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経験と継承と…

8月24日。

その朝、スマホでインターネットにアクセスした。
しばらくして、「Yahoo!トピックス」に刻まれたニュースに腹立たしくなった。

「首相、原発7基の再稼働進める」

司法から運転差し止めとされている東海第二原発や、原子力規制委員会から運転禁止を命じられている柏崎刈羽原発なども含んでいるという。政府は、それらを強引に動かそうというのか。なんてこった!

それから、2時間ほど経った頃だろうか。
仕事で調べものをするために、PCを開けて作業をしていると、今度はこんなニュースが飛び込んできた。

「政府、原発の運転期間の延長検討へ」

運転期間はそれまで40年までだった。ただし、認可を得たものに限り、20年まで延長できるとされた。それをさらに引き伸ばしたいという。そもそも40年を過ぎた原発は、設備が老朽化して危険性が増すというのに……。

そして、その後、さらに、とんでもないことが報じられる。

「政府、次世代原発の建設検討へ」

地震が多いこの国で、原発事故を起こしたこの国で、原発を新たに造るなど、完全に狂っている…。

それは、政府が311後、今まで以上に、露骨に原発推進を打ち出した日だった。

はらわたが煮えくり返った。原発事故のことを、歳月の風化、記憶の忘却とばかりに、為政者があざ笑っているように思えた。

今、注目を集めている問題、統一協会のことや、国葬のこと、どれも大事だ。だが、原発問題もとても大切なこと。時間の経過とともに、上書きされ、後景に押しやられてはいけない。少なくとも、「終わったこと」ではない。

*       *    *

311のちょうど1年後、原発反対の国会包囲アクションに参加した時だった。
放射能汚染から子どもたちを守る活動を通して知り合った福島の人が、「原発再稼働とは、事故の被害を受けた私たちを踏みにじるものだ」と首相官邸前で泣きながら、訴えていた。「でも、時間が経つと忘れられるのでは…」と不安も漏らしていた。

この夜の言葉と光景が、ずっと心に残っている。

歳月とともに、記憶が薄れるのは止むを得ない。忘れたいことだってある。
しかし、311という経験をした一人として、原発事故のことは、やはり忘れてはいけないと思う。それまで、福島第1原発で作られた電力を享受していた一人だったのだから。

敗戦後と311後を時々、照らし合わせて、考えることがある。
戦後、戦争体験に基づいた反戦平和運動が起こり、これまで継承されてきた。ならば、311後、原発事故に遭遇した私たちが、その経験に基づき、脱原発の意思を示し続けること。そして、それを次代にバトンタッチすることが大事ではないか。

昨年、アジア初の脱原発に舵を切った台湾。原発建設が予定されていた地元の人たちは、3世代にわたって反対し、幾度となく街頭で訴え続け、ついに国民投票で勝ち、その歴史にピリオドを打ったという(「NNAFJ情報 : 台湾はアジア初の脱原発に向かいます」より)。このことも、あらためて刻みたい。

ささやかでも、行動を続けたい。

*写真は、昨年4月13日、福島第1原発・放射能汚染水の海洋放出決定に反対する首相官邸前抗議の際に撮影したもの。


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