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もうひとつの日本地図

折々に思い浮かべる本がある。

『もうひとつの日本地図 1992~1993』(『自然生活』編集部編、野草社)。

タイトルから分かるように、30年ほど前に刊行されたもの。
副題には、「いのちのネットワーク」と掲げられている。
農場、八百屋、美術館、民宿、フリースクール、さらには、村おこしや自然保護、海外協力等に関わるグループなど、全国220ヵ所の活動内容やメッセージを収録している。

「自然と人間とがますます破壊されつつあるいま、暮らしを作り変え、新しい社会をとねがい、さまざまな活動をしている人々のネットワークが視えてくるように……」と編まれた本だ(同書、巻頭ページより)。

紹介されている店や団体、グループを、いくつかピックアップしてみる。

旭川アイヌ語教室(北海道)
放射能から子どもを守る母親の会(青森)
アキモト酒店(秋田)
日本国際ボランティアセンター(東京)
ラブリー牧場(福井)
パン工房楽童(大阪)
フリースペースこどもぶんこ(徳島)
美砂せっけん工場(沖縄)

これらの団体の名を目にしただけで、私は気持ちが明るくなる。
さまざまな問題、課題に取り組む人が、各地にこれだけいたということ。その多様性と広がりに、ワクワクする。

ネットで少し調べてみたら、今も活動を続けているところが少なくないと知り、さらにうれしくなった。

たとえば、1984年に創業した「パン工房楽童」。昨年末にいったん店を畳んだが、酵母を引き継いだ息子さん夫妻が今春、鳥取に移転して再オープンしたという。
「豊かな自然を求め、自分たちの手で整え、暮らしの中でこれからもパンを焼きたい」
リニューアルオープンを告げるメッセージを読んだら、お店を訪ねて、話を聴きたくなった。

*   *   *   *   *

ライター稼業を始めて、30年近くが経つ。
奇しくも、この本が発売された少し後に独立したことになる。

振り返れば、私は「もうひとつの日本地図」をつくりたくて、文章を書き留めてきたのだと思う。

今まで、さまざまな人たちに会ってきた。

大工や農家、豆腐屋、整体師、カバン屋、文房具屋、金物屋、学校教師。
映画館や銭湯、カフェ、レストラン、ライブハウス、ゲストハウス。
貧困問題や街づくり、国際協力、震災復興支援のNPO……etc。

決して大きな規模ではないけれど、人や社会に必要とされる仕事。
地域に根づき、顔の見える関係、手の届く範囲で営む生業。
手間や時間を惜しまない、誠実で丁寧な働き方。

そうした仕事や活動や生き方を始めた人たちに会い、話を聴いてきた。
彼ら彼女らと出会うたびに、この国も捨てたものではないと励まされてきた。

私が知らないだけで、きっと、各地にこういう人はたくさんいるはずだ。
ならば、その一人ひとりを訪ね、書き継いでいけば、それは「点」から「線」になり、やがて「面」となって、願わくは地図ができあがれば……。

そんな、「もうひとつの日本地図」が、社会をより良くすることにつながってほしいというのが、私の望みだ。

今日で、またひとつ歳を重ねた。
これからも、市井の人たちの姿と言葉を書き留め、伝えていくつもりだ。
ささやかでも、息長く。

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