クジラの声が聞こえない

 クジラの声はどこまでも遠く、響き渡るらしい。

 そんなことを教えてくれたのは誰だっただろう。ずいぶん昔のことなので忘れてしまったけれど、幼い頃の私はクジラにある種の憧れを抱き、その不思議な生き物のことを考えるだけで毎日が無性に楽しくて仕方がなかった。

 だからあの日、私はクジラの声が聞こえたと信じて疑わなかった。

 道路を挟んで家の裏手に広がる雑木林。クジラは木漏れ日の下を悠然と泳ぎ回り、どこまでも響く大きな声で私に話しかけてきたに違いない。海がどんな形かもわからなかったから、私の知る世界はとても狭く、でも、とても広かったように今では思う。

 高らかと響き渡る美しい声だった。

 どこか楽しそうで、どこか悲しそうで。海から遠く離れたあの家でひとり、聞こえるはずもないクジラの声だけが、いつまでも耳の奥で鳴り響いて止まらない。

 あれから20年、私は今でもあのクジラの声を探し続けている。




【続く】

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