『ワンフレーズ』 13話 「再会」

 


 「起きて、もうそろそろヨウジ君迎えにくるよ」
お母さんに張った肩を叩かれ起こされた。どうやら、本当に夕方まで寝続けてしまったらしい。
 変な夢を見た。顔が見えたような、聞き覚えのある声だったような、そんな気がしたけれど、半ば強制的に、夢から引き摺り出されたせいで、さっきまで見ていた光景が全然思い出せない。何か、誰かに大事なことを言われているような、そんな夢だった。 

 僕はお父さんから黒いネクタイを借りて、一人暮らしの家から持ってきたスーツに着替える。また、スーツを着なきゃいけない。ベルトを腰上できつくしめる度に、そう思った。大した努力もしていない人間のスーツより、四年間も苦しんで死んだ寝巻きの方が、なんて、天秤にかけている自分がいた。
寝ていた時、たまたま夕立が降っていたらしい。それまでジリジリ熱くなっていたアスファルトから、消火されたように靄が出ている。ジャケットを羽織ってみても、外はそこまで蒸し暑くはなかった。間も無く、ヨウジが車で迎えに来てくれた。「私達は、また別で向かうから」そうお母さんに言われながら、僕はヨウジの車に乗った。

「どこのホールでやってるの?」
 僕は、「久しぶり」という言葉がお互いに出て来る前に、話を切り出した。
「大橋の手前のところ、田んぼの中にある」
「ああ、あそこか、十五分くらいかな」
「そんくらい」

 一年半ぶりに聞いた、ヨウジの声だ。電話を通して聞いていたことは、大学の方へ引っ越した後でもまあまああったけれど。
 なんだか、僕よりひとまわりもふたまわりも大きくなって、落ち着いているように見えた。

「アラタお前、いつ大学の方帰るの、明日?」
「うん、明日の朝には帰る予定」
「そうか」
 ヨウジは足が塞がっているせいか、ハンドルを握る左手の人差し指が、一定のリズムで貧乏ゆすりをしていた。ふと横顔を見ると、もうずっとしばらく見ていなかった、雲呑のように膨れ上がった左耳があった。

「そういえばリコは?一緒に行くって聞いてたけど」
「行く直前に子供が泣き出しちゃって、式場で泣かれても困るからって、行かないことになった」
「そうか・・・」
「リコが、アラタに子供を見せたいって、言ってたぞ」
「俺に?」
「うん、俺も見せたかったんだけどな、ずっと」
「そっか、全然帰ってこなくてごめん」
「全然いいよ、そっちの予定もあるし」
 ヨウジは本当に、全然気にしていない様子だった。僕がなんで三人に会いにこなかったのか、知る由もない感じだった、
 昔だったら、というか二年も前だったら、する話なんていくらでもあった気がする。 する話なんてなくても何も苦じゃなかったはず。なのに今僕は、たった十五分程度でさえ、時間を持て余してしまって、いつもならしない変な質問ばかり、言おうか言わないか、頭の中にふわふわ浮かばせていた。

「ほんとごめんな」
「何が?」
「全然会いにこなくて、赤ちゃん全然見にこなくて」
「大丈夫だって、気にしてねえよ」
 ヨウジは僕のしおらしい言葉に、吹き出すようにブハッと笑った。


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