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金色の魚

夕方近くにロメオがやって来たと思ったら
湖畔の家の間借り人と一緒にボートで湖にこぎ出した。

ここ何日か連続で二人はフィッシングに出かけている。

午後4時くらいには湖に入って行くから
(あ~た、仕事は・・?って東京に居たら聞きたくなるけど)
日が暮れる8時半過ぎまでたっぷり時間がある。

湖畔の家の間借り人が何年か前に中古を買い、叔父さんから譲り受けたというモーターを自分で取り付けたボートは
”行ったはいいが戻ってこれなくなった”予感のあるものである。

そんな私の心配をよそに
浅瀬を過ぎるとモーターはけたたましく鳴りひびき、二人はあっと言う間にゴマ粒・・胡椒の粒(挽く前の)のようになった。

この湖は遠浅で
私が泳ぐ辺りではごくたまにしか魚に出くわさない。

でもある夏のこと
水中です~っと体を伸ばしたら
ススーッと私の体の真下を行くものがいる。

それは一瞬まばゆい金色に煌めいた。

このあたりで見かけるパーチの縞模様ではない。

泳ぎながら
あなたは誰?
と問いかける
追いつこうとしても追いつける訳もなく。

あまりの一瞬で
ひょっとしたらそれは
水中で反射した太陽の光だったのかもしれない。


あの日

泳ぎに行ってきなさい

そう夫が言った

ひょっとしたらこのまま逝っちゃうのではないかと思うくらい
苦しそうな息で

在宅緩和ケア中だった夫ジェイは毎日車いすの上から
私が湖に泳ぎに出るのを見守ってくれていたのだ

言われるまま湖に入ったものの
不安で早めに切り上げたら
ジェイは車いすの上でうつらうつらと眠るように首を揺らしていた

濡れた髪のまま肩をゆすったら

あっ・・僕はまだ死んでいなかったのか・・

そう夫は言ったのだった


金色の魚と出会ったのは
ジェイが亡くなった次の夏だったろうか
それっきり見かけない。

あるいは
夢だったのかもしれない。

ジェイと私の
この湖畔の生活でさえ
夢だったのではないかと思ってしまうから。



この夏は金色の魚と出会えるかなあ。
泳ぐにはまだまだ水温は低い。

メッセンジャーが鳴った。

オレの生涯で一番デッケーのが獲れた!!!

ほどなくしてボートのモーター音が近づき
湖畔の家の間借り人がロメオと一緒に戻って来た。
ニンマリ顔。

パーチ!
まだ口をパクパクさせているのも

おお~!


すぐにさばいてくれて

フライにしてみた

うほほ~美味しい~!
魚好きの私にはうれしい限り。

釣り人がそばにいるといいなあ~って?

いやいやいや
不都合なこともある。
冷蔵庫を共有していると

アブナイアブナイ

それだけではない。
このデッケ~パーチの翌週

コンポースト用(台所ゴミで回収には決められた袋でしか出せない)の緑のゴミ箱の蓋をあけたら

ぎゃあああああ

ハエの群衆が私を襲った。
明らかにパーチをさばいただけでない量の魚がジップロックに入っている。
ハエ軍団だけではない、得体のしれない物のうごめき、悪臭、おまけにハチのワスプまで蓋の裏に巣を作り始めているではないか。

近所中に私の声が響き渡って・・・

ワリィ~ワリィ~忘れてた!

湖畔の家の間借り人が言い訳するには
なんでもそれはゴービィ(goby)という魚で
増えすぎて他の種類を脅かすので
獲って捨てろとお達しが出ているらしい(オンタリオ州で?カナダで?)
釣り糸に引っかかって来るものを湖に捨てれば罰金で、フィッシング中にとりあえずジップロックに入れておいたと。

まさに・・・

選別される命ですな。

とてもじゃないけどこの中身をジップロックからコンポースト用の袋に入れ替える勇気はないので
そのまま回収用ゴミのコンテナに入れた。

やれやれ。

「悪臭のため回収不能」
のタグがつかなければいいけど。



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