感染症診療の考え方 その2

感染症診療の考え方 その1で、感染症診療に必須の4つのSTEPを説明した。

①異常の認識
②臓器の推定
③菌の推定
④抗微生物薬の選択

これらを個別に解説する。

①異常の認識
発熱や炎症反応のようなわかりやすいサインであればいいが、問題は「一見すると感染症の症状として認識しにくいもの」をいかに異常ととらえられるかだ。向かいで信号待ちをしているおっさんが全裸だったらそいつは間違いなく変態だしなるべく距離を置きたいところだけど、コートを一枚はおっているけど実はその下が全裸でしたタイプのおっさんであった場合、一見してそいつを変態を見抜くことは難しい。でもお前たちはその人の雰囲気や挙動からそのおっさんの変態性を見抜き(こっちのタイプの方が変態性は高いし悪質)、あらかじめ身の安全を確保する必要がある。世の中は危険に満ちているのだ。

発熱やCRP以外にも注意しておくべき症状がある。

1.意識変容
普段しっかり会話で来ている人がつじつまの合わないことを言い出したり、応答が緩慢になっている場合は注意だ。

2.バイタルサインの乱れ
発熱だけではない。説明のつかない血圧低下、脈拍数の増加、呼吸数の増加(酸素飽和度の低下)などはいずれも要注意のサインだ。重症感染症の場合、むしろ発熱がない(発熱すらできない)状態もありうる。

3.消化器症状
悪心、嘔吐、下痢などは、特に消化管由来の感染症でなくとも、敗血症ショックに伴う症状としてみられる場合がある。

4.皮膚症状
ある種の感染症で特徴的な皮膚症状を呈することがある。
例:手掌の皮疹(→感染症心内膜炎、梅毒、手足口病)、全身の紫斑(→電撃性紫斑病→肺炎球菌・髄膜炎菌感染)

とくに意識変容とバイタルサインの乱れは重要。「明らかな熱はないがなんとなくボーッとしていて呼吸が浅くて早い」という様子から敗血症を見抜ける医師に是非なってほしい。

これらのサインを見つけ、感染症の可能性を考えた場合、そこに至るまでの経過をまとめることも忘れては行けない。お前たちが目の前にしているその異常がたった今起こったものなのか、実は数日前から起こっていたものなのか(言い換えれば急性なのか、亜急性なのか)、それまで普段どおり元気に生活していた中での話なのか、寝たきりの長期入院患者で起きた話なのか(市中発症なのか、院内発症なのか)で話が変わってくるからだ。

目の前で起きた異常と、それがそういう経緯で観察された事象なのかをきちんと把握することがすべての始まりだ


②臓器の推定
目の前に上記の異常を呈した人がいたら、そこで腕組みしている暇はない。考えることから逃れるためにオーダリング端末に「メロペン」と入力するのも論外。やるべきことは一つ。診察をするのだ。
基本的には、全身を評価する。ただしメリハリをつけた評価が必要だ。

ぐったりして熱もあって痰交じりの咳も出てて…みたいな人であればだれだってその時点で肺炎は鑑別に上がるが、肺炎が疑わしいということがその他の部分に全く問題がないことを保証を保証するわけではない。フォーカスが定まらないときだけではなく、もっともらしい症状を呈していたとしても、そのwork upと並行して頭からつま先までざっと評価しておくことも忘れては行けない。

具体的には以下だ。

頭部:項部硬直(→髄膜炎)、前頭・頬部の叩打痛(→副鼻腔炎)、扁桃腫大・白苔(→化膿性咽頭炎)、齲歯・歯肉炎(→歯性感染症)、開口障害(→咽後膿瘍、破傷風!)
頸部:リンパ節腫脹
胸部:呼吸音(→肺炎、気道閉塞を疑う所見があれば喉頭蓋炎も鑑別)、心音(→感染性心内膜炎)
腹部:右下腹部圧痛(虫垂炎)、右季肋部痛(胆道感染)、腹膜刺激症状(腹膜炎)、肝腫大(→肝炎)、肝叩打痛(→肝膿瘍)
背部:CVA叩打痛(→腎盂腎炎、時に膵炎も)、脊柱/傍脊柱叩打痛(→椎体椎間板炎、腸腰筋膿瘍)
関節:単関節腫脹(→化膿性関節炎)、多関節腫脹(→菌血症に伴う播種性関節炎、淋菌感染症)
皮膚:手掌の皮疹(→感染症心内膜炎、梅毒、手足口病)、全身の紫斑(→電撃性紫斑病→肺炎球菌・髄膜炎菌感染)

ざっとあげただけでもこれぐらいはある。慣れれば3分でこれらの評価が可能である。最低でもこれぐらい評価し、それでもひかっかるものがなければそこで初めて頭を抱えるべきだ。上記で有意な所見がない場合、男性であれば直腸診で前立腺の触診も行うべきだ(→前立腺炎)。ちなみに、身体所見に乏しい感染性疾患の代表格は、菌血症、感染性心内膜炎、膿瘍(肝膿瘍、筋層内膿瘍など)、そして前立腺炎だ

お前たちの大大大好きな採血やCTはひとしきり身体診察を終えてからで十分。これらは病気をあぶり出す手段というより、身体診察から見積もった鑑別診断の確度を上げるための手段である。

ところで,リンパ節腫脹については鑑別疾患が山のようにあり、それだけでかなりのボリュームとなってしまうので、ここで深く掘り下げることは避ける(感染症だけではなく,腫瘍や自己免疫疾患などの非感染性疾患との鑑別も必要になる)。これはまた改めてまとめたい。できれば。


③菌の推定
大腸菌は尿路感染症を起こす主要な菌だけど、単一菌で肺炎を起こすことはそんなに多くはない。総じて、臓器やシチュエーション毎に感染症を起こしやすい菌というものがあるのだ。露出狂は真冬の旭川よりは春先の東京に多い、ということにどことなく通じるかもしれない。

咽頭:A群溶連菌、Fusobacterium属
中耳・副鼻腔:S.pneumoniae(肺炎球菌)、H.influenzae
肺:S.pneumoniae、H.influenzae、Moraxella catarrhalis、Legionella pneumophila、Mycoplasma pneumoniae、Chlamydia pneumoniae
腸管:(市中感染)Campylobacter jejuni、Salmonella entericaなど (院内感染)Clostridioides difficile
肝・胆道系:Escherichia coli、Klebsiella pneumoniae、Bacteroides fragilis、Enterococcus属
尿路:Escherichia coli、Klebsiella pneumoniae、Proteus mirabilis
骨・筋肉:Staphylococcus aureus、Staphylococcus epidermidis、Streptococcus pyogenes
人工物感染(カテーテルなど):Staphylococcus epidermidis、Staphylococcus aureus

最初からすべてを覚える必要はない。だいたいどの参考書にも臓器ごとの主要な原因菌は記載されているため、好きな本を参照したらいい。上記の流れで原因臓器を見積もったあと(場合によっては感染臓器は複数想定していてもいい)、はじめのうちは参考書を開きながらで良いので、想定される原因菌をだいたいカバーできるような薬を選んでやればよい。これを雰囲気出してかっこよく言うと、empiric therapyという。

ここで大切なのは、ここまでは推定に過ぎないということだ。
自分が何と戦っているのかをはっきりさせる必要がある。
ここで培養検査の登場ということになる。

菌血症を疑ったのであれば、抗菌薬を投与する前に血液培養をとる。
尿路感染を疑ったのであれば尿培養をとる。
肺炎を疑ったのであれば喀痰培養をとる。
膿瘍を疑ったのであれば、そこから取れた膿を培養に出す。
極めて単純な話だ。

培養結果は感染症診療の出来を左右する。マジで左右する。
見えない敵と戦っているときほど心細いことはないぞ。

④抗微生物薬の選択
臓器を推定できれば菌の推定が可能であることはすでに話した。この情報をもとに行う抗菌薬治療をempiric therapyという。当然、ある程度広めのカバーが必要になる。これに対し、特定した原因菌に絞って行う治療をdefinitive therapyという。

抗菌薬の知識はempiric therapy、その後のdefinitive therapyで初めて必要になる。
抗菌薬の知識を増やす前に、心得ておくべきSTEPがあることを、いまのお前たちならわかってくれていると信じている。

次からはいよいよ抗菌薬の知識編に入る。

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