ガラスのブルース

生まれてきたことに意味があるのさ

僕には妹がいる。とはいっても血縁関係はない。勝手に僕が妹と思っている一方、彼女の方も実の兄の様に慕ってくれる、そんな女性がいる。

彼女との出会いはもう8年ほど前だろうか。


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出張帰りの土曜日、オフィスに立ち寄り仕事をしていた僕の携帯へ大学の友人から連絡が入った。

彼:「今日の晩空いてる?」
僕:「空いてるけど、なんかあった?」
彼:「唐突やけど飲み会に来て欲しい。」

何とも唐突な誘いだったが、特に断る理由もなく僕は彼の誘いに応じた。誰との飲み会なのか、どういった主旨の飲み会なのか、詳細も全く分からないままOKを出したのは、信頼する彼からの誘いだったから。

よくよく話を聴いてみると、地方に住む彼の友人(男性)の友人(女性)が上京し、親しい人間もいないとのことで、その彼に「友達になってあげて欲しい、よろしく頼む」との依頼があったそう。彼も渋々その友人の依頼を受けたものの、一人ではどこか不安だという事で僕を誘うに至ったそうだ。

その友人とは学生時代に何度もコンパという戦場を共にしたこともあり、飲み会での「道化師」としての役割を依頼して来た訳だ。なんとも無茶ぶりをしてくるもんだ(笑)、と思いながらも嫌な気はしなかった。


「18:00に梅田ルクアの前で。」


彼からの最後のメール通り、僕は仕事を切上げ梅田に向かい彼と事前に合流した。すると彼から想定外の事を知らされた。当初は彼が紹介された女性1人と僕達2人の計3人での予定だったが、僕が参加になった事で、その彼女は同じタイミングで上京したもう1人の女性を誘った。そのため、男女2人ずつの計4人での会になったとのことだった。

僕等は正直あまり気乗りがせず、「2人で二次会をしよう」と目論んでいた。過去にコンパを重ね倒した戦友ゆえなのか、お互いに久しぶりなこともあり、男同士で飲んだ方が楽しいやろう。そう思っていた。

待ち合わせ場所に現れた彼女達。

そもそも約束していた女性、その女性が誘った友人の女性を遠目に確認の上、僕等は彼女達の前に姿を現した。僕等は2人とも身長が高い。驚いた彼女達を前に軽く挨拶を交わした。

彼が予約をしてくれたお店まで、男女2列で歩いていく。

僕:「え、めっちゃべっぴんさんやん」
彼:「ほんまやな、二次会もあるかもな」

そんな会話を彼とひそひそしながらお店に到着した。男とはなんとも下品なもので、彼女達の第一印象で「2人で飲みなおそう」という前言が撤回された。下心丸出しのお下劣な僕等の存在を認めながら、会はスタートした。

スタートしたのは良いが、お互いに基礎情報がまるでない。若干固い雰囲気の中、友人の彼は僕にさり気にサインを出す。

彼:「頼んだぞ!」
僕:「何が頼んだぞやねん、自ら何とかせんかい!」

そう思いながら、硬い雰囲気を崩し、彼女達をもてなすべく、僕は道化師になった。そのためにはまだアルコールが足りないと本能的に悟ったのか、ぐいぐいとアルコールを摂取していく。アルコールの力も借り徐々にちょけ出した(良い意味でふざけ出した)僕をネタに、互いの緊張もほぐれていく過程を冷静に観察するもう1人の僕自身。彼女達の笑顔が増えていく様が何だか嬉しかった。まだまだ冷静さを保っている。


彼女達は会社の事情により、地方から転勤になった。それまで地方から出たこともない彼女達が、大阪での生活に馴染むのはきっと大変だ。僕自身、地方出身である事が彼女達への感情移入を促進させた。

「せめて、この場だけでも楽しんでほしい。」

当初の下心はいつの間にか消えていた。自虐ネタを放り込み、彼女達の笑いを誘う。友人の彼が的確なツッコミを入れる。ああ、この感覚。懐かしい。こうして僕は「ダシ」に使われ続けていたのだ。そんな事を思い出しながら、僕は「道化師」を演じ続けた。

案の定、僕の「道化」は2次会まで続いた。


2次会のお店を出た後、なぜか、僕と彼女(当日急遽誘われた女性)は手を繋いでいた。まるで恋人の様だった。今日出会ったばかりにも関わらず、何かしら感じ取ってくれたものがあったのだろう。彼女の方からそっと手を繋いでくれた。特段驚く事もなく、自然と手を繋いだまま歩いた。


その後彼女達を見送り、友人と僕は2人でラーメンを食べた。そして解散した。彼女達の笑顔を沢山引き出せた事は事実だった。

その証拠に、「妹」である彼女との関係性がその後深まる事になった。


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なぜかは分からないが、彼女は僕に懐いてくれた。当時から兄のような存在として、「お兄ちゃん」なんて今でも呼ばれている。異性と言えばそうなのだが、従来の異性に好意を寄せる感覚とは若干異なる。友人と恋人の間にあるグラデーションともまた違う、不思議な関係性だ。

お世辞ではなく彼女は可愛い。街を歩けば必ず声をかけられる。外見的にはもちろんだが、純真無垢で素直な性格(時に拗らせど)が人柄にとてもよく表れている。そんな彼女が好意を寄せてくれている事が不思議だった。

現在に至るまで、かれこれもう何年も立つ。その間にお互いに色んな話をした。生い立ちや家族について。仕事について。何気ない日常の出来事について。悩みや不安を相談される事もあった。時には意見が衝突し口喧嘩をした事もあった。

冒頭で書いた通り、僕に実の妹はいないが、彼女を妹のように愛おしく思っている事も事実だ。

そんな彼女からある日突然、珍しく電話が入った。電話越しの彼女は泣いていた…。彼女の話をゆっくりと聴いていく。


思いもよらぬ事実を僕は知らさることになった…


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彼女は数年の大阪での生活を終え、故郷に帰っていった。日常的に連絡を取る訳ではなく、たまに連絡する程度の間柄は今も続いているのだが、その中でもお互いがお互いを大切な存在だと思っている。遠く離れていてもいざという時には連絡ができる、そんな関係性を保っている。その関係性がある故なのか、

「声が聴きたかった…」

と、ある日突然電話越しで泣きじゃくる彼女。余りに唐突でなんと声をかけて良いのか分からなかった。

ゆっくりと、彼女が落ち着くのを待ち、詳細に話を伺おうとするも、彼女の中でも整理がついていないのか、明確な言葉にならない。それでも、電話のやり取り中で彼女は落ち着きを取り戻した。そして、

「会いたい…」

と小声で言った。彼女と久しぶりに会う事になった。


待ち合わせ当日、彼女は車で神戸まで来てくれた。フラワーロードのセブンイレブンの前で待ち合わせる。遠目に彼女の存在を確認し、背後から近づき、肩を叩いた。驚いた彼女の表情は、すぐに安寧の表情に変わった。

出会った当時のままの、底抜けに明るい彼女の笑顔が懐かしかった。


表面上は何も変わっていない様にみえる。年齢の割に全く老いを感じさせない、まるで少女の様な笑顔。だが、どこかしら影を感じた。その影は出会った当初から感じていたものでもあった。


僕は助手席に乗り込み、彼女の運転する車で、神戸から西へとドライブをした。以前にも彼女とドライブした事もある道を、くるりのハイウェイをBGMに西へと進んでいく。懐かしい感覚が蘇る。

車中では互いの近況を含め、色々な話をした。過去の思い出話にも華が咲いた。その過程の中で徐々に本題へと、電話越しで彼女が泣きじゃくった背景を丁寧に尋ねていった。


彼女の両親の関係性は、彼女が物心ついた時から不和が続いるそうだ。彼女の父親は、彼女の母親以外の女性との関係もあり、家庭をあまり省みず、その事で両親は家庭内別居に近い状態とのこと。ヒステリックになる母親を彼女は支え続けた。離婚をしないのは子ども達がいる為だそう。その過程の中で、自身では拭えない複雑な感情を彼女は何十年も抱き続けてきた。自分自身のアイデンティティがぐらぐらと揺れる、そんな状態が続き、彼女自身のメンタルも不安定な状態が続いていた。


「私さえいなければ、両親は違う人生を歩むことが出来たのではないか?」


彼女は、自分自身の存在を素直に心から肯定できないでいた。当然のことだが、子どもは親を選べない。その子どもが自分自身の存在を否定する。


「自分さえいなければ、両親は幸せになれたのではないだろうか」


こんなに胸の締め付けられる事があるだろうか。自身の拠り所としての場所を彼女は模索し続けている。最も身近でベースにあるはずの家庭に、彼女は拠り所を見出す事が出来ていない。

その事実が、彼女の抱えた孤独や痛みを僕に想起させる。深く、深く感情移入してしまう。助手席で僕は、彼女に分からない様に涙を流した。


途中に寄った明石海峡大橋を間近に望む場所で、僕等は広がる瀬戸内海を長い間眺めていた。幸い天気も良く、頬にあたる風が気持ち良かった。綺麗な長い髪の毛をなびかせながら遠くを見つめる彼女の横顔には、簡単には拭えない孤独と同時に、少しだけ安堵した雰囲気が漂っていた。



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生まれてきたことに意味があるのさ
一秒も無駄にしちゃいけないよ
嵐が来ようが雨が降ろうが
いつでも全力で
空を見上げて笑い飛ばしてやる
あぁ 僕はいつも精一杯唄を歌う
あぁ 僕はいつも精一杯生きているよ

引用:ガラスのブルース BUMP OF CHICKEN


彼女にこの曲をプレゼントした。自身の生きる道標に迷う瞬間は誰にでもある。彼女もその一人であり、今もなおアイデンティティの葛藤に苦しんでいる。彼女が僕を兄のように慕い、今でもその関係性が変わらない事に感謝しつつ、彼女が泣き疲れ、自分の存在に意義を見いだせなくなった時は、側に居てあげたいと、強く、強く思う。


何も出来はしないけれど、お前さんの存在を認め、いつでも帰ってこれる拠り所として、俺は居続ける。決してお前さんを見切らない。

変わらない、「妹」として。


おわり

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