どこかのだれかの日々の記 リリィ その2

どこかのだれかの日々の記

リリィの所感


2493年 6月24日

面倒

今日の朝、ふと過去の日記を読み返していた。
日記を書き綴ってもう9年ほどが経つから、最初の頃にあった煩わしさや疎ましさや後悔はもうなくなった。あの頃は学生だったから仕方ない。大抵の事が面倒だと思えて、実際にそれが面倒らしくあるかのように振る舞えるのは学生の特権だろう。

もう20代も後半になり30代が見えてきた今も面倒な事柄は増え続けているが、それを口や態度で出してしまうと自分の色々を損なってしまう。本当は今でも面倒事はほっぽり出したいが、そういう訳にもいかない。

それに面倒も悪くないと思えるように成長もしてきた。面倒な事をやってきたから過去の日記などを専門に研究する今の仕事に就けている訳だし、布寺童さんや栄熨眞さんたちとも知り合う事が出来た訳だし、アーカイブ化されたそれぞれの家の古い日記データを発掘する事も出来た訳だし、それによって色々と研究が進んだ訳だし、それが偶然Groglinwood博士の研究と繋がって思ってもみない成果を出せた訳だ。それらは全て、面倒を乗り越えた結果だと言える。世の「研究者」と名乗る人々の中で私はかなり若手だが、それでもある程度の生活が出来ているのは倒れている面を起こしたからだと内心思っている。

私が思うに、日記というのは未来を回想するものなのではないだろうか。予言とは言わないが過去を書き記す事で未来にある程度の予測を立てられ、あるかもしれない未来に想いを馳せ、それをあたかも過去にあった出来事かのように想起させてくれるものなのではないかと思う。こんな事を書いてるなんて誰かに知られると日記の研究のしすぎで頭がおかしくなったと思われそうだから誰にも知らせないが、内心そういう事は少し思っている。



2493年 6月25日

未来回想

今日の昼ごろ、かなり興奮した様子の篶機博士に会った。篶機博士曰く「まだ内密だが、任意のデータを過去と現在両方の時間軸に送信する事が出来た」らしい。人類史に残る凄まじい偉業を成し得た直後の人物と私は会話できたのだ。今になって手が震えてきた。そしてまさか「データの送信テストで未来に今のデータを送っても恐らく向こうの方が技術力が上だから問題ない。ただ過去に送るには過去に影響がないレベルのデータしか送れない。そこでリリィ、君が研究している日記のデータを使わせてほしい」という打診を受けた。なぜ日記なのかはあまりよく分からなかった。どんな雑な日記だってそこに含まれる情報量は目を見張るほどのものがある。そう返しても篶機博士は食い下がってきた。「個人が特定できるデータだったり未来予測のようになってしまう表現などにはある程度手を加えるから、時代がいつだろうが関係ない出来るだけ当たり障りのない日記データを見繕ってほしい」と返された。手を加えるなら別に何のデータでもいいじゃないかと言っていたら博士の研究室の人たちにも懇願された。そして根負けしてしまった。仕方がないから首肯いた。いつの時代に送るのかというと、今から大体400年ほど前、電子データというものを人類が扱えるようになって少しした辺りに送るらしい。というのも、その辺りの時代なら、例えばこちらから日記データを送ったとしてもデータから「日記である」という情報以上の情報を読み取る事は不可能だからだそうだ。それに、その辺りの時代ならデータの受け取り手としてちょうど良い条件が揃っているそうだ。

実験の内容としては

1.日記データを用意する
2.データに手を加える(日記に登場する個人や日付を特定できないようにしたりそれがあたかもフィクションであるかのように偽装するなどらしい)
3.そのデータを過去にいる「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️」人物に宛てて送る
4.データに付随する超々度メズマライジングクロマキーによりその人物にデータを当時あったインターネットサービスにアップロードしてもらう
5.こちらにあるインターネットアーカイブからそのデータが検出出来れば成功
6.それを複数回繰り返す

というものだそうだ。

個人的にはかなり疑わしい実験だが、曲がりなりにも事実としていわゆる「タイムマシン」を完成させた博士たちだからその中では確固たる自信があるのだろう。まあつまり実験が成功した場合、何処かの誰かが未来に行うであろう「日記を書く」という回想行為により出力されるデータがそれより過去に存在する事になる訳だ。

なんというか、少し不思議だ。実験開始は順当に行けば半年後、年が明けた辺りから開始らしい。そうは言っても私もそんなに沢山のデータストックがある訳じゃない。どのデータを選ぶかはかなり難航しそうだ。

そうだ。せっかくなら関わりがある人たちの日記を選ぶのはどうだろう。大なり小なり、日記の執筆者同士に関わりがあるのは面白いのではないだろうか。よし、そうしよう。そうと決まれば早速取り掛かる。どうせ過去に送る時にはそのデータをアップロードする人の文体に似るような細工をするんだ。怖いものなどない。急に実験が楽しみになってきた。今から楽しみだ。そうだ、勝手に題をつけよう。「どこかのだれかの日々の記」と。


※ この文章はフィクションです。過去から現在に至るまでの実在の人物・団体・名称などとは一切関係ありません。

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