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サくら&りんゴ #97 蒼空へと続く轍

朝起きてスマホを見たらエリックからメッセージが来ていた。

かつての夫のハンティング仲間で
夫が自分の息子の様のようにかわいがって
ここに度々登場しているとは本人つゆ知らずの
まだ誰のものでもない夫の残した建築途中の
壁のペンキが塗り終わっていない
メインバスルームが出来上がっていない
地下は断熱材が半分だけ入っている
ドアと言うドアのノブがついていない
(かつてはドアと言うドアがなかった)
湖畔の家を
私が日本滞在中に管理してくれている
あるいはほぼ住んでいる状態の

彼である。


メッセージは

ダダ―!

大漁のパーチ!

以前から彼は湖にアイスフィッシングに来たいと言って下見をしていた。湖畔の家の脇は、道路側から湖に車で出るには十分な幅がなく、大荷物のアイスフィッシングの道具を積んだ車の場合は、鍵のついたゲイトまで回って入らなければならない。一度お隣に住んでいたマークたちが湖上に小屋を建てた時は、裏庭から必要な物をずるずると歩いて引っ張った。なのであまり岸辺から遠くへは行けないのだ。

それに先日ビーチクラブから

魚釣りの小屋が出始めているようですが、まだ氷が十分に厚くありません!

そんなお知らせが来ていたので、エリックたちがフィッシングに出かけるのは、少し先かなと思っていたのである。

なんでも湖畔の家より5分ほど車で下ったところで、この大漁をゲットしたらしい。氷はやはり車が乗る厚さでなく、まだ4インチ(10cm)ほどだとあった。

でっか~い!

勝手なもので

冬場、湖畔の家にひとりで過ごすのは厳しすぎるし、やっぱり東京のほぼ毎日晴れの気候でないと。そう思って規制強化の中をわざわざ帰国したのに、アイスフィッシングが出来ず残念がっている自分がいる。
魚釣りだって、人生で数えるほどしかしたことがないのに!

丸々太ったパーチ。
穫れたての魚は美味しいだろうな~
塩コショウだけでオーブンヘストン!

湖の上はぶるぶる寒いでなく、痛い寒さに違いない
でも
凍り付いてもなお美しい湖の風景が恋しい
(ヘッダー写真は2年前の冬。遠くにフィッシング小屋がひとつ見える)
雪の積もった湖は、夏のそれより広く見える

湖上で撮影

空に続いていくような轍があって

それは時には足跡をつけたくないほど完璧で
轍を追いさえすれば
向こうの島まで
あるいは大空まで
歩いて行けそうな気がする


日本帰国後、隔離が開けてはやひと月、体はすっかり日本モードである。
レジで、ペーペーですか?と言われても はあ?と言う必要はなくなったし
家の中の寒さにも慣れて来たし
頻繁にあるゴミの日を忘れなくなったし
洗濯物が干しっぱなしになることもなくなったし
人混みできょろきょろせず流れに沿って歩けるようになったし

分刻みの生活はもう送らないと決めているし

そして何よりここに居さえすれば

毎日

誰かしらと

日本語で話すことができる!!!

けれど
湖畔の冬がないのは残念で
たとえ極寒であっても
その特別な空気の肌感触が好きで
それよりなにより
湖上の雪に蒼い影を落とす空は
渋谷スカイで見たあの素晴らしい青空とも
やっぱり違っていて


東京に居れば吹雪の中を運転しなくて済むという安楽があるのに
あの時の恐怖はまだ胸の底に残っているのに
離れてしまうと
胸いっぱい息を吸って頭のてっぺんからつま先まで
コバルトブルーになる日がありさえすれば
冬にもそんな日さえあれば
ひとりでもいいんだと思う

そしてそれと同じ色の
夫が選んだキッチンカウンターがあれば
私はまた湖畔の家に戻って行けるとのだと


冬も湖畔でひとりで過ごせるようになること
薪ストーブに火を起す達人になること
そのそばに大叔母さんのロッキングチェアーを置いて
ホットアップルサイダーを飲みながら
夫のライブラリーにある本を読破すること

それが私の憧れである

ホットアップルサイダーはもちろん
裏庭で穫れたりんごで

それにしてもあの丸々太ったパーチをローストして、私も脇からひょいとフォークを出してご相伴にあずかることができないのは何とも残念である。

仕方がない、今日はスーパーではなくお魚屋さんまで夕食の魚を見つけに行くことにしよう。

日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。