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カスタマーサービスに電話しながら対戦車ミサイルを撃つー小泉悠『ウクライナ戦争の200日』を読んでみた

ここ最近カンボジア内戦、満州についての小説を読んだのですが、すると今の戦争についても考えたいという思いが高まってきました。いまさらですが。ウクライナ戦争といえば小泉悠でしょということで、二冊書いましたよ。『ウクライナ戦争の200日』(文春新書 2022年9月)と『ウクライナ戦争』(ちくま新書 2022年12月)。

前者は対談集(鼎談もあり)で小泉が批評家(東浩紀)、小説家(砂川文次)、防衛研究者(高橋杉雄)、映画監督(片渕須直)、漫画家(ヤマザキマリ)、ドイツ人エッセイスト(マライ・メントライン)、ルポライター(安田峰俊)と対談します。そしてこれは9月刊行。後者は小泉の書き下ろしで12月刊行。そこでまずは前者から読んでみました。先に刊行されていることと、まずはいろんな立場の議論を広く確認するのがよいと考えたからです。この考えは正しかったようで、小泉も『ウクライナ戦争の200日』で述べています。

…本書に収めた一連の対談では、なるべく「ごく普通の人が聞いている」ということを意識したつもりです。普通に考えると、これは「関心はあるけれどあまり知識はない」という人に今起きている事態をなるべくやさしく理解してもらう、ということになるでしょう。

252-253P

まさに私のために書かれたような本でした。

この記事では、私が特に気になった点を取りあげます。そして対談別に考えるのではなくて、対談をぜんぶまとめて一冊の本として読んでいきます。

ロシアの目的

そもそも、なぜロシアはウクライナ侵攻をはじめたんだっけ?私はここからのスタートになります。意識低くてすみません。

小泉 …プーチンが、サンクトペテルブルクの国際経済フォーラムで語ったことです。サンクトペテルブルクはプーチンの出身地であり、もともとはスウェーデンから大北方戦争であの辺の土地を取りました。「あれは取ったのではない。取り返したのだ。なぜならそこにロシア系住民が住んでいたから」という理屈なんです。…要するに、いっぱい住んでいて都市を築いている場所はもうロシアなんだと。その理屈で言うと、ウクライナやベラルーシは、プーチンに言わせれば、明らかにロシアでなければならない。

233P

土地所有問題。本来誰のものでもなかった土地を所有しようとして人類は争ってきました。この問題を解決しないと戦争はなくならないのではないかと思います。解決方法はまったくわかりませんが、何年かかっても解決させなければならない課題だと思います。

ロシアは日本の隣国

北朝鮮や中国よりも遠いイメージのロシア。モスクワやサンクトペテルブルクが西の方にあるからそう思うのでしょうか。

マライ …日本人はけっこう、ロシアがじかに国境を接する「隣国だ」ということをあまり意識していないような。隣の国が戦争していると、皮膚感覚的に認識していない気がします。

214P

はい、そのとおり。平和ボケしていましたよ。ロシアは隣国だし、日露戦争や満州でも争っていたんですよね。

小泉 …今回ウクライナで、第二次世界大戦後最大規模の戦争が起きた。アメリカは相当な軍事力をヨーロッパに張り付けておかなければいけないでしょう。だとすると、われわれが半年前まで予想していたような、アメリカが全力を挙げてインド太平洋で中国を軍事的に抑止してくれるというシナリオは、おそらくもう望みがたいのではないかと私は思うんです。

219P

日本は安全保障方針を考え直さないといけないとは思うのですが、できる気がしません。どうすればいいのかまったくわかりませんが、このままではいよいよまずい予感しかしません。

日本の避難計画

ウクライナ戦争による日本の安全保障への影響はどうなっているのでしょうか。

小泉 ウクライナ戦争がさらに拡大し、ヨーロッパ全体を巻き込んだ大戦争になってしまった場合に限りますが、在日米軍基地にロシアのミサイルが飛んでくる可能性はあります。…米軍の攻撃からカムチャッカにある原潜基地や極東のウクラインカの爆撃基地を守るために三沢や横須賀の米軍基地を先に叩くと考えるのは自然な流れといえます。

26P

今のロシアを見ていると、私たちとは異なる論理で動いているのではないかと思います。誰も戦争を予測できなかったからです。だとすると、確かにどこで止まるかわかりません。日本も標的になりうると。では、そのときのシミュレーションはできているのでしょうか。

 安全保障で思い出すのが、2011年に起こった福島第一原発事故のことです。当時、二十キロ圏内の住民に政府から避難指示が出たのですが、じつは国による全体避難計画があったわけではない。実際は地方自治体が現場で対応し、避難場所を貸してくれそうな自治体に個別に電話していた。
小泉 残念ながらそうした事態は戦時下の日本においてもありえると思っています。今回の戦争ではマリウポリが孤立してしまって住民が逃げられなかったわけですが、日本も戦闘が起きたときにちゃんと住民を逃がすプランがあるか怪しいものです。

27P

いやいやいやいや、ぜひシミュレーションをお願いします。地震も戦争も将来起きるかもしれません。

紛糾する火力調整会議

戦争映画を見ていると、指揮官は論理的かつ迅速に判断していることが圧倒的に多い印象です。あんまり優柔不断な指揮官は登場しないのではないかと思います。命がかかっているので優柔不断では組織を維持できないのかもしれません。いっぽうで、まだ戦争が勃発していないために、一撃目の判断が遅れ、壊滅させられてしまうシーンもあります。日本の自衛隊は論理的かつ迅速に判断できるのでしょうか。

砂川 わかりやすい例が「火力調整会議」でしょうか。正面の敵を破砕するために、敵を攻撃する火力をどのように配当するかを決めるものです。…この火力調整会議が、かなり荒れるんですよ(苦笑)。自衛隊も一枚岩ではありませんから、方面と師・旅団での対立はもちろん、方面火力の中でも、航空火力と地上火力が対立しています。「うちの火力をこう使え!」と各々が主張して、会議が紛糾する。

44P

縦割り組織にありがちです。横串の火力配当指揮組織みたいなものはないのでしょうか?これがないのに戦場ではどのように判断するのでしょう。まさか戦場で紛糾したりして。

戦争に倫理はあるのか

かねてから疑問に思っていました。戦争自体が倫理にもとる行為なのに、民間人を攻撃しないとか、略奪しないとかそんな倫理がありえるのだろうかと。

小泉 …日本もドイツも近代的軍隊とは思えないようなひどいことを行なったわけですが、今回はそれに輪をかけてひどい。略奪して性的に暴行して家財を奪って「戦利品だぞ」と言って家族に送るというのは、とても現代の軍隊とは思えません。

76P

やはりいつ死んでもおかしくない状況に長期間おかれたら、倫理は壊れそうです。専門家は「倫理的にありえない」と言いがちですが、そこそこありえるのではないかと思います。そうなると核兵器の使用はどうなるのか。

小泉 …マリウポリで街を丸ごと更地にして、子どもたちが避難している場所にわざわざ爆弾を打ち込む連中が、核や化学兵器だけ道徳的理由で手控えるとは思えない。

102P

はい。残念ながら私もそう思います。

プーチン政権は終わらない

体調不良とか、認知症とかでプーチンが政権からおりるシナリオはないのでしょうか。

小泉 …(プーチンは)政権が転覆したらカダフィのように殺されてしまうかもしれない。自ら勇退したとしてもどういう目に遭うか分からない。だから死ぬまで権力者をやるしかありません。

165-166P( )は筆者

独裁者の後継者も独裁者になると思いますが、後継者にとっては先輩の独裁者は邪魔者以外の何者でもないので、仮にプーチンが権力を後継者に譲ったとしたら、その後継者はプーチンを排除するような気がします。ということで、プーチンが権力を手放すことはありえないようです。

驚きの戦場

本書から、まったく知らなかった戦場の現実を教えてもらいました。

高橋 …実は戦車って自家用車よりも壊れやすいので、無理をして進めば進むほど脱落して数が減っていくんですね。

183P

ま、マジっすか。頑丈だと思ってましたよ。脱落した戦車は回収するのでしょうか。それとも置きっぱなし?壊れた戦車をどうするのか、映画とかで見た記憶がありません。

高橋 当初は非常に使いやすいと言われたジャベリン(歩兵が肩に担いで目標を攻撃する対戦車ミサイル)ですが、実際のところは扱いが難しいらしいです。というのも、ジャベリンの操作運用マニュアルは260ページほどもあって、本来なら80時間の講習が必要とされている。…それをウクライナ軍はいきなり実戦現場に放り込んだので、混乱してしまう兵士もいた。
ジャベリンには、製造元であるロッキード・マーティンのカスタマーサービスのフリーダイヤルが記載されているらしく、前線から電話するケースもあるようですが、実はつながるのは広報部署で、すぐには答えられない。

186P( )は筆者

笑っちゃいけないと思うのですが、笑ってしまいます。前線から武器の使用方法をカスタマーサービスに聞く。しかも一次受付は広報部署。これを読んで、福島第一原発にヘリから放水を試みたシーンを思い出しました。人間ってヤツは…。

私たちは愚かだと思います。しかし、愚かなりにこの状況にどう対処すればよいのか考えなければ。ヒントを求めて、次は『ウクライナ戦争』を読みたいと思います。

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