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ピンヒールで蹴り破られたー佐川恭一『シン・サークルクラッシャー麻紀』を読んでみた※ネタバレあり

作家 古谷経衡による書評を読んで即ポチったのでした。
『シン・サークルクラッシャー麻紀』(破滅派 2022年7月)を。

そして読み終わりました。
まず思いました。表紙が全てを表している、と。
私自身が超絶美人にケリを入れられる話だったな、と。

以下ネタバレします。






まずはあらすじと構造をまとめます。

あらすじと構造

「サークルクラッシャー麻紀の朝は早い。」
この文から物語ははじまります。

京大の文芸サークルの「部長」が主人公。サークルの部員は男三人と女一人。男は部長も含め全員が童貞の非モテ。部長はある文学賞の最終選考まで残ったことがあり、男部員の一人はその文学賞の一次審査を通過したことがある通称「一次」。女一人は「紅一点」と呼ばれます。

そこにサークルクラッシャー麻紀が入部してきます。
みな真剣に創作に打ち込んでいましたが、麻紀に部長を除く男三人がてだまに取られ、肉体関係を持つにいたり、麻紀を取り合う醜い争いが勃発。こんなんじゃ創作どころじゃないので、部長判断でサークルは解散します。

部長は大学を卒業し電気メーカーに就職しますが、まったく仕事がこなせず挫折します。そんなときすでに小説家としてデビューしている紅一点から、もう一人、文芸サークルからデビューした者がいることを教えられ、その作品『受賞第一作』を読むことを勧められます。後にわかることですが、『受賞第一作』でデビューしたのが一次です。

物語は部長の現実世界と物語内物語の『受賞第一作』が交互に進んでいきます。二つの物語は内容的にシンクロしていて、一回目に読んだ時は自分がどちらの物語を読んでいるのかよくわからなくなりました。現実と虚構がぐちゃぐちゃになる感じ。

とはいえ二つの物語を整理すると、物語世界はサラリーマンとしての挫折の話、『受賞第一作』はサラリーマンとして挫折し、小説家として自立しようとするもうまくいかない話。後者はまるで部長の可能世界、ありえたかもしれない世界が描かれます。

物語世界の方は、挫折しつつも、「営業事務」(後に部長の奥さんになる)が寄り添ってくれたり(しかし子どもが生まれると険悪な関係になる)、長期休暇中の部下の仕事を、休日出勤や残業してフォローしていたら、バラバラだった組織がまとまったりして、ぎりぎりなんとかなっていました。
そんなとき、部長は『受賞第一作』の中に麻紀をモデルにしたと思しき登場人物を見つけ、麻紀にむしょうに会いたくなります。

いっぽう『受賞第一作』の方は、体育会系のノリの会社に就職してしまい、空気が読めない主人公は鬱になりました。そこで小説家として食べていこうと決心します。やがて文学賞新人賞を受賞します。しかし選考委員との対談では選考委員を激怒させ、授賞式では「美しすぎる女性作家」からひんしゅくを買いピンヒールで蹴り倒されます。

部長はこの美しすぎる女性作家と麻紀を重ねます。そして麻紀に会いにいきます。部長は偶然SNS上で麻紀の出没場所を見つけていました。
そこで麻紀がなぜみんなと肉体関係を結んだのかその理由が明かされます。
また、『受賞第一作』に部長からの影響の痕跡があることを指摘されます。

やがて紅一点が野間文芸新人賞を受賞します。その授賞式で部長、紅一点、一次が再会します。部長は一次から部長からの影響があることを認められ、紅一点からは、部長の小説は世の中にあったほうがいい、だから小説を書いてほしいと励まされます。

そして部長は書きはじめます。その一行目は、
「サークルクラッシャー麻紀の朝は早い。」
です。
つまり、この物語の一行目に戻ります。

ということなので、私はこの小説をもう一度読みはじめます。今度は部長が書いた作品として。

ピンヒールで蹴り破られる

冒頭で、私自身が超絶美人にケリを入れられる話だったな、という感想を書きました。

こんなシーンが『受賞第一作』にあるのです。
主人公は美しすぎる女性作家に向かっていいます。

「あなたの小説が売れるのはあなたが美人だからだ、小説が優れているからではない!」と叫んでやった、「…顔で評価されたといわれるのは屈辱だろうが、ほんとうにそう思うなら不細工に整形してみろ、…それができないのなら、そうやって顔でちやほやされながら、じぶんの小説を勝手に信じてやっていけ、世間が認めてもおれは絶対に認めないぞ!」私は正直、美しすぎる女性作家の小説が狂おしいほど好きだが、腹が立ったのでそう叫んだ、すると美しすぎる女性作家がカツカツと歩いてきて、ピンヒールで私を蹴り倒した、そして何度も何度も踏みつけた、「うるせえんだよクソガキが!芥川賞とってから出直してこい!」

158-159P 筆者が太字に変更

部長は美しすぎる女性作家を麻紀と重ねて読んでいます。
そしてこのシーンから部長は大学卒業後たぶんはじめて能動的になります。麻紀に会いにいき、麻紀がサークルをクラッシャった真意や部長への思いを知ることになります。麻紀は文芸サークル部員たちとのつきあいを通して、作品の中に素材として、影響として生きようとしていたのでした。確かに文芸サークル部員たちは麻紀とつきあうことで、非モテから脱出しました。そのかわりにサークルはクラッシャられました。美しすぎる女性作家は、ピンヒールで部長をクラッシャりました。そのかわりに部長は能動性をとりもどしました。

そして紅一点の授賞式で、紅一点、一次と再会したときに、部長は

一次の『受賞第一作』の中にも、紅一点の作品の中にも、もしかすると自分の一部が、それとはわからない粉塵のような形で…ひっそりまぎれこんでいるのかもしれない。

239P

と思えるようになっていました。

やっぱり人は、ピンヒールで蹴り入れられてナンボだなと思ったのでした。

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