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【怪我してよかったこともある。はず】

中学校の入学式三日前、僕は右手首を骨折した。

小学校最後の春休み、友達とグラウンドで遊んでいた。天気は晴れ。もうすぐ中学生になるワクワクと、少しの不安が心地いい。
気分は爽快。当時はまだ花粉症を知らなかった。コンディションは完璧だ。

昼間からおにごっこをする、あの時の楽しさは、今はどう頑張っても、あの時以上には楽しめないと思う。
今は今で、違った楽しさはあるとは思うんだけどね。

そんな昼下がりの悲劇。
普通のおにごっこにも飽きてきて、遊具の上でのおにごっこが始まった。
人数は3人。
少ねえな!

砂場からジャングルジム、ジャングルジムから、鉄棒と、みんな器用に移動しながら鬼が入れ替わる。遊具間の移動はタイヤ。大型トラックについてる二つ重なってるタイヤをイメージしたらわかるかな?

あれの上に乗って転がして動く。
こいつだ、このタイヤでの移動中悲劇はおきた。おきちまったんだよ。
タイヤがグラグラ揺れ始める。別に地震がきたわけでもなく、誰かが揺さぶってるわけではない。

ちょっと地面がでこぼこしてただけだったと思う。
あ、落ちるな。やばい!なんとなくそう思いながら変な体勢で落ちる。
目の前が真っ暗になるってのはこのことか。
今でもあの時の真っ暗加減は思い出せるから不思議なもんだな。


友達が笑いながら駆け寄ってくる。
「なに、なんもないとこで落ちとれんて笑」
数十秒後にはみんなの笑顔がなくなってしまった。

見たらわかる、折れてるやつやんけ、、
「保健の先生呼んでくる!」
焦る友達、幸い小学校は登校日かなんかで、先生がいた。

すぐに先生がきてくれた。初めましての先生だった。誰ねんて、、?
ああ、そうか6年間保健の先生やった坂口先生は、離任したんだった。
よくお世話になってた。

新しい保健の先生か。おそらく、その先生の生徒の怪我第一号は僕だったと思う。
卒業生でごめんね、、笑

でも先生、その右手首に湿布を貼ったところで、なんの気休めにもならなかったよ。折れてるもん。
一緒に来てくれた校長先生、「捻挫やろ」って言うのは、僕が不安にならないためなんかな、、

母親が来て病院に直行、学校から電話かかってきた時点で、いい知らせでは絶対ないって思うよね。
心配させてごめんやん。

余談になるけど、小学校の卒業式、最後の教室でサプライズで両親からの手紙が配られた。
ナイトメアビフォアクリスマスの紙だったのを覚えている。
よく怪我する子で心配だったって書いてあったりして、途中までよんで泣きそうだったから読むのをやめた。
人前で泣くのは恥ずかしい年頃やってん。

これから何度もお別れを経験していくんだけど、お別れはやっぱり寂しいし慣れるものではないと思う。

話は戻って、いきつけの病院に向かった。痛みはどんどん大きくなっていく。
病院行って、手首見せた瞬間「折れてますね」の一言。
校長のバカ、、

しっかりとギプスを巻かれて怪我人の完成。

数時間前の、これから中学生になるワクワクとドキドキで溢れた少年は一瞬にして、
今この世の中で一番不幸なのは俺なんじゃないかと思うほど気分が落ちていた。

小学校の最後の運動会でもそう、2,3週間前に肋骨を骨折して、最後の組体操に参加できなかったのが当時すごく悲しかった。
練習が楽しいんだよ組体操は。

裸足になって練習するみんなを見て、自分だけ靴を履いて突っ立ってるのがすごい嫌だったのを覚えている。
運動会当日は、組体操の技名をマイクで言う役で活躍したよ、、笑
ピラミッドみんなで一緒に作って、下で支えながら痛い痛いって言いたかったんだよ俺は。

手首を骨折した日のオールスター感謝祭のローション相撲はいつもより笑えなかった。

真っ白なギプスをつけて参加した入学式は、よく目立った。

長々と骨折した話を書いたんだけど、昔すっごくつらかったけど、今は笑い話になることって多いよね。

中学校の卒業アルバムでは、入学式一人だけギプスしてておもろいし、利き手使えんから、最初のテスト左手書いて順位ほぼ最下位やっておもろいし、テニス部入ったけど、右手使えんから最初左で素振りしてて、こいつ左利きなんみたいになっておもろかった。

今もつらいことあるけど、あんなこともあったなって笑える人間でありたいねって話。

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