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同時通訳に原稿はあった方がいいの?


 久しぶりに、丸一日、対面の日露の会議の同時通訳を、3人の通訳者で交代しながらやりました。

 コロナとロシアによるウクライナ侵攻で、日露間の会議は激減し、開催されてもほぼオンラインだったので、対面の会議で、会議場内に設置された同時通訳ブースに入って通訳するのは、なんと2年2ヶ月ぶりでした!

 もちろん会議事務局は、スピーカーに「どんな形でも良いから、とにかくなるべく早く資料をください」と一度ならず依頼しているはず。だって通訳者はエージェントに、エージェントは会議事務局に、もっと頻繁にそういうお願いをしているんですから。

 ただ、スピーカーの対応はさまざまです。おそらくみなさん忙しいので、準備をしたとしても、原稿やレジュメの完成が、早くて数日前、遅い人は当日未明にずれ込むことは予想がつきます。何も準備をしないで、他の報告者の発言を聞いて、その場で自分の報告を組み立てる猛者もいます。

(1)読み上げ原稿をくれる人もいれば、
(2)1枚もののレジュメや、
(3)報告中に投影するパワーポイントをくれる人、あるいは(4)全く何もくれない人など。
(5)会議当日の朝や会議中に、読み原稿やレジュメを通訳ブースまで持ってくる人もいます。これは、何もないよりは遥かに良いのですが、あまりギリギリだと(それも英語だったりすると余計に)、通訳者はプチパニックになります。

 通訳者にとって、やりやすい資料提供方法の順番を挙げると、(1)→(2)/(3)→(5)→(4)になるでしょうか。(1)+(3)、(2)+(3)の人もいます。

 今回の会議は、報告者の1/3が(2)レジュメをくれ、1/3が(5)当日になってから読み原稿かレジュメをくれ、残る1/3は(4)何もなしのフリートークでした。

 通訳の分担は、大体通訳同士でくじ引きなどで決めるのですが、今回はエージェントが割り振ってくれていました。

 ただ、3つあるセッションのそれぞれ最後には、報告を受けてのフリートークの質疑や議論があり、そういう部分は、QAを対にして順番に担当したり、10分(発言が難解だったり意味不明な場合は5分とか)交代で対応します。交代のための時間を測るので、以前は無音タイマーが欠かせなかったのですが、最近はスマホのストップウォッチも使うようになりました。

 資料が提出されても、英語だと、まず英文和訳したのちに、そこからロシア語スピーカーの場合は日本語で、日本語スピーカーの場合はロシア語に訳して、通訳原稿あるいはメモを作ります。

 実際に同時通訳をやって、いつも悩むところなのですが、(1)原稿があると、
①原稿をそのまま読んでいるか注意して聞く
②原稿の文字を追う
③訳出
の三つのことを同時にやらなくてはならず、もしスピーカーが時間の都合で端折ったり、アドリブを入れると(そしてその可能性はかなり高いのです)、とっさの対応が難しいのです。「えっ、どこに飛んだの?」と飛んだ先を探すのに必死で、スピーチを聞くことが疎かになってしまい、大事なキーワードや固有名詞を聞き落とす...私が過去何度もやった失敗です。

 その意味では、逆説的ですが、(4)原稿なしだと
①聞く
②訳出
の二つだけなので、タスクが少ない分集中してできます。通訳者のレベルが高ければ、聞いている人は、原稿なしの同時通訳の方が聞きやすいと思います。

 ただ、それがわかっていても、原稿やレジュメがあればそれに頼りたいのが人情だし、みんながみんな、原稿なしでスラスラと同時通訳することはできないのが現実。結局、レジュメかパワーポイントだけもらって臨むくらいが、一番良い気がします。

 会議で一番盛り上がる、つまり成功の鍵を握るのが、各セッションの最後に行われる、フリートークの質疑や議論です。通訳がスムーズだと、まさに丁々発止の充実した議論となり、主催者も参加者も満足して閉会となります。逆に、通訳がスムーズでないと、相手が何を言いたいのか今ひとつわからない中で、それに応答することになり、議論が盛り上がりません。

 通訳ブースが会議場内や会場を見下ろす位置に設置されていると、通訳を聞いている参加者の反応がダイレクトに見えて、通訳者は一喜一憂します。頷いてくれたりジョークに笑ってくれると「やった」と思うし、「ん?」と首を傾けたり顔をしかめたりされると「意味が通じてないのかな?」と不安になるのです。

 毎度、同時通訳が始まる時の通訳者の気持ちは、「まな板の上の鯉」というか「清水の舞台から飛び降りる」というか「宇宙遊泳に出かける」ような感じです。そして、時々頑張ったご褒美のように訪れる、原稿なしのフリーディスカッションが良いテンポで進んでいる時の、あのえもいえぬ幸福感を感じたくて、懲りずにこの仕事を続けているような気がします。

 結論。

 同時通訳って、なんて
(上手く行ったとき)やり甲斐のある
(上手くいかなかったとき)罪深くてやり損な職業なんだ!

(写真は、同時通訳ブースに閉じ込められているのになぜか笑顔の通訳者)


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