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「ミツバチ」で街をデザイン。市民に誇りをもたらす、英国第二の都市・マンチェスター

地方創生・まちづくりの文脈で、「シビック・プライド(civic pride)」という言葉があります。「都市への(市民が抱く)誇り」の意味ですが、ことにイギリスのマンチェスターは興味深い事例でした。

■ 19世紀の産業革命から、21世紀のイノベーティブな街へ。

元々は、産業革命の発端地。繊維産業で栄えて、大量生産した綿製品を、グローバルに輸出し続けていました。隣の港町のリヴァプールとの間に、世界で初めて実用的な鉄道を敷いたことでも知られています。

1830年9月、世界初の実用的な鉄道が開通。
科学産業博物館で撮影。当時の駅舎跡を見ることができます。

歴史において有名な街?と思いきや。過去の繊維産業で培ったノウハウを活かして、現代でもナノテクノロジーで腱 (筋肉と骨をつないでいる繊維)の再生を試みたりと、医療分野においてもイノベーションが発達している印象です。

病院の敷地内と思しき場所に、イノベーションセンターが。

街をちょっと歩いているだけでも「活気あるな!」と感じます。というのは、街の角のいたるところに、種々のコワーキングスペースが設けられています。

ガラス張りのおしゃれな空間が多い。
カフェやWifiも完備で、デジタルな仕事に向いてそう。

名門のマンチェスター大学がすぐ近くにあるため、国際色豊かで優秀な人材もぞろぞろと街を歩き回っている。理工学、医学、ビジネスに特化したエキスパートたち。そんな彼らが集う「巣」を町中に張り巡らせることで、まるで市全体が新しい波を積極的にデザインしているかのようです。

名門マンチェスター大学は、ノーベル賞受賞者を25名も輩出。
世界大学ランキング(QS World University Rankings 2022)でも第28位と、かなりの上位です。
理工学だけでなく、ビジネススクールでも世界トップレベルだとか…!

■ ミツバチが街のシンボル

優秀な人材がコワーキングスペースに巣食う様(hive)は、まるで働き者のミツバチたちが巣(hive)を往復する様子と被るのですが、それこそ街のシンボル。

RadioX (2022) の記事より借用。

マンチェスターの通りを歩くたび、「ミツバチ」にめちゃくちゃ遭遇します。ベンチに、ゴミ箱に、灰皿に、建物の門に…。

マンホールのカバー。Satxwdavis (2018)より。
公共の花壇的なところにも。同上。

遡ること、産業革命期。1842年、マンチェスターの創業者たちが市の紋章を決めることになりました。「何が私たちの街をもっとも表すんだろう?

街の市民たる、工場の労働者たちを据えようではないか。紋章用に、何か象徴的なモノはないだろうか…? 勤勉で働きモノといえば、ミツバチ。そんなデザインが、以後150年以上ずっと使われ続けることになります。

この徹底ぶりがすごいのが、各種異なる業態の市庁舎、ホテル、大学までもがそれぞれのシンボルに使用していること。またキャラクター・グッズの専門店まであります。蜂の靴下、蜂の装飾品、蜂のレターセット…。

The Manchester ShopのTwitterアカウント(@themancshop)より。

■ バスや自転車にも、思い切って採用。

極めつけにはトラムやバス、レンタル自転車まで!黄色のボディに、黒のエッジで彩られたデザインの固体が通勤・通学者を運ぶ様は、まさにミツバチのようです。

走っている姿がどこか可愛らしく、毎朝の出社を元気づけてくれるよう。
プラットフォームの看板や手すりまでイエロー。

マンチェスターの交通を担う地方自治体 (Transport for Greater Manchester = TfGM)が掲げる政策にまで、このアイコンは採用されており「ミツバチ・ネットワーク」と銘打たれています。

Transport for Greater Manchester (2021) より。

シンプルで、使いやすくて、手頃に」。2024年度までに、バス、トラム 、自転車、徒歩といった交通手段を統合し、人の移動をデザインするのが目的です(2030年度までには鉄道も含める)。

数千人ものマンチェスター住民からヒアリングをした上で、「何が大事なのか」を彼らから直接声を聞く。その上で、ミツバチなデザインを推し進めたアンディ・バーンハム市長(Andy Burnham)は意気込みを語っています。

“They're going to be yellow. I know the MEN has got many traditionalists amongst its readers that will say, 'orange and white' [should be the colour] and scream when they read that, but you do have to look forward and you can't always harp back.

「(機体の色は)黄色になるでしょう。これを読む保守的な読者(取材した地元紙: Manchester Evening News)の中には『オレンジと白』であるべきだ、と叫ぶ人もいることでしょうが、前を向く必要があり、いつも過去を向いているわけには行きません。」

Ethan Davies (2022)より。日本語は筆者による意訳。
マンチェスター市・市長。がっつり表に立っています。
"Greater Manchester hosts public conversation on Bee Network progress" (Oct 22, 2021)より。

"The reason why it’s yellow and black of course is the bee, and the Bee Network, [so it] is more that is more in keeping with the identity of the city, given the bee has featured in Manchester's history for a long, long, long time.”

「なぜ黄色と黒なのかといえば、当然ミツバチの色だからであり、そのプロジェクト(ミツバチ・ネットワーク)を象するものでもあるからです。マンチェスターの歴史において、ミツバチは非常に、とても長い間登場してきたことを考えると、都市のアイデンティティとも一致しています。」

同上

大胆に展開される「ミツバチのブランディング戦略」。マンチェスター市が市の紋章として商標を得ており、使用に際して細かく規定が定められています。マンチェスター市の公式ホームページから確認できますね。

■ 2017年、自爆テロからの結束。SNS、デジタル世代にも向いてる?

さらに興味深いのは、行政という「上から」なだけではなく、市民が「下から」も積極的に活用している点です。

ひとつの大きなきっかけは、2017年5月22日。市内でアリアナ・グランデのコンサート中に自爆テロが起こり、大勢のマンチェスター住民が死傷しました。この悲しみをもとに、結束を求めた市民が拠りどころにしたのが「ミツバチ」。市のシンボルをタトゥーに入れる人が続出し、何百人もの人々が列をなしていたといいます。

"This city remembers (街は覚えている)" の表明とともに掲げられたミツバチ。
Twitterの公式アカウント (@Manchester City)にて。

SNS上でも、ミツバチとともに追悼の意を捧げる投稿が続出しました。これは自身の所感ですが……このミツバチのアイコンは、デジタル上の認知機能を高める上でも結構向いているのでは?と思いました。

Manchester Beeをアイコンに使うプロフィール群。

例えばTwitterのプロフィール・アイコンは小さな丸形で、一頭身あるいは全身が小さな動物が向いているように感じます。また「黄色と黒」という分かりやすい色のコントラストのおかげで、一目見ただけでも識別がしやすい。150年間以上もの歴史がありながら、現代でSNSを使う若者世代にもフィットしやすく、受け入れられやすい。けっこう万能な印象を受けます。

■ 動物や守護聖人を、街のシンボルに?

他にもヨーロッパの都市において、動物や守護聖人を街のシンボルに据える事例はいろいろ見られます。

例えばイギリスの他の都市では、学生街で発達したリーズ(Leeds)。フクロウが市の紋章に使われ、市内のあちこちで見かけます。25匹のフクロウをもとにして、街の由緒あるスポットをたどる "Leeds Owl Trail"という取り組みがあったりも。

また、イタリア・水の都ヴェネツィア(Venice)。キリスト教の守護聖人たる聖マルコ、もとい羽の生えたライオンがシンボルです。その歴史は、なんと828年にも遡るので…1,000年以上も前から使われてきたアイコンといえます。

ヴェネツィア行きの電車にも、羽の生えた獅子が描かれます。
I treni regionali Pop e Rock in Veneto. Venezia Today (2019).

日本もせっかく八百万の神がいる国なのだから、市なり町なりのブランディング戦略として、もっと積極的に活用できないのだろうか…? と想起させられました。

既存にゆるキャラはいますね。ただ、より歴史や伝統に基づき深みがあって、かつキャッチーでポップに動かせるような、機動力が高いアイコンはないものか…。シンプルに「誇り」を与えられる象徴が、望まれそうです。

■ 「市民の誇り」を創りあげる街

余談ながら「市民の誇り(=シビック・プライド)」の点で言うと、マンチェスターは他にも注目できる点があります。

例えば、Gay Village (ゲイ・ビレッジ)が運河周辺に。開放的なパブやカフェが立ち並び、文字通りゲイフレンドリーで、毎年パレードもやっています。

運河沿いにあるためか、とてもフレッシュな香りを感じる。
第二次世界大戦時、ドイツ軍の暗号解読をして戦争終結に貢献するも、
同性愛の罪で処罰を受けたアラン・チューリングも祀られていました。
レインボーなミツバチが!

また、スポーツ界では「マンチェスター・ユナイテッド」や「マンチェスター・シティ」といったプロサッカークラブもありますね。試合が起こる度、我が街の代表を応援しようと、市民がパブに集う。

このように、住民が団結力を高める契機が、いくつもちりばめられているマンチェスター。日本の地方創生やまちづくりの戦略においても、いろいろと参考にできそうな点があったと思います。気になった方は、下記リンクなどもご参照ください!

参考サイト:
■ Anne Beswick. (2020). The story behind the Manchester bee – and why it’s used everywhere in the city. Visit Manchester. 
■ 'Bee tram tribute to Manchester spirit after Arena attack.' (Jun 4, 2017). BBC News. 
■ Ethan Davies. (Aug 4, 2022). The 'iconic' colours that will mark Greater Manchester's new 'Bee Network' buses. Manchester Evening News. 
■ 'Greater Manchester hosts public conversation on Bee Network progress.' (Oct 22, 2021). Marketing Stockport. 
■ 'Il leone di San Marco è il simbolo di Venezia.' (2020). Doc Venezia.  
■ Leeds Owl Trail. (2022). Official Home Page.
■ 'Manchester attack: Hundreds queue for bee tattoos.' (May 26, 2017). 
BBC News.
'Manchester retains top 2% in the latest QS World University Rankings' (Jun 9, 2022). The University of Manchester.
■ Matthew Cooper. (2019). Why is a worker bee the symbol of Manchester? Manchester Evening News. 
■ Nathan Hyde. (Apr 7, 2018). This is why Leeds loves owls - the history behind the city's obsession. Leeds Live. 
■ Satxwdavis. (Mar 20, 2018). The Manchester Bee. Be on the lookout for the symbolic insect all over the city. Atlas Obscura. 
■ Transport for Greater Manchester. (2021). Destination: Bee Network.
■ 'What does the Manchester bee symbol mean?' (May 22, 2022). Radio X. 

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