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『アナロジア』は「野生のマシン」時代を宣言する

デジタル時代は燃え尽きる


テクノロジーは自然を模倣し、野生のマシンへと進化を遂げる。

そして、隆盛を誇るデジタルの時代は燃え尽きる――それが科学史家、ジョージ・ダイソン氏の『アナロジア AIの次に来るもの』(服部桂監訳、橋本大也訳)のメッセージだ。

ダイソン氏は父に理論物理学者のフリーマン・ダイソン氏、姉にIT業界のオピニオンリーダー、エスター・ダイソン氏を持つ、テクノロジーの世界の原住民だ。

数えられる論理を元にしたデジタルはより進化して自然界を限りなく模倣していくことで、次第に数えられないアナログな様相を帯びていく。

『アナロジア』p.281
Bing Image Creatorで筆者作成

原著の副題「プログラム可能な制御を超えたテクノロジーの登場(The Emergence of Technology Beyond Programmable Control)」が示すように、ダイソン氏は、現在の大規模言語モデル(LLM)を含む基盤モデルのようなシステムの先に、自然の生態系に近いシステムの到来を見通す。

プログラム可能な機械によって自然をコントロールする方法を探す人間に対して、自然が教える答えは、プログラム不可能な性質を持つシステムを構築することである。

『アナロジア』p.300

野生で増殖する機械知能


「今日販売されている飼いならされた機械知能とは違う、人間ではなく完全に自然に育てられ、野生で増殖した真の機械知能と共存していく世界」。これは、コンピューター・テクノロジーの「野生の思考」だ。

Bing Image Creatorで筆者作成

筆者は人間とテクノロジーの関係を、工業化以前の自然が支配権を握るハンドクラフトの時代(第一の時代)、機械が導入された工業の時代(第二の時代)、コンピューターによるデジタル論理の時代(第三の時代)、マシンと自然が互いに歩み寄り始めた時代(第四の時代)に分類する。

そして第四の時代とは、すなわち第一の時代への回帰だと位置づける。

なるほど、人間の思考や行動を通じてネット上に蓄積された膨大な情報は、自然の一部でもある。大規模言語モデルなどの基盤モデルは、それらをごっそりと飲み込み、自然の顔つきをし始めている。

その一例として挙げるのが、ソーシャルメディアなどの、デジタルなアルゴリズム上で展開されるユーザー同士のアナログなつながりだ。

ソーシャル・ネットワークは、デジタル・コンピューターの上で動作するが、重要なのはプログラムの中の論理コードではなく、ユーザー同士の関係の統計的マッピングである。ソーシャルグラフの「モデル」が、現実のソーシャルグラフになあって、世界中に広がっていく。

『アナロジア』p.298

道具との付き合い方


384ページに上る本書の中で、本格的なデジタルテクノロジーをめぐる議論は全9章のうちの第7章以降になる。

そして本書の多くを占めるのは、アリューシャン列島や北米の先住民の文化や知恵、そしてダイソン氏自身のバイダルカ(カヤック)づくりやツリーハウスづくりなどのハンドクラフト(手仕事)を通して語られる、道具との付き合い方としてのテクノロジー論だ。

住む場所が必要だった私は、ベイマツの木にツリーハウスの骨組みを縛り付けた。斧で右手の甲をぱっくりと割ったときは、左手でデンタルフロスと帆針を使って縫い合わせた。結ぶと縫うで解決できない構造的な問題など私は見たことがない。

『アナロジア』p.200-201

人間の制御を超える


人間と自然とマシンがより密接に絡み合うアナロジアの時代。それはマシンが人間の制御を超えるという点で、人間が自然に向き合うのと同様に苛烈な時代でもある。

生成AIの急速な進化をめぐっては、2023年3月、「AIのゴッドファーザー」の1人、モントリオール大学教授のヨシュア・ベンジオ氏やアップル共同創業者のスティーブ・ウォズニアック氏らが、チャットGPTの最新版、GPT-4と同等以上の高度なAIについて、半年間の開発停止を求める公開書簡に賛同署名を募った。

人間並みの知能を持つAIシステムは、社会と人類に重大なリスクをもたらす可能性があることは、広範な研究で示され、主要なAI研究機関も認めている。

Future of Life Institute, "Pause Giant AI Experiments: An Open Letter"

3万人を超す署名者の1人として、ダイソン氏もこの公開書簡に名を連ねている。

本書からは、苛烈な野生の時代に向き合うカギとなるのは、身体とハンドクラフトに根差した人間の知恵の歴史、というメッセージが浮かび上がる。

博覧強記なダイソン氏の著作を、約30ページに上る図版も含めて翻訳した労作。


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