あのボックスから1本マールボロメンソールタール12mgを一本引き抜いて、100円ライターで火を点けて、タバコの先から出る煙を胸いっぱいに吸い込んで吐き出せば、いま自分が抱えている憂鬱の大部分が解消されるのではないかと夢想してしまった。ぼくは今もニコチンに依存している―毎日パッチを貼って経皮吸収させているし―、ただ、19年に及ぶ喫煙習慣とは手を切れただけだ。

ぼくは弱い人間である。タバコと酒と精神科で処方されるくすりのお陰でこの20年間を生き延びてきた実感がある。その一端を手放すのはまことに惜しい気がする。タバコとは腐れ縁の仲であった。しかし、もうさよならするときが来たのだ。10か月も禁煙して、また吸ってしまったら、どうだ。すべてが水の泡になる。自分が一日一日と喫煙しないように自分を仕向けてきた努力が消え失せてしまう。それは癪だし、まあ大したものではないが沽券にかかわる問題だ。

というわけで、タバコをもう吸うつもりはないのだが、たまにはあの悪友のことも思い出してしまうだろう。しかたない、ぼくにはぼくとタバコの物語があり、それは19年の長きにわたったのだから。でも、まあ、さようなら、である。別れの挨拶をした後は、後ろを振り返るべきではないだろう。

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