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"忘れるもの"と"忘れがたいもの"

 こんにちは!大村薫月です。今回は、吉本ばななさんの『キッチン』を紹介していきたいと思います!

“綺麗な一文”紹介

  「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。


その一文から始まるこの小説は、大学生の主人公ー桜井みかげの祖母が亡くなることから物語が始まります。そんな彼女が、祖母の行きつけの花屋で働いていた田辺雄一の家に移り住み、彼の母(昔は父だった)の田辺えり子に出会って自らの道を決めるまでの物語です。

"案内しようか? どこで判断するタイプ?"

 この小説はタイトルにもある通り、キッチン台所)が多く登場します。主人公の桜井みかげは、田辺家に拾われるまで祖母と暮らしていた家の台所を床にして眠っていましたし、夢の中では田辺雄一と一緒に台所を掃除しています。初めてえり子さんと落ち着いて話をしたとき、えり子さんが立っていた場所も台所でした。

 そんな、様々な形で登場する台所。桜井みかげが田辺家を訪れた時の彼のこのセリフは、その後のみかげの「台所。」の返答を受けての、「じゃ、ここだ。なんでも見てよ。」という柔らかな返答を含めても、相手に合わせて行動できる彼の優しさがにじみ出ていると思います。

"子供と年寄りがどんなに陽気に暮らしていても、埋められない空間があることを、私は誰にも教えられなくてもずいぶん早くに感じ取っていた。"

 両親を早くになくした主人公みかげの唯一の家族は祖母でした。たわいのない世間話や、芸能界の話などなんでも話すことができた相手は、自分の年齢と何十年も離れていて、時間が平等に訪れるとすれば、何十年も先に旅立ってしまいます。

 子供時代を思い返すと、今の自分となんら変わっていないんじゃないか、と思うことがあります。思考パターンや特性は、研究によると大人になってもあまり変わらないのだとか。"生"と"死"が隣り合わせだとするならば、僕らのような年代よりも、生まれて間もない彼らの方が、"死"を敏感に感じ取っているのかもしれません。

"断じて認めたくないので言うが、ダッシュしたのは私ではない。絶対違う。だって私はそのすべてが心から悲しいもの。"

 こういった心の中のうじゃうじゃした部分をまるっと言い当てて、文章にしたようなこの文章こそ、吉本ばななさんの真骨頂なのではないか、と思います。僕がこの小説を勧められた時、「吉本ばななさんの文章は、透明感がある」と言われました。「透明感ある歌声」という表現などはあるけれど、「透明感ある文章」ってなんだろう、とその時は思いましたが、読んでみて少し分かったような気がしました。若干、口語が入ってくる、そして時折つぶやくような短い文で構成される文章は、あたかも音として読まれている感じがしてくるように思われます。

  この文章は、今までの思い出の全てが遠い昔に去っていったかのような気持になった主人公みかげの描写です。ドラえもんがタイムマシンに乗っている様子を思い起こすと、彼は時間というものの中を移動しているように思えますが、実際は時間が僕たちの間を通り過ぎていきます。もし、目を奪われるようなことがあれば後に残されるのは、もう二度と同じ時間は来ない、という寂しさだけです。

"私は二度とという言葉の持つ語感のおセンチさやこれからのことを限定する感じがあんまり好きじゃない。"

 この文章の後には、"でも、その時思いついた「二度と」のものすごい重さや暗さは忘れがたい迫力があった。"と続きます。

 僕も同じように「二度と」という言葉が好きではありません。直前の文章で一度、使ってはいますが。語尾を「・・・ない」と限定するところや、未来の出来事を確約するかのようなところが聞いていて不自由な感じがします。この言葉の前には、どんな生物だろうとひれ伏してしまう。そんな圧倒的な超自然的な意味合いを、含んでいるように思えるのです。

"この香りも、やがて、いくらこの手紙を開いてもしなくなってしまう。そういうことが、いちばんつらいことだと思う。"

 今、心がこれ以上ないくらい動いている。これが永遠だ。これだけは忘れたくない。そう思ったことが、22年生きてきた中でいくつかありました。自分の過失に気づいたとき。大切な人について考えていたとき。過去の自分を回想していたとき。ただ、その後いくら鮮明に思い出そうとしても、同じような感情を再生できない・・・そのことに絶望し、打ちひしがれたこともありました。楽しく心躍る経験をしても、その後感覚が鈍麻して最初の一回の山を越えられないのであれば、世界にある"楽しい"ことをただただ消費していく人生であるならば、もういいかな、と。

"「すごく月がきれいなのを見た、とかって料理の出来に響くんでしょ。」"

 自分の名前に「」が入っているからか、太陽派と月派があるのなら、僕は月派でした。ちりちりとしていなくてぼんやりとしていますし、裏の顔を見せないあたりとか徹底しています。

 最初のセリフと同様、田辺雄一が主人公みかげに言ったこのセリフは、彼の純朴で子供らしい人柄が伝わってくるようです。彼のように、常日頃から見ているものの中にいつもと違う部分を感じ取り、愛でることができるようになりたいものです。それを完璧に実践できたら、やっと自分のことをポジティブで闊達な人間だと思えるような気がするのです。


 今回は吉本ばななさんの『キッチン』ご紹介しました。この1年間を利用してできるだけたくさんの本を読みたいと考えております。なにか、自分の人生の指針になった本や価値観を構成することに一役買った本、忘れられない本などあれば、ジャンルを問わず、教えていただければと思います。よろしくお願いします!




ーーー今回の感謝ーーー

本を紹介してくれた友達A

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