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時田さんが俳優を辞めた理由①

時田さんがきっぱりと俳優を辞めたのは三年前のことだった。時田さんは、良い俳優だった。

時田さんの出ている映画を見る度に、時田さんはユアン・マクレガーに似ていると思っていた。
あと五年くらい頑張って俳優を続けていれば映画や演劇の分野で何かしらの賞を受賞していたに違いないと、今でも僕は思っている。

時田さんが俳優をやめるとポツリとツイッターで言った時、ネットの中も舞台業界も映画業界も彼の早すぎる引退宣言を惜しむ声で溢れた。

時田さんはツイッターで素っ気なく引退を発表した翌日にはツイッターのアカウントも、インスタグラムのアカウントも、五年くらい前から全く更新されていなかったアメブロも、自分が俳優として活動していた痕跡を綺麗さっぱり消してしまった。

時田さんの突然の引退宣言によって、メルカリには時田さんの一冊だけ出版された写真集が高値で売買された。台湾をロケ地に、時田さんのエッセイっぽい文章と台湾の風景に佇む時田さんを収めた写真で構成された、芸能人が良く出す類の写真集だ。

写真集が出版される前、エッセイの文章は事務所の人がライターに頼んで書いて貰いました、俺は何も書いてません、と時田さんがあっけらかんとツイッターで暴露して、炎上を起こした。そのせいで写真集は世間の注目を集め、一時期どの本屋に行っても、女性アイドルの写真集の隣に平積みされていた。

僕がその写真集でゴーストライターを務めたことが僕と時田さんの出会いだった。時田さんがツイッターで暴露したライターというのが僕のことだ。

ツイッター暴露事件から少し経って、時田さんの所属事務所のマネージャーから電話があって、僕はとても驚いた。

「あっ井上さんですか?お疲れ様です。この間はどうもでした。ちょっと急なんすけど、うちの時田が井上さんに会いたいって言ってるんですよー、もし良かったら一回会ってやってくれませんか?井上さんの都合に合わせますんで」

僕はこれまでもアイドルや俳優のエッセイを代筆してきたことは何回かあったが、出版された本に自分の名前が掲載されることがないのはもちろん、代筆したアイドルや俳優達から、誰が自分の振りをして書いているのか興味を持たれたことも、直接会ったことも一度もなかった。

「別に構いませんけど、何か気に触るようなこと書いちゃいましたか?」

「いや詳しくは俺も聞いてないんすけど、多分違うと思ういますよ、ほら、あいつ何考えてんだか分かんないじゃないすか。でも、あいつが誰かに会いたいなんて滅多に言い出さないから、分かんないけど、井上さんの文章気に入ったんじゃないすかね。それじゃよろしくですー」

彼はいつもながらの無責任で調子の良い口調でそう言い放ち電話を切った。

②へ続きます


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