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アジアンドキュメンタリー沼にはまる②「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」

これは戦争によって家族と引き裂かれ、日本とのつながりを絶たれて、生きてこなければならなかった人々の証言を集めた映画だ。


戦前、麻の栽培によって、経済が好調だったフィリピンには日本から多くの人々が移住、最盛期には約3万人の日本人がフィリピンに暮らし、各地に日系社会を築いていた。移住者の日本人男性の多くがフィリピンの女性と結婚し、家族をもうけた。そこへ戦争がはじまり、一家の長であった日本人男性たちが日本軍に徴用される。

現在も多くの日系人が暮らすミンダナオ島・ダバオの資料館には、兵士にとられていった日本人男性がフィリピン人の妻と子どもにあてて書いた手紙が残っている。


「汝、もし一身上のことで思案に及ばざることあらば、日本帝国政府に懇願し、援助を受けよ。天皇の国、大日本帝国は、すなわち汝らの父の国にして、同時に汝らの保護者たること疑いなし」


強い筆致からは、この時「大日本帝国」のことを露ほども疑っていなかったことがうかがえる。なお娘さんの名前は「カズエ(和枝)」さんといったそうだ。私と同名だ。

日本がはじめた戦争によって約110万人のフィリピン人が犠牲になり、フィリピン社会にとけこんでいた日本人男性たちも命を落とした。生き残った日本兵は、敗戦後、日本へ送還された。日本政府は外地にいる一般の日本人やその家族に対して、救援の手を差し伸べることはなく、日本人の父とのつながりを絶たれた母子はフィリピンに置き去りにされた。

父親たちが命をかけて尽くした「大日本帝国」は妻子を見捨てたのだ。
戦争によって母を失い孤児になった子どももいた。取り残された日系の子どもたち(以下、残留2世と記す)は、戦後、反日感情の強いフィリピンで生き延びるため、日本とのつながりを隠した。日本人であることを証明する書類のすべてを破棄しなければならなかった。

日本とのつながりを公にできない残留2世たちは無国籍になった。当時、フィリピンの国籍法では国籍の異なる両親から生まれた子は父親の国籍を保持することとされていたためだ。無国籍の状態に陥ったかれらは教育を受ける機会を失い、貧困状態で生きていかなければならなかった。

それからおよそ40年もの年月がすぎた1980年代、中高年にさしかかったフィリピン残留2世が自らの存在の証を求めて立ち上がった。弁護士や市民団体の支援を受け、残留2世の身元確認、国籍確認がはじめられるようにった。身元が判明した残留2世の子や孫のなかには来日し、日本に定住した人もいる。だが、さらに40年たった今でも、身元調査、戸籍回復を待つ残留2世が800人以上いるという。高齢になった残留2世に残された時間は少ない。

長年、フィリピン残留2世の支援に携わり、この映画を企画・制作した河合弘之弁護士は、中国残留孤児の支援にも尽力してきた方だ。映画のなかでは中国残留孤児の権利回復の活動記録や、証言も紹介されている。満州で実母と生き別れた女性の証言はいう。「孤児は70歳になっても、いつも親をさがしている。電車に乗っていてもこの中に親がいるのではないかとふと思ってしまう」と。

これは私が取材してきたジャパニーズ・フィリピノ・チルドレンの青年たちにも共通する思いであるように思う。かれらは平和な時代に生まれながら、養育放棄というかたちで、日本人の父親と生き別れている。

かれらの話を聞くまで、私の拙い想像では、大人になれば親を求める気持ちも自然と薄れていくのではないかと思っていた。ましてやかれらの場合、親らしいことはほとんど何もしてこなかった相手だ。それでもかれらのほとんどは「お父さんに会いたい」と語った。「父親を知らないと自分は完成されていない気がする」のだという。親を知ることは、自分自身の存在の根本に大きくかかわり、自分の生を生きるために大切なことなのだと、かれらによって気づかされた。

映画のなかでは、支援者の協力により、日本国籍を得た残留2世の男性が、亡き父のふるさと、沖縄を訪れる場面が出てくる。自らもフィリピンに住んでいたことがある伯母と、腹違いの弟が温かく出迎えた。弟である男性は兄に会えたことを心から喜び「ぼくたちもフィリピンに行く楽しみが増えてうれしい」語る。その姿に胸が熱くなった。若いジャパニーズ・フィリピノ・チルドレンたちのなかにも、父親をさがし、日本に来るものが後を絶たない。けれども、異母兄弟はもとより、実の父親でさえもかれらを拒否することが少なくないのが現実だ。日本につながるすべての人々が家族の一人として温かく迎えられたらいいのにと切に思った。

戦前、フィリピンに溶け込んでいた日系社会。それを戦争によって奪ったのは日本だった。それなら、2世たちの権利を回復する責任も日本にあるのではないか。この映画はそう訴える。

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