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イキイキする人事評価ってなんだろう

個人と組織のイキイキした関係を考えるうえで、人事評価制度との関係はとても大きいです。
でも、一方で、評価制度ばかり気にしている人が多い組織って、実はイキイキしていないんじゃないか、とも考えています。

近年、日本の職能資格制度による人事制度が限界が来ているといわれていましたが、この新コロナ禍で、テレワークのような働き方が日常化してくるにつけて、人事評価制度の在り方も急激に、抜本的に変革が迫られてきています。

多少横暴かもしれませんが、人と組織のイキイキづくりプロデューサーとして勝手な持論をまとめてみたいと思います。皆さんの考えるヒントになればありがたいです。

職能資格制度の課題(世の中で言われていることのおさらい)

 職能資格制度は、日本の企業経営でもっとも一般的に使われている資格等級制度です。官僚の楠田丘氏の下で整えられて広まったといわれています。楠田先生の最初の著書が1966年なので、昭和の時代の日本型人事管理の考え方そのものが、半世紀を超えて、今も日本の企業のマネジメントの基本として存在しているということなんでしょう…(遠い目…)

 職能資格制度は、人が職務を果たす能力に応じて等級を設定し、その等級に応じて賃金を紐づかせているというものです。
 人のスキルに合わせて賃金が決まるという考え方ですが、一方で、すべての職務に対して、どのような能力を評価すべきかを設定するのは大変難しく、結果的に年次を重ねたらスキルが上がったと判断するようになったのではないかと思います。
 また高度成長期の日本では終身雇用という1社で長期に勤め上げることを前提としていることから、年功型の賃金モデルのほうが当時としては合理的だったのでしょう。

 職能資格制度のいいところは何か。人の経験に合わせて等級があがるので、いろんな仕事に就かせやすく、結果的にジェネラリストが育成しやすいと言われています。年功型の賃金モデルの場合、特別な役職以外は、しっかりその会社で働いていれば、自然と収入もあがるので、自分の仕事の範囲に固執しなくてもよいというところから、チームで仕事をしやすいという利点もあります。

 職能資格制度の問題点。それは年功型賃金制度と紐づいてしまっているので、いわゆる「働かないおじさん問題」が出てきてしまっていること。いや、働かないということではなく、今の時代にあったアウトプットが難しい人が多額の報酬を得て、アウトプットを出している若い人の報酬とのバランスが合わなくなってきていると考えています。
 その背景には、高度IT化で社会産業構造が激変しました。働き方やビジネス展開の仕方などにおいて、かつての経験というものが通用しません。特にこの20年間の変化がすさまじい。これでは年功型に胡坐をかいてアップデートできなかった人は当然、アウトプットも難しいのです。
 また少子高齢化で若手人材の獲得が難しいなか、バブル入社組(約47歳~55歳)が多くいて、社内の人口年齢バランスが悪い会社も多い。

 ここ数年前から、人事評価制度を検討している会社の多くは職能資格制度からの脱却がテーマになっているのはこの問題が大きいから、ですよね。

職務等級制度の課題(世の中でいわれていることのおさらい)

 職務等級制度は主に米国で広がった人事評価の考え方です。簡単にいうと、職能資格制度は人に対して等級が紐づいていますが、職務等級制度は仕事に紐づいています。
 日本の人事部さんによると職務等級制度を導入するには下記を整える必要があるそうです。

職務等級制度導入のためには、まずすべての職務について職務記述書(職務基準書、職務明細書、ジョブディスクリプション、とも呼ばれる)を作成する必要がある。業務を遂行するために必要な知識、資格、熟練度、権限・責任、危険度、身体的・精神的負荷などをポイント化し、そのポイントによって給与テーブルを決めていく。
https://jinjibu.jp/f_ps_system/article/detl/outline/931/

 

 これを全職種、全ポジションでやろうとすると大変パワーがいりますね。。また常にアップデートしていかないといけません。これもかなり大変です。
 ただ、職務等級制度は人に紐づかないので、同一労働同一賃金にはとても有用です。日本でも同一労働同一賃金が義務化されていますが、少しずつ職務等級制度に変わっていくのかもしれませんね。

 職務等級制度は職務記述書の面倒さはあるものの、近年のHRのIT化によってデータ管理さえきちんとしていれば、以前ほど管理の面倒さは少なくなってきているのかもしれません。
 ただ、最大の問題は役割が明確なだけに、自分の担当以外はやらないということも生じます。誰も担当する人がいないけど、大事なことってありますよね。職務等級制度の場合、そんな落ちている仕事を拾って、社内で声かけてチームでやろう、みたいなことは機能しづらくなってきます。だって、そんな仕事をやろうとしたら、新たに職務記述書を作成しないといけませんから…

以上のようなことが原因なのか、日本ではあまり職務等級制度は浸透していません。

テレワークで注目される成果主義。これはこれで落とし穴が。

 新コロナ禍で急に始まっちゃったテレワーク。
あれほど小池都知事がオリパラの開催に向けてテレワークを推進と言っていたのに、その時は多くの企業がスルーしていました。が、いざやってみると案外と仕事できるものだと多くの人が気づきました。コロナがおさまってもテレワークは定着してきそうです。

 さて、テレワークを始めたところで、どうやって評価をしていくのかが問題になってきてます。そこで一部の企業が導入し始めているのが成果主義です。
 テレワークを実際にやってみると、アウトプットがバンバンでてくる人と、何をしているのかわからない人がとても顕著になります。
 特に企画的な仕事の場合は差が歴然です。

 そこで成果主義でいいんじゃないか、という考え方が出てくるわけですが、これにも落とし穴があります。
 そうなんです。「成果とは何か」が重要です。

 かつて日本でも成果主義が大流行りし、大失敗しました。最も早く取り入れたのは富士通さん。1993年から採用されたそうですが、当時、富士通の知り合いの部長さんが、ある時、「部長」の肩書がなくなっていて、どうお呼びしたものか、困った記憶があります。
 当時の成果主義は、数値目標の達成状況でばっさりやるというものでした。特に成果主義はバブル後の不況時に導入したことから、がんばっても市場環境的にも成果が出ず、結果的に多くの人のやる気を削いでしまう結果になりました。
 個人の業績のみで評価される状況では、強いストレスと、評価されなかったことに対する不満。他の人を出し抜こうとする不毛な争いなども生じます。
 成果=個人業績という単純な運用だと、目に見える業績のみを追っかけて、個人も組織もイキイキしない、結果的に誰も新しいことにチャレンジしようとしない会社になってしまいます。

テレワークでの成果主義だと、作業のような量で成果を計ろうとしてしまいそうで、これでは、創造性を生みません。

成果とは何か。
テレワークに限らず、これからの評価の重要な鍵だと思います。

成果とは「貢献」と「産生価値」

 成果とは本来「貢献」と「産生価値」だと考えています。
もちろん、個人業績=貢献ということは多いにあり得ます。でもあくまでも貢献という目的のために、個人業績があるという構造です。これを間違えると大惨事になります(苦笑)
 そしてもひとつ大事なのは産生価値です。産生価値っていう言葉は私の造語です。
 産生とは「細胞で物質が合成・生成されること(goo国語辞書より)」ということらしいのですが、なにがしかの価値を生んでいるかを成果としてみなすことが重要です。付加価値もこの中に含まれるのですが、もっと幅広い意味で産生価値という言葉を使っています。
 組織の中で、誰も拾おうとしない課題を拾ってそれを事業化していくことは産生価値そのものです。
 また、やるべきこと以外にあらたな発想で提案し、行動していくことも産生価値でしょう。こういったことをしっかりと成果として示すことができれば、成果主義もうまくいくのではないかと思います。

今、注目されている役割等級制度(ミッショングレード制)

さて、いろいろと書いてきましたが、結局、制度として完璧なものはない中で、今、注目されているのが役割等級制度(ミッショングレード制)だそうです。日本の人事部さんのサイトをそのまま紹介します。

役割等級制度(ミッショングレード制)は、職務等級制度と同様に「仕事」を基軸とした等級制度だが、その「果たすべき役割」の記述は比較的簡潔であり、職務等級制度における全職務の職務記述書作成ほど煩雑な作業は必要ない。しかし、従業員一人ひとりが会社の経営目標達成のために「何をすべきなのか」をダイレクトに設定することができ、その役割に応じて給与テーブルが決まるわかりやすさも備えている。また、役割をある程度大くくりにしたことで、途中で組織や職務が変更された場合の対応力もある。

 職能資格制度では、年功的な運用になりがちで、職務等級制度ではチームワークが生まれにくい。その問題をなくす意味で、役割に応じて「何をなすべきか」で給与テーブルが設定されるというもので、日本的でもあり、欧米的でもあり、現時点では結構いいのではないか、と思っています。
 しかし、実際のところはまだまだ手探りの制度のようですね。

 実はウチの会社の人事評価制度が役割等級制度に近い考え方だったので少しびっくりしました(笑)

イキイキする人事評価制度は…

 いろいろと書きましたが、実際コレが絶対にイイというものはないのだと思います。それぞれの事業や組織形態、大事にしたい理念などで人事評価制度の形は決まります。なので、自社がどこを目指すのか、何を大事にするのか、が何よりも基盤にないといけないですよね。

 ウチの場合、昨年から年俸制にしました。理由は半期に一度ずつ、賞与のための評価をすることの意味を感じないからです。
 冒頭にも書きましたが、評価制度を気にしながら働く状態はイキイキしない組織じゃないかと思ったので。
 でも評価をしないのではなく、がんばりを可視化し、都度、フィードバックや1on1ミーティングを通して、常に成果を出す支援をしています。そのことが評価であり、そこでの蓄積を次年度以降の役割に活かしていこうとしています。

 そう、評価って査定ではなく、成果を発揮してもらうための支援が目的ですものね。


 

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