『アナロジア』は「野生のマシン」時代を宣言する
デジタル時代は燃え尽きる
テクノロジーは自然を模倣し、野生のマシンへと進化を遂げる。
そして、隆盛を誇るデジタルの時代は燃え尽きる――それが科学史家、ジョージ・ダイソン氏の『アナロジア AIの次に来るもの』(服部桂監訳、橋本大也訳)のメッセージだ。
ダイソン氏は父に理論物理学者のフリーマン・ダイソン氏、姉にIT業界のオピニオンリーダー、エスター・ダイソン氏を持つ、テクノロジーの世界の原住民だ。
原著の副題「プログラム可能な制御を超えたテクノロジーの登場(The Emergence of Technology Beyond Programmable Control)」が示すように、ダイソン氏は、現在の大規模言語モデル(LLM)を含む基盤モデルのようなシステムの先に、自然の生態系に近いシステムの到来を見通す。
野生で増殖する機械知能
「今日販売されている飼いならされた機械知能とは違う、人間ではなく完全に自然に育てられ、野生で増殖した真の機械知能と共存していく世界」。これは、コンピューター・テクノロジーの「野生の思考」だ。
筆者は人間とテクノロジーの関係を、工業化以前の自然が支配権を握るハンドクラフトの時代(第一の時代)、機械が導入された工業の時代(第二の時代)、コンピューターによるデジタル論理の時代(第三の時代)、マシンと自然が互いに歩み寄り始めた時代(第四の時代)に分類する。
そして第四の時代とは、すなわち第一の時代への回帰だと位置づける。
なるほど、人間の思考や行動を通じてネット上に蓄積された膨大な情報は、自然の一部でもある。大規模言語モデルなどの基盤モデルは、それらをごっそりと飲み込み、自然の顔つきをし始めている。
その一例として挙げるのが、ソーシャルメディアなどの、デジタルなアルゴリズム上で展開されるユーザー同士のアナログなつながりだ。
道具との付き合い方
384ページに上る本書の中で、本格的なデジタルテクノロジーをめぐる議論は全9章のうちの第7章以降になる。
そして本書の多くを占めるのは、アリューシャン列島や北米の先住民の文化や知恵、そしてダイソン氏自身のバイダルカ(カヤック)づくりやツリーハウスづくりなどのハンドクラフト(手仕事)を通して語られる、道具との付き合い方としてのテクノロジー論だ。
人間の制御を超える
人間と自然とマシンがより密接に絡み合うアナロジアの時代。それはマシンが人間の制御を超えるという点で、人間が自然に向き合うのと同様に苛烈な時代でもある。
生成AIの急速な進化をめぐっては、2023年3月、「AIのゴッドファーザー」の1人、モントリオール大学教授のヨシュア・ベンジオ氏やアップル共同創業者のスティーブ・ウォズニアック氏らが、チャットGPTの最新版、GPT-4と同等以上の高度なAIについて、半年間の開発停止を求める公開書簡に賛同署名を募った。
3万人を超す署名者の1人として、ダイソン氏もこの公開書簡に名を連ねている。
本書からは、苛烈な野生の時代に向き合うカギとなるのは、身体とハンドクラフトに根差した人間の知恵の歴史、というメッセージが浮かび上がる。
博覧強記なダイソン氏の著作を、約30ページに上る図版も含めて翻訳した労作。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?