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夜明けまえの月

ぽつんと
赤ちゃんの切った爪のような月

夜明けまえの午前7時

こんな時間の東の空に
三日月の見えることを知らなかった

漆黒の空がほんのり赤みを帯びて
太陽はじきに
三日月を追っかけてやってくる


そしてきょうは
お友達の家でランチの日!

感染症で
家族以外の友人を呼んで食事をする機会が失われていた
私はそれでよかった
哀しみの底に沈んでいたから
そんなことしなくてもよかった

だから何年ぶりだろう
友人の家で食事をするのは
そしていつだって招待されるときは夫と一緒だったから
ひとりで行くのは初めてかもしれない

この友人とはお手伝いに入っていたモンテソーリ・スクールで出会った
明るい彼女は私より少しお姉ぃさんで
スクールをリタイアし
最近は夫の看病で忙しい

キッチンをリニューアルしたの、見に来て!

それはちょっとした口実で
夫の看病疲れで彼女には息抜きが必要だったのである

私も久しぶりのお出かけにウキウキ

ずっと外に目が向かなかった
誘われても大抵断っていた

今エネルギーがないの

でもやっと、私の心は少し呼吸ができるようになって

マニュキュア塗っちゃおう
どの服がイイかな

いつも綿シャツに穴の開いたパンツで
裏庭ガーデンの作業をしていて
お出かけ用の服を選ぶなんて何か月ぶりだろう

引き出しを開けたら
シビラのニットセーターが出てきた
日本から持って来ていた事さえ忘れている
もう10年は前のものだ
しわを伸ばして腕をとおす
そうだ
カーディナルのピンもつけて
耳には真珠のピアス

10年ほど時が逆戻りした気分


こんな小さなことが
楽しかった
色を合わせて服を選んでアクセサリーを選んで
そんなことが好きだった

一体いつそれを
放棄してしまったのか
それさえも思い出せない

でも今は
夜明け前の月のように
太陽が追っかけて来てくれることを
知っている
暗闇の中から
日が昇ってくることが

わかっている


さて私を待っていたのは
クリスマスのテーブルクロスとキャンドル

お祖母さんから受け継いだというクリスマス用のお皿

なぜデビルと言うのか分からないけどと出してくれた
デビルエッグ(devil egg)

彼女は最近お父さんを失くしていた
悲しみに沈んでいたのは彼女も同じだったのだ

私の夫が孤児であったことを彼女は知っていて、自分のお父さんも育ての親だったこと、でもとても近い関係だったこと。血のつながった父親とはもう何十年も会っていない事、そんなことも話してくれた。

映画スターのように
キリッとしてハンサムな育てのお父さんが
白黒写真でこちらを見ている

壁のそばの写真立てを動かして
それを自慢気に見せてくれた

You know what….

そして友人は言った

病院からもう間もなくだからって連絡受けて
それが火曜で病院に行って
次の水曜日も一日中一緒にいて
そして木曜日よ、一旦家に戻ったの、ほんの数時間よ
そしたらそのすきに・・
きっとダディは自分が死んで行くのを私に見せたくなかったんだと思うの

亡くなる人はその時を選んでいる

カウンセラーが私に言った言葉を思い出した

夫の在宅緩和ケアの時に来てもらっていた
心理カウンセラーのシエラである

緩和ケアで幾人もの患者とその家族を見てきて
そうとしか考えられない時があるの

亡くなるタイミングを
死にゆく人が選んでいる

夫もそうだった
私をひとりにさせない時
それはピンポイントの時間帯で
ナース・プラクテショナー ( nurse practitioner : ドクターとナースの間。ナースよりも処置ができる範囲が広い)がそばにいてくれた時
そしてそれはまさに
私が望んでいた事だったのである

友人と私はふたりとも
ティッシュで鼻をかんで
それがおかしくて大笑いして
そしてふたり腕を広げて
大きな大きなあったかいハグをした

いつも太陽のように明るい彼女
彼女がいるだけで
私の周りはポカポカと温かい


夜が白らんでいくとともに
三日月の色は褪せて
日が昇るとそれは
儚さを増して
そしてついには消えてしまう

でもただ
見えないだけでそれは

変わらず
そこにある





日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。