3.3 その他のコードの種類と表記法
「その他のコード」とは、ここでは3.1節で学んだ三和音でも、3.2節で学んだ四和音でもないコードを指しています。その種類と、表記法について見ていきましょう。
3.3.1 ちょっと待って! 「その他のコード」と思うその前に
次の各コードをご覧ください。
これらのコードは、これまでに学んだ三和音でも四和音でもない――と、思いましたか?
そう思ったあなたは、コードの「転回」という感覚がまだ体に染みついていません。というのも、これらは全て、すでに学んだコードの転回形だからです。a)はC△の第1転回形、b)はB♭m7の第2転回形、c)はE♭7の第3転回形です。
(譜例中の「inv.」はinversion、すなわち転回の略記です。以降も同様です)
コードは、転回してもその性質は基本的に変わりません。見慣れないコードを音符で見たり耳で聴いたりしたとき、それを「その他のコード」に分類する前に、単純に三和音・四和音の転回形として解釈できないかどうか、まず確認する癖を付けましょう。
では、その他のコードを具体的に見ていきましょう。
3.3.2 6thコード
メジャートライアドまたはマイナートライアドに、ルートから長6度上の音を第6音として付加したコードです。それぞれ、メジャーシックス (major 6th chord)、マイナーシックス (minor 6th chord)と呼ばれます(正確には6th=シックススという発音になるはずですが、日本人には難しいためか、日本では単にシックスと呼ばれています)。クラシックの楽典では「付加六の和音」と呼ばれるようです。
表記法は、元のトライアドの記号に6を書き足すだけです。C6、Dm6のように書きます。
いずれも、もとのトライアドから大きく性質が変わることはありませんが、メジャーシックスは、より明るく大らかな響きになります。マイナーシックスは第3音と第6音がトライトーン(増4度)を成すため、より厳しく鋭い感じの響きになります。
なお、以下の譜例のように、メジャーシックス、マイナーシックスはそれぞれ、転回するとマイナーセブンス、ハーフディミニッシュになります。いわば「異名同コード」ですね(そんな用語はありませんが)。
3.3.3 sus4
Suspended 4th chordを略して「サスフォー」と一般に呼ばれているコードです。
コードの解説に入る前に、このsuspendedとはどのような意味かを明らかにしておきたいと思います。
ネットで読める日本語の情報を検索してみると、これは「吊り上げられた」、つまり、「メジャートライアドの第3音を半音上の完全4度に吊り上げた」という意味だと書いてある説明が非常に多いのです。しかし、この説明は、このコードが生まれた歴史的経緯から言って間違いだと私は思っています。(以下、私の愚痴めいた長い説明が続くので、興味の無い方は次の★★★まで読み飛ばしても構いません)
サスフォーというコードの名称は、クラシックの楽典で言うところの掛留音(けいりゅうおん、英語でsuspension)に由来しています。掛留というのは聞き慣れない言葉ですね。これは、平たく言うと、「解決を後回しにする、保留にする」という意味です。J.S.バッハなどのバロック音楽時代に特に多用された、由緒正しい技法です。最も単純な例をご紹介しましょう。
上の譜例では、F△コード(サブドミナント)からC△コード(トニック)に解決する過程で、F音(色を付けた音符)はE音へ解決します。でも、他の音よりも解決が2拍分後ろに遅れていますね。こうすることによって、いきなり全てを解決するよりも音楽の味わいを深めているのです(余談ですが、この解決を遅らせるという手法は、ジャズ理論ではディレイド・リゾルブと呼ばれ、やはり味わいを深めるための基本的な技法の一つです)。
クラシックの楽典では、この一瞬現れているC、F、Gの3音からなる和音は、F△とC△の間で瞬間的に発生した「和声外音」であるとされ、独立した和音とは見なされません。しかし、ジャズを含むポピュラー音楽の理論では、これを一つの独立した和音と見なし、Csus4と表記することにしています。
英語のsuspendには、何かを吊るすという意味も確かにあるのですが、susを「吊り上げられた」と解釈してしまうと、上に述べたような歴史的・理論的背景を全て無視することになります(ついでに、後で触れるsus2の説明がつかなくなってしまいます)。従って、私はこの解釈を誤りと考えています。以上、愚痴めいた長い説明でした。
★★★
さて、改めて、sus4とは、メジャートライアドの第3音を半音上げて完全4度にするとできるコードです。メジャートライアドの明るさもマイナートライアドの暗さも持たなければ、ドミナントセブンスのように強烈に次に進みたがることもない、浮遊感のあるコードです。使い方によっては爽やかな雰囲気も出せると思います。
これに短7度を加えた、7sus4というコードもよく用いられます。
7sus4は、sus4よりは少しだけ進行感の強いコードです(少なくとも私はそう感じます)。この点については次の「オンコード」の節で詳しく述べていきます。読み方としては「セブンス・サスフォー」で良いでしょう。「ドミナントセブンス・サスフォー」と呼んでいる人もいるようですが、私はこの呼び方を推奨しません(ドミナントというと、長3度と短7度が作るトライトーンが入っているかのような誤解を与えるため。7sus4のどこにもトライトーンはありませんね)。
なお、sus4よりはまれですが、sus2というコードも使われる場合があります。これはメジャートライアドの第3音を長2度まで下げたものです:
sus2の性質としてはsus4と大きく変わりません。また、上記譜例の右側に示した通り、たとえばCsus2はGsus4の転回形と捉えることもできます。
3.3.4 スラッシュコード(オンコード)
あるコードを演奏する際に、そのコードのルートとは異なるベース音(アンサンブル上の一番低い音、通常はベーシストが担当)を指定するものです。コードネームの表記法としては、C on D、C/Dのようにします(読み方はいずれもシーオンディーでよいと思います)。これは、Cメジャートライアドにベース音としてD音を付加したコードという意味になります。
このコードネームの表記法にちなみ、この手のコードはスラッシュコード、オンコードなどと呼ばれています。「分数コード」という呼び方もありますが、これは分数ではないので、私はあまり推奨しません。
スラッシュコードには大きく分けて二つのタイプがあります:
1) そのコードの構成音(ただし、ルート音以外)をベース音として指定するもの
2) そのコードの構成音ではない音をベース音として指定するもの
1)は、実質的にそのコードの転回形を指定するのと同じになります。
それに対し、2)のほうは、コード自体の響きが大きく変わる可能性を秘めています。以下にいくつか例を並べます。極端な例ですが、C/E♭などは、かなり前衛的な響きがしますね。
C/E♭のような前衛的なものについては、ジャズ理論の中で再度検討することにして、ここでは非常によく使われるスラッシュコードの一つを詳しく紹介するのに留めておきます。それはすなわち、F/Gのようなコードです。
このコードの特徴は、Cをトニックとしたときに、F△(サブドミナントのコード)をG音(ドミナント=属音)に乗せているため、「ドミナントとサブドミナントの中間の性質を持つ」というところにあります。F/G→C△という進行は、F△→C△よりは解決感が強く、G7→C△やG△→C△よりは解決感の弱い進行となります。個人的には、とても爽やかな雰囲気の進行だと感じます。
そして、このF/Gというコードは、先に学んだG7sus4というコードとほとんど性質が同じです。G7sus4が、単なるGsus4よりも進行感が強いのはそのためです。
3.3.5 次回予告:1オクターブからはみ出るコード
さて、前節までに見てきた三和音(トライアド)および四和音は、いずれも1オクターブ以内に収まるコードでした。しかし、ルートから3度を積む回数を4回、5回、6回と増やしていくと、ルート、3度、5度、7度に加えて「9度、11度、13度」が出現します。これらによってさらに複雑なコードを作ることができるわけです。下に示すのはそのほんの一例です。
このマガジンでは、このような、ルートから見て9度以上を含んだコードを「2階建てのコード」と捉え、ルート~7度までを「1階部分」、9度~13度までを「2階部分」という喩えで呼んでいこうと思います(他所では通じないと思いますので注意)。
なお、スラッシュコードは、見た目上、1オクターブから(下方向に)はみ出ている場合がありますが、これは「2階建てのコード」とは呼ばないことにします(敢えて言うなら「地下室付きのコード」でしょうか)。
次節では、この2階建てのコードについて学びます。目標は、2階建てのコード表記を正しく解釈できるようになることです。
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