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しょうがせんべいの恨みのこと。

1か月前、母方の祖父が亡くなった。
急な出来事だった。

祖父は、自営業で農機具屋を営んでいた。
いつも手を真っ黒にしながら、仕事をしていたらしいけど、
私が訪れる時はいつも居間でいびきをかいて昼寝をしていた。
起きたと思ったら、パチンコに行き、
パチンコに勝った時にはお小遣いが降ってきた。
母は祖父のパチンコ事情に精通していて、
いつ訪れるのが良いかタイミングを耳打ちしてくれた。

訃報を聞いて、慌てて故郷に戻った私は、
通夜会場で既に亡くなった祖父と対面した。
横になっている祖父は、
昼寝をしていたあの頃と同じで、今にも起き上がりそうだった。

身体の大きな祖父は、食べるのが大好きで、
いつもみかんを食べ、アイスを食べ、お菓子を食べていた。

亡くなる当日の朝も「4枚切りのパン」を食べていたらしい。
4枚切りって…。食べすぎやろ。
今日の朝ごはん、クロワッサン半分なんですが…。普通逆やろ。

そんな祖父がこよなく愛したお菓子が「しょうがせんべい」だった。
祖父の家でしかお目にかかる機会のないレアなお菓子で、
すっかり忘れていたが、一緒に食べた懐かしい記憶が思い出さえれた。

祖母は「しょうがせんべい」を棺の中に入れた。
あと、軍手と作業着。いっぱい食べて、まだまだ働いてもらうらしい。
自営業の妻の逞しさを感じた。

火葬を終えた祖父の家には、祭壇ができ、お供え物が並んだ。
私はどうしても「しょうがせんべい」が食べたくなって、
スーパーで購入し、祖父の前で口にした。

ええやろ、じいちゃん。
俺はまだまだこれを食べれるで。4枚切りのパンは多分食べれんけど。

思い出を懐かしみ、感傷に浸った次の日、奥歯の痛みが止まらなくなった。
食べ物の恨み、しょうがせんべいの恨み恐るべし。

私は大の歯医者嫌いである。
東京に戻った私は、急いで「痛くない 歯医者」を検索した。

そもそも、歯医者の器具は、口に入れるものとしては恐ろしすぎる。
ギラギラ輝くドリル、ゴムでできた吸う機械、空気と水が出る機械。
なによりもおぞましい音。ノイズキャンセリングしたい…。

ドキドキしながら通院し、口を開けると、
右奥の親知らずが虫歯になったらしく、
その日はとりあえずの治療をして、後日抜歯することになった。

親知らずを抜く痛みは、虫歯だろうがなかろうが、変わらないらしい。
ラッキー。なんかちょっと得した気分。

次の日からは徹底的に親知らずの抜き方を調べた。
オタク気質だからか、ビビりだからか、
目の前の事象を調べつくさないと気が済まない。

Youtubeで引くほど親知らずの抜き方を検索した結果、
おすすめ動画が歯医者関連でいっぱいになり、
親知らず、親知らず、親知らず、アイドル、親知らずみたいに並んだ。

そして迎えた手術日。
一つ一つの器具まで言えるようになった私は、
手術中も先生に質問し続け、先生に静かにするよう諭されながら、
答え合わせをするかのように抜歯を終えた。

祖父が亡くなって以降、私の机には祖父の名刺が飾られている。
机の上の小さな仏壇には、
しょうがせんべいの味と祖父の恨みが詰まった
右上の親知らずが並ぶことになった。


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