『おれ、カラス 七夕の奇跡』第一話(全三話)
「おい、久しぶりだな」
「おっ!プチさんじゃないか? なんでこんなところにいるんだ? クリスマスまでには、まだかなり時間があるけど、今日はサンタのじいさんは一緒じゃないのか?」
やまちゃんは、突然現れたプチさんに驚きを隠せません。プチさんと会うのは、すずと過ごしたあのクリスマス以来です。
やまちゃんのとまっている信号機の下には、車がひっきりなしに流れています。プチさんは、空中に浮かんで目のまえのやまちゃんに話しかけています。
「実は、おまえに頼みごとがあってな」
プチさんの顔には、困惑の色が表れています。
「おまえに助けて欲しいんだ」
「助ける? なにをどうやって?」
「おまえにしかできないことだ。実は、子どもたちのためのプレゼントをつくっている小人たちが、ストライキを起こしたんだ。このままだと、世界中の子どもたちに届けるはずのプレゼントが、クリスマスまでに間に合いそうにない」
「なんで小人たちがストライキを起こしたんだ?」
「それが、いいにくいことだが、あの食いしん坊のサンタクロースが、小人たち用のミルクとクッキーを残らず食べてしまったことがあったんだ。それで、それに腹を立てた小人たちは、もとの姿に戻ってしまった。すぐに新しいクッキーとミルクを用意するとサンタのじいさんが材料を魔法で出して、つくりはじめたんだが、小人たちは、『今の今、食べたい。なんで俺たちの分まで食べてしまったんだ!この食いしん坊のくそジジイ』と捨てゼリフを吐いてな」
「もとの姿って?」
「サンタクロースのあの白い髭だよ」
「えっ! 小人たちって、もとはサンタのじいさんの髭だったの?」
「サンタクロースのお手伝いをしている小人たちは妖精だと、みんなにはそう思われているらしいが、本当はサンタクロースの分身なんだ。本物の妖精たちは別にいる。髭から姿を変えられた小人たちは、いわばブラック企業の働きづめの会社員みたいなもんだよ。ちなみに、この俺もそうだよ」
「ああ、思い出した。そうだったな」
「一度自らの意志でもとの髭に戻ってしまった小人たちは、今度のクリスマスが終わるまで、小人の姿に戻ることができない。つまり、子どもたちへのプレゼントをつくるやつが誰もいないってことだ。サンタクロースの歴史始まって以来の大事件だ」
「そうなんだな。それは大変だな。それでサンタのじいさんは、いまどうしてるんだ?」
「サンタクロースは、しょげかえっていて、もともとのことの発端だった、ミルクとクッキーをやけ食いしてるよ」
「懲りないじいさんだな」
「それで、おまえにお願いというのはだな。サンタクロースの白髭を小人に変えられるように、おまえの羽毛を小人に変えて、代わりに働いてもらおうってことなんだよ」
「俺のこの羽毛をか?」
「ああ、サンタクロースの髭と違って、おまえの羽毛は、からだ全身にびっしり生えている。すごい数だ。だからかなりの数の小人に変えさせることができるらしい」
「なんだよ、そのらしいってのは」
「小人が髭へと、もとの姿に戻ったあと、サンタクロースはあの白髭を抜いて、また魔法をかけてみたんだが、うんともすんともいわない。サンタクロースは、困りに困っていろんな文献を調べたんだ。なにしろ、こんなことは過去に一度も起きたことがなかったからな」
「それで、なんで俺なんだ?ほかのやつの髭だとか、動物の毛だとか、なんでもいいだろうに」
「それが、ダメなんだよ。おまえ、去年のクリスマスのことを覚えているか?」
「ああ、サンタのじいさんとプチさんのおかげで、すずと素晴らしい時間を過ごせたよ。あのときは本当にありがとな」
「いやいや、あのときの礼なんかいいんだよ。サンタクロースが勝手にやったことだし」
「それで?」
「あのとき、サンタクロースはおまえを人間の姿に変えたよな? それはもちろん覚えているだろう?」
「ああ、もちろん覚えているとも、人間に変えられたあの瞬間の痛さったら。自分でも信じられないほどの叫び声を上げて、『死んだ』と思ったくらいだったからな」
「実は、サンタクロースが使った最後の変身魔法が、おまえに使った魔法だったんだ」
「うん、それで?」
「サンタが体毛を変身魔法で小人に変えることができるのは、前回に使った相手に対してだけなんだよ。それが古い文献を読んでわかったんだ。サンタクロースは、おまえを人間の姿に変えるまで、変身魔法を使ったのは自分の髭に対してだけだったからな。すっかりそのことを忘れていたんだよ」
「それで、俺の羽毛をその魔法を使って小人に変えようっていうわけだな」
「そういうことだ。協力してくれるか?」
「うーん、俺の羽毛は、人間やサンタの体毛とはちょっと違うけど、それでもいいのか?」
「たぶん、大丈夫だろう」
「おいっ、たぶんってなんなんだよ」
「だって、前例がないからな」
「そうか......」
「俺のこの羽毛を抜くってことだな。それって痛いのか?」
「んーっ......たぶんそんなに痛くはないと思うぞ。サンタも髭を抜くときに、痛っ、て軽くいうだけだからな」
「......やっぱり痛いんじゃないか」
「ほんのちょっとだけだよ。それに、交換条件じゃないけど、協力してくれれば、サンタから特別なプレゼントがある」
「今度のクリスマスにか?」
「いや、小人たちが今年のプレゼントをあらかたつくり終えた時点で、おまえにそれをプレゼントする」
「そのプレゼントって、いったいなんなんだよ?」
「驚くなよ。なんと、おまえをまた人間の姿に変えてやる。うれしいだろう? また、すずに会えるぞ」
やまちゃんの脳裏に、すずと過ごしたあの甘いクリスマスの思い出が過ぎりました。
「えっ! 本当に? けど、どうせわずか一日くらいなんだろう」
「いや、違う。今度は、サンタの魔法の力の限界までの期間だ」
「それって、どれくらいなんだよ?」
「......あんまり乗り気じゃなさそうだから、無理にとはいわないよ。じゃ、俺はこれで。元気でな」
「おい、ちょっと待てよ! 誰もやらないっていってないだろ」
プチサンタは、してやったり。本当は断られたら、大変なことになるところでした。今年のクリスマスは、プレゼントが届かない多くの子どもたちの嘆き悲しむ声を、うなだれたサンタクロースと一緒に聞かされる羽目になるところだったのです。
「おい、やまちゃん。なにを空中に向かってブツブツいってるんだ」
いつの間にかやってきたはしちゃんが、怪訝な面持ちで、信号機の上のやまちゃんのとなりにとまります。
「えっ!はしちゃん、こいつ見えないの?」
「こいつって?」
はしちゃんの見つめるその先には、遠くに雌のカラスが一羽飛んでいます。どこからやってきたのか、桜の花びらが、風に乗って、ヒラヒラとはしちゃんのからだに舞い落ちました。
「おい、やまちゃん。勘弁してくれよ。サキにフラれて傷心なのはわかるけどさ。まさか、遠くのカラスに、『好きだったのにーっ』なんて、サキの姿をダブらせて告ってんじゃないだろうな?しかも、アレ真っ黒なカラスだし」
「そんなことするかよ。こいつだよ。目のまえにいるだろうが」
「なんにも、見えないけど。あぁ、やまちゃんが失恋のあまり、ついにおかしくなっちゃったよ」
はしちゃんは、両方の羽を広げて、天を仰ぐポーズをとっています。のけぞりすぎて、後ろに落っこちそうです。
「失恋、失恋っていうなよ。だから、あれは違うって」
はしちゃんは哀れみの目でやまちゃんを見ています。
「おいっ、プチさん。どういうことだよ? なんではしちゃんにはおまえの姿が見えないんだよ」
『それは、見せないように俺が力を使っているからだよ。誰かれおいそれと、俺の姿は見せられないからな。本物のサンタクロースの姿は、謎に包まれているからこそ価値があるんだ。クッキーをやけ食いしたりするサンタクロースの姿なんて誰が見たい?』
「いいから、俺のマブダチのはしちゃんだけには、おまえの姿を見せてやってくれ」
『んーっ......しょうがないな。俺も急いで帰らないといけないから、見せてやるよ。ちょっとだけだカンナ』
相変わらず、空中に向けてひとりごとを続けているやまちゃんを憐れむような目で見ていたはしちゃんの目のまえに、突然、小人のサンタクロースが現れました。
はしちゃんは目をパチクリさせています。
「やまちゃんこいつ、なに?」
「おいっ、こいつってなんだよ。失礼なやつだな。俺はプチサンタだ。サンタクロースのじいさんの分身だよ」
「サンタクロースって、あのクリスマスの?」
「そうだ」
「やまちゃんが話してた相手って、こいつだったの?」
「だから、こいつっていうな。プチサンタだっていってるだろ」
「はしちゃん、プチさんだ。俺の知り合いなんだよ」
「プチさん......俺は、はし。よろしく」
「じゃあ、やまちゃん。行こうか?」
「どこに?」
「サンタクロースが待ってる」
「だから、どこに?」
「あれを見ろ」
十数頭のトナカイに引かれたソリが、やまちゃんたちの頭上高くで旋回しています。
「あれに乗って行くんだよ」
「やまちゃん。俺、話についていけないんだけど」
「悪い、はしちゃん。詳しくは帰ってきてから」
「どこかへ行くんなら、俺も連れて行ってくれよ。なあ、いいだろ?」
「プチさん。はしちゃんも一緒にいいか?」
「ああ、いいよ。俺に、その羽先で触ってくれ」
「こうか?」「これでいい?」
やまちゃんたちがプチさんに触れた次の瞬間、二羽はトナカイのソリのなかにいました。眼下にやまちゃんたちの住む街が、すごい勢いで後ろに遠ざかっていきます。
「そこにお尻から座って。羽をちょっと頭の上まで上げてくれるか」
やまちゃんたちは、いわれた通りにします。
「ソレっ!」
プチさんのかけ声で、やまちゃんたちのお腹にシートベルトが巻き付けられました。
「これでよし。飛ばすからな、暴れたりするんじゃないぞ」
ソリは次第に速度を上げ、あっという間に日本を飛び出し、北へ向けて飛び続けます。
「やまちゃん、俺なにがなんだかわからないけど、なんか楽しーっ」
「考えてみれば、俺たち人間みたいに乗り物に乗ったことなんて、いままでに一度もなかったもんな。楽ちんだね」
やまちゃんたちは、はしゃぎながら、そんなやり取りを続けました。
「着いたぜ」
トナカイに引かれたソリは、サンタクロースの家のまえに停まっています。
プチさんは、ひょいとソリから飛び降りると、空中を浮遊して、やまちゃんを出迎えに家から出てきたサンタクロースの肩の上に、ふわりと腰を下ろしました。
「すまんな、こんな遠くまで。真っ黒カラスのやまちゃんよ」
「サンタのじいさん。久しぶりだな。元気だったか?」
「話はプチサンタから聞いたか?」
「ああ。俺の力が必要なんだって?」
「ところで、そのカラスは」
サンタクロースは、やまちゃんの後ろから、自分をしげしげと見つめているはしちゃんが気になるようです。
「俺の友だちのはしちゃんだ。どうしても、一緒に来たいっていうもんだから、プチさんに断って連れてきたけど、大丈夫だったか」
「全然かまわんよ。ただ、どこかで会ったような、気がするんだが......」
「やまちゃん。サンタクロースは俺たちのことばがわかるのか?」
「ああ、サンタのじいさんは、動物だろうと虫だろうと、命あるものとは誰とでも話ができるんだそうだ。プチさんもそうだろうが」
「そうなんだ。すごいな......。俺は本物のサンタクロースに会うのは初めてだよ。本当にいたんだ。信じられないな」
はしちゃんは興奮気味です。サインでもお願いするような勢いです。
「まあ、なかに入ってくれ」
サンタクロースにうながされるまま、やまちゃんたちは、飛び跳ね歩きで家のなかに入っていきます。
「まあ、これでも食べてくつろいでくれ」
サンタクロースはそういって、皿からこぼれ落ちそうになるくらい、高く盛りつけられたクッキーをやまちゃんたちに勧めました。器になみなみと注がれたミルクもあります。
「あっ、これが原因のクッキーか?」
「そうなんじゃ、やまちゃん。わしが、賤しい真似をして、小人たちの分を全部食べてしまった。そのせいで、こんなことに......」
「じゃあ、いただきます」
はしちゃんの辞書に、『遠慮』の二文字はありません。
「うまっ!すんごくうまい。こんなの食べたことない」
そういうと、はしちゃんは口のなかいっぱいにクッキーを頬張り始めました。
「どれどれ。本当だ。これなら、小人たちの気持ちもわかるな。一日の仕事を終えて、さあ、美味しいクッキーとミルクの時間だ。そう思ったら誰かさんがひとりで全部食べちゃったなんて、たぶん俺でも怒ると思う」
やまちゃんは、呆れ顔でサンタクロースを見やります。
「本当にすまないことをしたと思っておる。しかし、わしの髭に戻ってしまった小人たちには、何度も謝ってはみたものの、なんの返事もない」
「そりゃそうだろうよ。だって、いまはただの白い髭だろ」
「やまちゃんよ。申しわけないんだが、プチサンタから、聞いた通りじゃ。そういうわけでおまえの羽毛を少しばかりわけてもらうぞ」
「ああ、いいとも。けど、あんまし、痛くしないでくれよ。それと、頭の毛は絶対に抜かないでくれよ。ハゲ頭になったら、いい男が台無しになるからな」
クッキーとミルクでくつろいだやまちゃんたちは、サンタクロースの仕事場にいました。
「痛っ! そこはダメだって、痛いから。痛いっていってるだろ。やめろ、このくそジジイ!」
羽毛をむしり取られたやまちゃんの姿を見て、はしちゃんは大笑いです。ところどころが抜けていて、まるでハゲているみたいです。
「アハハハッ。やまちゃん、ハゲカラスだよ、ハハハッ」
「よせよ、はしちゃん。ハゲだなんて。俺まだそんな年じゃないよ」
「だって......あれで自分の姿を見てみれば」
そういわれたやまちゃんは、壁にかかった鏡で、自分の姿を確認します。
「!......」
自分のあまりにも情けないまだらなハゲ姿に、やまちゃんの目尻から、涙が一粒床にこぼれ落ちました。
「そんなにしょげないでよ、やまちゃん。どっちみち、寒くなるまでには、羽毛は全部生え変わるもんだし」
「だってまだ、やっとあったかくなってきたところだよ。寒くなるまで、いったいどれくらいあると思ってるんだよ」
「お話中に申しわけないが、さっそく試させてもらうとするよ」
サンタクロースは、テーブルに積まれた羽毛に手を翳しています。
「おっ、変身ショーの始まりだな」
はしちゃんは、どんなことが始まるのか、期待に声を弾ませています。
はしちゃんは、やまちゃんとプチさんから、なぜサンタクロースに会いにいくのか、ソリのなかで説明を受けていました。ただ、成功したときの報酬については、なにも教えられていませんでした。もし、それを知ってしまえば、はしちゃんは、無理だとわかっていても、俺も人間になりたい、といい出しかねない、とやまちゃんたちは考えたからです。
やまちゃんたちは、サンタの唱える呪文を、興味津々で聴いています。日本生まれ、日本育ちの、カラスのやまちゃんの羽毛にかける魔法なので、唱える呪文は日本のカラス語です。
と、突然、はしちゃんが笑いをこらえきれずに吹き出しました。そんなはしちゃんをやまちゃんは嗜めます。
「ダメだよ、はしちゃん。笑っちゃ」
そういうやまちゃんの口もとも緩んでいます。
「だって、変な呪文なんだもん。『パッパラ、ラッパー。パンツの紐は、ゆるゆるデロリン、のびまくーり。決めの口調も、踏んだ韻も、まるでインコの嘴、曲がってる』って変だろ」
「っていうか。それを一回で覚えたはしちゃんは、ある意味すごい」
「イェーイ!チェケラッチョ」
「イェーイ、じゃないよ。おい、おまえら、ちょっと黙ってろよ。サンタクロースが集中できないだろ」
プチさんから怒られたやまちゃんとはしちゃんは、笑いをこらえながら謝っています。それでも、プププッと笑い声が漏れ出しています。
サンタクロースは、やまちゃんたちを無視しながら呪文を唱え続けます。その顔は真剣そのものです。しかし、唱えるその呪文はヘンテコリンなものばかりです。
そのギャップがいけません。やまちゃんたちのおかしさを倍増してしまいます。
尚もやまちゃんたちを無視して、トンデモ呪文を唱え続ける、真面目な表情をまったく崩さないサンタクロース。
プチさんは、笑いをこらえ続けるやまちゃんたちと、真剣な表情をまったく崩そうともしないサンタクロースを交互に見返しながら、思わず大声を上げて笑い出しました。
プチさんは、サンタクロースとやまちゃんたちから、口もとに人差し指と羽を立てたジェスチャーで、お静かに、とうながされます。
おまえらのせいだろ、というように、プチさんはやまちゃんたちをすごい目で睨んでいます。
そんなこんなで、サンタクロースが呪文を唱え終えた瞬間。やまちゃんから抜き取られた羽毛が、わらわらと、真っ黒な顔をして、黒づくめの作業着を着た、小人たちへと姿を変えていました。
すごい数です。あっという間に部屋からあふれ出しそうな勢いです。
「成功じゃ。やった。これで、ひと安心じゃ」
サンタクロースは、ほっと一息つくと、額の汗を上着の袖で拭います。
「なんか、気持ち悪っ!」
足の踏み場もないくらいのすごい数の小人たちは、奇声を上げながら、部屋のなかを動き回っています。初めてその目でこの世界を知った、驚きと感動で、天井を仰ぎ見る小人もいれば、恐怖のあまり、縮こまり床にうずくまる者もいます。
「これって、やまちゃんの分身ってことだよな」
はしちゃんは、小人たちを食い入るように見つめています。
「ああ、そうだな」
「よく見ると、どこかやまちゃんに似ているような」
「んなことあるかい」
やまちゃんは、さっきから自分の目のまえで立ちどまり、不思議そうにやまちゃんを見ていたひとりの小人の顔を、まじまじと見つめました。
「ホントだ。なんか、似てる」
「でしょう? この斜に構えて見ているような冷めた目なんか、やまちゃんにそっくりじゃない」
「いや、この端正な顔立ちなんかだ」
「そこ、あくまでもこだわるんだね」
「そりゃ、それがなかったら、俺ってただのカラスだろ」
「カラスはカラス、それ以上でもそれ以下でもありません」
はしちゃんは、なにか悟りを開いたような物言いです。
「ありがとう、やまちゃん。どうやら成功したようじゃ。あとは、プレゼントのつくり方を教えるだけじゃ」
サンタクロースは、ほっとした表情で、椅子に腰を下ろしました。
「それって時間かかるの?」
「いや、やまちゃん。ひとりに教え込めば、あとは勝手にみんなに伝わる。そういうシステムじゃからの」
「そうなんだ。便利なんだね」
「ところで、やまちゃんの好物はなんなんじゃ?」
「好きな食べ物ってこと?なんで」
「わしの髭からつくられた小人たちは、わしからじゃから、必然的にわしの大好物のミルクとクッキー、それとライスポリッジが大好きなわけだ」
「ああ、そういうことか。俺が好きなのは、フライドチキンとフライドポテトだ」
「フライドチキンって、やまちゃん共食いじゃないか?」
「いや、俺はカラス。やつらはチキン。まったくの別ものだから。だって、やつら空も飛べないし」
「わかった。小人たちには、わしが腕によりをかけて、毎日おいしいものをつくってやるからの」
「今度も同じ失敗すんなよ。ひとりでフライドチキンと、フライドポテトを全部食べてしまうとか」
「ああ、それは大丈夫じゃ。この年じゃから、脂っこいのは苦手での。それにそんなのいままでに食べたことがないからの」
「そうか、それなら安心だな」
*
やまちゃんとはしちゃんは、いつものお気に入りの場所、信号機の上でおしゃべりしています。
「しかし、やまちゃん。サンタクロースって本当にいたんだな」
「ああ、人間たちに教えてやりたいくらいだな」
「けど、サンタクロースが唱えたあの呪文。おかしかったな。いま思い出しても笑える」
「そうだな......ハハハッ」
「あの、なんだっけ?やまちゃん、あのくだり」
「アハハハッ。やめろよ、思い出すと笑いが止まんなくなるだろ」
「ギャハハハハッ」「アハハハハハッ」
やまちゃんたちは、おなかを抱えて大爆笑しています。
やまちゃんたちが、サンタクロースのもとを訪れてから、季節は春から夏へと移っていました。
「おいっ、やまちゃん、はしちゃん。元気かっ!」
二羽の目のまえに、プチさんが突然現れました。
「あっ、プチさん。久しぶり」
「今日は報告にきた」
「え、なんの?」
「おまえのおかげで、今年中に用意しなければならないプレゼントは、あらかたつくり終えた。子どもたちがお願いするものは、ほとんどが似たり寄ったりだからな。あとはクリスマスまえの、ちょっと変わったお願いごとに対応するだけだ。それらもかなりの数だろうが、あれだけ大勢の小人がいるんだ、余裕で間に合うだろう」
「そうか、それはよかった」
「それもこれも、おまえの分身たちのおかげだよ。あの小人たちは本当に働き者だよ。よく食うけどな。それと、可愛い鳥やきれいな鳥が窓の外にやってきたら、みんな一斉に仕事の手をとめて、いなくなるまでジーッと見つめてるんだぜ。まあ、あれだけの数の小人たちの視線だ。見られていた鳥たちはそれに気づくと、すぐにいなくなるけどな。いつだったか、白と黒のツートンカラーのカラスが飛び去ったあとなんかは大変だったぜ。みんな一斉に目に涙を浮かべてさ。しばらく仕事をほっぽり出して落ち込んでたもんな」
「そりゃ、やまちゃんの分身だもの。食いしん坊だし、女好きなのは間違いないな。それに......やっぱり、まだ引きずってたんだなサキのこと。やまちゃん......」
「それで、今日は約束どおり、おまえの願いを叶えにきた」
「本当に? 嬉しいなあ。ところで、サンタのじいさんは、今日は来てないのか?」
「実はな、小人たちのために、毎日せっせと、フライドチキンとフライドポテトをつくってたんだよ」
「えっ! それって魔法で、えいっ! て簡単に出すんじゃなかったの?」
「まえにもいったと思うが、そうじゃないんだよ。もとになる食材は魔法で出していいんだが、料理はサンタクロース自身がつくらなければならないんだ。そういうルールだからな。みんなにはあまり知られていないが、実は、サンタは腕のいい料理人でもある。だから、レシピさえあれば、どんな料理でも思いのままに再現できるんだ」
「そうだったんだ」
「脂っこいのは苦手だからと、サンタクローは自分でいってただろ」
「ああ、食ったことがない、とかいってたよな」
「ところがだ。試しに、とつまみ食いをしてしまったんだよ」
「まあ、サンタのじいさんは食いしん坊だからな。例のミルクとクッキーの件もあるしな」
「それで、よっぽどうまかったんだろうな。小人たちの分とは別に、自分用につくるようになってな。それを食べすぎて、本当に信じられないくらいに太ってしまったんだよ。そして、ソリを引くトナカイたちから、『申しわけありません、重量オーバーです』って乗車を拒否されて、今日は来られなかったんだよ。ソリに乗られないと今年のクリスマスは大変なことになるだろ。だから、いまジョギングとサウナで必死に減量しているところだ」
「大変だなぁ」
「だから、俺と一緒にサンタクロースの家まで来てくれるか?」
「ああ、わかった」
「サンタクロースが減量で大変なのはわかったけど。約束って、願いごとを叶えるって、いったいなんなんだよ? やまちゃん、どういうこと?」
ふたりの会話をいままで黙って聞いていたはしちゃんは、俺はそんな話は知らないぞ、とむくれています。
「んーっ、ごめん、はしちゃん。このことはまた今度ゆっくり話すから」
「えーっ、いま教えてくんないの?」
「すんごくうまいお土産持って帰ってくるからさ」
「いま知りたいのに。なんなんだよ、そのお願いって?」
「プチさん。もう行こうぜ」
「わかった、やまちゃん。じゃあ、ここに触れて」
プチさんのからだに、やまちゃんの羽先が触れた瞬間、ふたりは、はしちゃんのまえから姿を消していました。
〈第二話に続く〉
*
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