ることもできた?

金ちゃん) そうですね。

━━ なるほど。あるいは相場よりも安い値段で商売してたんですかね?


金ちゃん ) どうでしょうかね。それはちょっと分かんないけどね、うん。

━━ これ、絵全体に青い粉を散らしてるのは?

金ちゃん ) 要するに車のルームライトを消して、まあ、暗がりでってことですね。

━━ なるほど、いいですね!  夜のイメージを表しているってことですね。

金ちゃん ) まあ、そんなつもりで描いたんだと思います。

━━ いいと思います、すごい素敵です! 
金ちゃんの絵で、女性の表情をここまで描いているのって、初めて見たような気がします。

金ちゃん ) (笑)

━━ 今までそんなに…あれですよね?

金ちゃん) 顔って描いてないですもんね。目も描かなきゃ鼻も描かないからね。

━━ 悦びのあまり声を上げてる、ってことですよね。

金ちゃん) わかんない(照れ笑い)。えー、はい、分かりました。すいません!

━━ いやいや! いいって言ってるんです。素晴らしい、ということを言ってるんです!

金ちゃん) (笑)ありがとうございます。ふぅ~、弱ったな。

━━ 白い歯が…歯が白くて…へぇ~、なるほどね。分かりました。

金ちゃんは照れてしまったが、この絵はとってもエロティックでいいと思う。
江戸の浮世絵師たちが美人画や名所画と同時に、春画も描いたように、金ちゃんには、ディープな絵をもっと描いてほしいと思う。まだまだ引き出しはあるはず…と僕は睨んでいる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?