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佐久間マリさん

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佐久間マリさんの作品が大好きです。 特に男子がとても魅力的で、物語は大きな出来事がドカンと起こるわけではないですが、心が切なくギュッとなります。 沢山の方にこの切なさを。。。
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2020年10月の記事一覧

12.デキる刑事は事件を呼ぶ罪 #絶望カプ

12.デキる刑事は事件を呼ぶ罪 #絶望カプ

 銃のスライドを引いて、装填を確認する。合わせた背中の向こうで同じ動作をしているらしい進藤がため息をついた。

「せんぱぁい……、マジでいくんすか?」

「ここで行かないでどうするよ」

「マトリに任せましょうよぉ」

「マトリが到着するまで三十分はかかる」

 確かにこんな展開は予想していなかった。

 俺たちが追っていたのは数日前に起きた三千万円強盗容疑で逃走中の犯人で、まさか犯人がマトリが追

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1.セフレの条件、簡潔な行為

1.セフレの条件、簡潔な行為

 思いきり酔えなくなったのは社会人になってから。
 酔いたくても、どれだけ飲んでも、酔わない、酔えない。これ、たぶんちょっとした職業病。

 友達で警察官になったやつは一人もいない。
 勤め始めてもうすぐ十年。
 集まれば昔のバカ話ができて楽しい反面、あの頃のノリのまま羽目を外してしまわないよう学生時代の仲間との酒の席では特に気を付ける。
 些細すぎる悪事でも懲戒免職になる確率は他の奴らよりはるか

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2.セフレに必要ないもの、個人情報

2.セフレに必要ないもの、個人情報

 結局、パリとはちょくちょくセックスする仲になった。

 多いときは週に二、三度。会わないときは月に一度とかもザラにある。『今からどう?』も『今日無理』も遠慮なく言えて、勤務が不規則な僕にとって楽な距離感だった。

 パリとの体の相性は普通で、それでも何度か身体を重ねているうちにすり合わせもできてきて、それなりにベストに近い相性になった。

 パリとする会話は結構好きだった。賢者タイムの他愛のない

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1.ゆるやかな絶望しかない未来

1.ゆるやかな絶望しかない未来

『おー、助かる。じゃ19時に改札で』

 ご飯を作りに行こうかと尋ねたら、了解の旨の返事が届いた。
 今日の今日でOKということは、今は仕事の忙しくない時期らしい。

 わたしには幼なじみがいる。
 幼なじみの家に、たまにご飯を作りに行く。
 頻度は月に一回と決めている。それは厳密ではなく、なんとなくを装う一ヶ月。それ以上頻繁には行かない。それはわたしの矜持と予防線。

「おー、待った?」

 黎

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2.希望ある未来を望むこともできる

2.希望ある未来を望むこともできる

「あそこで結婚してないのって、前田と浅ちゃん、黎くんの三人だけじゃない?」

 メインのステーキを頬張ったタイミングで飛び出した発言に、わたしは少し離れた黎のいる円卓を見た。

 さっちとタカシの披露宴で、わたしは新婦の中学、高校時代の同級生というテーブルにカテゴライズされ、黎は新郎側のそれのテーブルにいる。
 男ばかり八人のテーブルにおいて既婚者は五人。

「男子は独身の方が少ないの?」

「対

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3.理性と感情、過去と現在、常識と未来

3.理性と感情、過去と現在、常識と未来

 いつものように駅で待ち合わせて、近くのスーパーで食材を調達する。
 その日の晩御飯用と黎が一人でも少し手を加えれば食べられるものと、本物のビールと安っぽいけど甘いデザートと。

「お、使ってくれてんだ」

「はい、ありがたく使わせてもらってます。毎日持ち歩いてるよ。おしゃれでセンスいい婦警さんだね」

「選んだのは俺だっつーの」

 黎が誕生日にくれたエコバッグに詰まった二人分の食べ物は少し重い

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4.月がきれいですねとあなたは言わない

4.月がきれいですねとあなたは言わない

『今、円の会社の近くにいて直帰予定なんだけど、もうすぐ仕事終わりだろ? なんか食って帰る?』

 わたしと黎は外で会うことはほとんどなくて、たまに黎でなければならない特別な用事、例えば女の一人暮らしには大変な重い買い物とか、重い買い物とか重い買い物とかの必要なときは外で約束する。そのついでに食事をして帰ったことはある。
 もっとも、そんな重い買い物ばかりするわけじゃないから、つまりはほとんどそんな

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5.絶望が絶望でなくなるとき、それは

5.絶望が絶望でなくなるとき、それは

 黎が入院した。

 幸いにも命に別状はなくて、元気は元気なんだけれど、逃走する容疑者を追いかけて、ビルの二階の高さから飛び降りて、その場で身柄確保はできたけど救急車で運ばれて、緊急手術になって、目が覚めて起きられるようになって、そこへたまたまわたしがいつものように定期の連絡をしたからようやく黎が入院していることを知ったけれど、そのときすでに五日が経っていた。

 たしかに聞いたことがある。法的に

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6.もがき、足掻き、掴む、砂漠の中の一粒の砂

6.もがき、足掻き、掴む、砂漠の中の一粒の砂

 黎は改めてお見合いは断ったと言った。

 その後、わたしは毎日のようにお見舞いに行ったが、一度すれ違ったかもしれないそのお相手を二度と見かけることはなかったから、本当にお断りしたのだろう。
 出世にしても成人男性としても、みすみすチャンスを逃すとは、本当に結婚する気がないらしい。
 変なところで融通のきかない正義感はもう立派な短所だ。実は真面目って黎の長所だと思ってたけど。

 ギプスの取れた黎

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13.機織り中は絶対開けないでください罪 #絶望カプ

13.機織り中は絶対開けないでください罪 #絶望カプ

 スマートフォンの画面にフードメニューのごとく並ぶ男の顔写真。ある意味、確かに商品一覧ではある。

 そう、スクロールしてもスクロールしても男のキメ顔が並ぶこのサービスはマッチングアプリ。

「えぇー? すげー! まじかー?」

「先輩、語彙力……」

 隣のデスクの進藤が、キーボードを打っていた手を止めて、白けた目を俺に向けた。

「とうとうそんなところで女漁り始めたんですか」

「捜査の一環だ

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