猫を棄てる

猫を棄てる 村上春樹著を読了しました。
すごい読みやすい本であっという間に読み終えました。
この本を読んで、村上春樹の初期の頃を思い出しました。
30年以上前の事なのにはっきりと思い出しました。
懐かしい気持ちが起き、心をつかまれたような気持ちも起きました。

この個人的な文章においていちばん語りたかったのは、ただひとつのことでしかない。ただひとつの当たり前の事実だ。
それは、この僕はひとりの平凡な人間の、ひとりの平凡な息子に過ぎないという事実だ。それはごく当たり前の事実だ。しかし腰を据えてその事実を掘り下げていけばいくほど、実はそれがひとつのたまたまの事実でしかなかったことがだんだん明確になってくる。我々は結局のところ、偶然がたまたま産んだひとつの真じつを、唯一無二の事実とみなして生きているだけのことなのではあるまいか。
言い換えれば我々は広大な土地に向けて降る膨大な数々の雨粒の、名もなき一滴に過ぎない。固有ではあるけれど、交換可能な一滴だ。しかしその一滴の雨水には、一滴の雨水なりの思いがある。一滴の雨水の歴史があり、それを受け継いでいくという雨水の責務がある。それを忘れてはならないだろう。たとえそれがどこかにあっさりと吸い込まれ、個体としての輪郭を失い、集合的な何かに置き換えられて消えているのだとしても。いや、むしろこう言うべきなのだろう。それが集合的な何かに置き換えられていくからこそ、という村上春樹の言葉はとても大事だ。生きるということは、まさに、こういうことなのだ。


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