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鍋ぶたの取っ手

2020年12月12日。
流しに鍋ぶたを置いた瞬間、取っ手がとれた。

大きいものから順に、耐久性ガラス、プラスッチック製の黒い取っ手、プラスチック製の黒いドーナツ型のもの、ネジ一本、銀色の輪っか。
その5つの部品で鍋ぶたは構成されている。

さっきまで付いていたのだから、簡単に直せるだろうと思った。
だって、耐久性ガラスを除けば、部品は4つ。
黒の取っ手部分は上に絶対つけるものだから、組み替えるのはたった3つ。

それなのに、全然上手くいかない。
あーでもないこーでもないを繰り返し、私は完全に鍋ぶたラビリンスに迷い込んだ。黒い取っ手部分が一番上に来ることさえ、一度は疑った。
諦めそうになった時、お手本があればいけるかもと思った。

我が家にはもう1つ黄色い小さな鍋がある。
この黄色い鍋は亡くなった祖母から譲り受けたものだ。
祖父はあまり料理をする人ではないので、祖母が亡くなった後、誰も使わないともったいないということで、私がその鍋を譲り受けた。
譲り受けて、3年ほどになる。我が家の二番手に活躍する鍋である。

その黄色い鍋ぶたを横に並べ、それを見ながら組み合わせてみる。
それなのに、全然うまくいかない。

まず、黄色い鍋ぶたと同じようにすると、ネジの長さが足りないのだ。
この組み合わせでは、黒い鍋ぶたは絶対に組み上らない。
最後は、やけくそになって黄色い鍋ぶたのことは忘れることにした。
自分の中で一番しっくりくる順につけようと開き直ったら、あれよあれよと元の黒い鍋ぶたに戻った。ネジを締めて元どおりになると安堵と喜びで満たされたが、私の中で1つの疑問が浮かんだ。

実は、黄色い鍋ぶたが間違っているんじゃないだろうか??

そうなのだ。理屈で言うと、黄色い鍋ぶたの方が取っ手を持つと、
ガラスの熱い部分に指が直接当たってしまう。
でも、今、私が取り付けた黒い鍋ぶたは、ガラスの上にプラスチックのドーナツ型のものがついているから指が直接当たることはなく火傷の心配はない。そちらの方が、取っ手として理にかなっている。


「この鍋蓋、誰かがつけ間違えたのでは?」と思った瞬間、祖母の顔が浮かんだ。きっと、そうだ。祖母に違いない。生前、祖母もさっきまでの私のように何かのはずみで鍋の取っ手がとれ、あーでもないこーでもないと繰り返し、何とかかんとかしながらも、つけ間違えて完成させたのだと思うと思わず笑いそうになった。

わたしは、祖母のつけ間違えた取っ手をちゃんとした形に戻そうか考えた。
私は鍋ぶたの取っ手を付け直すという妙な出来事で、久しぶりに祖母と会話したような気がした。
「おばあちゃん、鍋ぶたの取っ手ってつけるの難しいよね?」
「ほんと難しいね、鍋ぶたの取っ手はね〜」
祖母もなんだか笑って言っているような気がした。

この黄色い鍋ぶたで火傷をしたことはない。
私は、この鍋ぶたをそのままにしておくことに決めた。

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