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バイオものづくりが世界的に盛り上がっている  (合成生物学、精密発酵)

 2022年度補正予算でバイオものづくり革命推進事業へ3000憶円もいきなり付いたことに驚きです。科学技術立国の実現に向けてのイノベーションの4本柱にも、量子コンピュータやAI、グリーンと並んでバイオが上げられました。世界でいったい何が起こっているのかを読み解いてきたいと思います。

1.すでに世界では巨額投資が進んでいる

今後10年間で製造業の1/3がバイオものづくりの置き換わり、市場規模は約30兆ドルを想定され、アメリカでは2021年だけで民間投資で約2兆円の投資がされ、中国でも1000億ドル以上の投資が進んでいます。すでに第5次産業革命のイノベーションが生まれるとの大きく騒がれ始めています。日本とだいぶ温度差がありますね。

2.バイオものづくりとは?

バイオものづくりとは合成生物学を利用し、多様な原料からゲノム改変した微生物を作り出し、今まで石油から製造していた多様な物質(医薬、エネルギー、食品、繊維、プラスチック、ゴムなど)を創り出す製造業の大変換が起ころうとしています。特に素材、エネルギー、食品の分野での置き換えが大きく期待されています。

経済産業省HPより

 微生物のゲノムから設計・合成を行い、代謝経路までをデザインして微生物を創り出し、ゲノムデータをAIによって最適化することで効率的に微生物設計するプラットフォームを作り出すことが競争優位性へ結びつくために、大型投資が増加しています。微生物のゲノムを設計、生産する物質、効率性のデータをAIによって設計精度がさらに増すため、ゲノムデータを蓄積したプラットフォーマーによる独り占め企業が出現する可能性があります。よって、先行投資が急がれ、アメリカと中国での投資の競争が起きている原因となっています。
 微生物の原料として、炭素由来の食品残渣などを利用することで、サーキュラー・エコノミーを実現できる技術としても、今後のカーボンニュートラルに向けて期待される要素です。

経産省 バイオものづくり推進事業HPより

 抽象的な話が続いたので、具体的な取り組みを見ていった方がよさそうですね。興味のある食品関連を中心に日本の事例をピックアップしていきます。

3.バイオものづくりの各社事例

ヒトのインスリン

 糖尿病の血糖値を下げるホルモンであるインスリンは、まさに合成生物学を使った成功モデルと言えます。大腸菌へヒトインスリン遺伝子を組み換えることで大量培養することが可能となり、1982年にFDAの認可を受けて発売開始となった遺伝子組み換えを利用した初めての医薬品です。それまではヒト1人の糖尿病患者が年間にインスリンが必要な量は、豚の脾臓約70頭でした。このような遺伝子組み換え技術を利用したバイオ製薬は、エリスロポエチン(腎性貧血)、インターフェロン(C型肝炎)など様々な薬として利用されています。
 このような手法は単価の高い医薬やワクチン開発で活かされ、生産性が低くても収益が成り立つ「バイオ医薬」と呼ばれる分野がすでに確立されています。

高校生物より

カネカの生分解性プラスチック

 カネカは柔らかく、熱にも強い生分解性プラスチック「PHBH」(3-ヒドロキシプチレート-co-ヒドロキシヘキサノエート重合体)を年間1000tの生産に成功しています。
 原料のパーム油(植物油脂)からゲノム改変した微生物がPHBHを作ることで、石油由来からでなく、プラスチック製造が可能となりました。最大の特徴は土壌や海水の中で自然に分解されるので、海洋プラスチック問題、マイクロプラスチックへの対応として普及しています。現在はフォーク、スプーン、マゼラー、ストローなどに利用され始めており、今後は多くの石油由来のプラスチック代替として期待されます。

カネカHPより

Spiber(スパイバー)の人工合成繊維

 慶応大学発ベンチャーとして、山形県鶴岡市に本社を置くSpiberは、クモの糸を構成する遺伝子を微生物に組み換えることで、強度がたなく、伸縮性、耐熱性がある新しい物性を持った繊維を作り出しています。ノースフェイスとのコラボで、ジャケットやデニム、フリースを販売したこともあり、すでに投資家やVCから344憶円の出資を受けています。タイでは小規模の工場が操業中、アメリカでは大規模な工場建設が始まっています。今後はクモの糸にこだわらず、いろんなタンパク質合成する研究開発にかじを切っていくようです。

 クモの糸から作ったたんぱく質 SpiberのHPより

インポッシブル・フーズのヘムたんぱく質

 インポッシブル・フーズ(Impossible Foods)は大豆たんぱくなどの植物肉ではどうしても再現できない牛肉特有の「血の味」を大豆由来のレグヘモグロビンを遺伝子組み換えた酵母に生産させることですでに実現、販売しています。ライバルであるビヨンド・ミート(Beyond Meat)の牛肉パテと比べると、確かに牛肉の獣臭さ、特有の味が強調され、味での差別化は生まれています。インポッシブル・フーズのパテは遺伝子組み換え物質を使用しているため、日本やEUなどのアメリカ以外の国へ進出できていませんが、さらにステーキの開発、販売を目指しています。

https://foodtech-japan.com/2021/01/17/back-of-the-yards-algae-sciences/

Perfect Day の乳タンパク質

 牛乳の源となるホエイタンパク質を微生物に作らせ、すでにアイスクリーム、チーズなどの乳製品をアメリカで販売しています。すでに食経験があるβ-ラクトグロブリンというホエイタンパク質だけを作らしているので、乳アレルギーとなるカゼインがなく、アレルゲンフリーとなり、アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点からも注目を上げています。  
 実際に食べた方にヒアリングしてみましたが、味の深みが少し不足しているとのこと。牛乳は乳たんぱく質(ホエイ)、カゼイン、乳脂肪、乳糖などからできているため、乳たんぱく質単体だけではまだ味が不足しているかもしれません。
 乳たんぱく質は食経験があるた目に認可を受けやすく、シンガポールやインドでもすでに認可を受けています。

Perfect Day HPより

CO2からたんぱく質へ

 CO2を吸収し、たんぱく質や有用物質を作る「水素細菌」が注目されています。組み換えで改変することで、空気中のCO2から乳酸やエタノールなどの化学原料やバイオ燃料を作ることができます。日本でも東大発ベンチャーのCO2資源化研究所が実用化に取り組んでいます。大気中に増加する温室効果ガスを利用したモノづくりは、地球温暖化が叫ばれる現状にとって非常に相性が良いイノベーションとなります。

https://www.sankei.com/article/20220102-HL3HERN2SVP6DMVTHDLA2FDG4U/

合成生物学のユニコーンGinkgo Bioworks(ギンコ・バイオワークス)

 すでに企業価値150億ドルとされるユニコーンで、微生物の設計し、目的と知る代謝物の合成、その生産性を検証し、ゲノムデータをから最適な遺伝子組み換えのデザインを行う微生物の開発プラットフォーマーとして期待されています。大手製薬、食品、素材メーカーから委託を受け、目的の物質を生産する微生物を開発し、技術や知財を供与し、大量生産自体は依頼者が行うことでリスクを最低限に抑え込みます。アメリカではAmyrisやZymergenなどの競合と競っています。
 まだ先行投資ステージで売上314百万ドル、損益は-1,837百万ドルの赤字となっています。売上の6割はコロナ検査キット関連で、まだバイオものづくりでの収益ではありません。
 研究テーマとしては、香料原料、酵素、ワクチン開発利用物質、医薬品原料など71件のテーマが動いてますが、高価格となる物質が対象となっています。すでにカンナビノイド(大麻から抽出されるCBD原料の一つ)の生産に成功しているようで、今後の製品化が期待されます。
 日本では神戸大学が合成生物学の研究に強く、バッカス・バイオイノベーションといるベンチャーを立ち上げ、同じ取り組みを進めています。

Ginkgo Bioworksのビジネスモデル
https://www.techno-producer.com/column/ginkgo_dna_strategy/

ユーグレナのバイオ燃料

 ミドリムシ由来のバイオ燃料として有名なユーグレナもバイオものづくりの一企業と言えるかもしれません。当面は価格が安い使用済み廃食油や産業系油を混ぜてやっていきますが、将来的にはミドリムシ由来の藻油の比率を上げていく予定です。生産性向上し、コストダウンしていくためには工場大規模だけでなく、合成生物学の活用も視野に入れているはずです。現在は食品や化粧品へも使用しているため、「遺伝子組み換え」の印象がつかないように注意していると思われます。
 ただし、個社で合成生物学のデータ収集やノウハウ蓄積のハードルは高く、前述した開発プラットフォーマーが日本にも必要と思います。

https://www.euglena.jp/times/archives/20292

さいごに

 日本はアメリカ、中国などからの投資競争に遅れ、第5次産業革命内にプレーヤーが育たない、情報産業のGAFAMが生まれずに、また新しい産業から立ち遅れていく可能性が高くなっています。どちらかというと、先行投資を踏み切れずに韓国や台湾勢に負けっていった半導体産業とビジネスモデルや産業構造が似ているようです。
 日本の現状はヒト(人材)・モノ(ベンチャー)・カネ(投資)、情報(データ)のすべてが欠けているため、バイオ産業への推進が急がれ、国の後押しも必要です。アメリカではバイオものづくりは国家の安全保障の問題になると予測し、国防省が投資を行っているぐらい重要な産業となっています。

皆さんの業界は大丈夫でしょうか。これから多くの製造業がバイオものづくりへ置き換わっていき、私の属する食品業界も大きな影響を受けそうです。強大な市場規模となるように成長していくので、ピンチはチャンス、今後もアンテナを張ってウォッチしていきたいと思います。