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意地悪そうな人

2018年8月3日。
今日も朝から暑い。
仕事の打ち合わせのため、駅に向かっていつもの道を歩いていた。
駅に向かう道は、私が毎日通る道であり、そこにはたまに出くわすっていうか、すれ違うっていうか、ただ通り過ぎるだけの人がけっこういる。
ヤマトの自転車宅配のおばさんや隣の笹谷の奥さんに会った時だけは、互いに声をかけて挨拶する。
それ以外の人は、ただ通り過ぎるだけ。

そんな中に、朝の時間に出かけるとたまにすれ違うおじさんがいる。
50才くらいでタンクトップ。そこから出た痩せっぽっちの腕といつも目的のない感じで自転車を走らせているから妙に目立つ。
前カゴがちょっと凹んでいたような気がする。いや、凹んでいなかったかもしれない。

そのおじさんとすれ違うたびに、「いじわるそうな顔だなあ」と心の中で思った。「そうやって、見た目で判断するのはいけないんですよ、そんなあなたが一番意地悪です」と心の学級員がそれを戒め、その度に「はいはい、そうでした」という気持ちになった。
それでも、出くわすたびに「やっぱ、意地悪そうな顔だな」「あれ、今日は、意地悪そうじゃないかも」「ああ、今日は格段と意地悪に見える」と、自分の中の意地悪審議会が開催され、習慣化されるようになった。

そして、今日、突然にもその審議会は終わりを告げた。

いつものように駅に向かって歩いていると、少し遠くの塀のそばで猫が涼をとっていた。
それを見つけてから、私は猫とすれ違うことを楽しみに、歩いていた。
その時、遠くの方からあのおじさんがくるのが見えた。いつも通り自転車に乗っている。
おじさんと私との中間距離に猫。
その三者が、一本の道に配置されていた。
少しずつ、近づいていく三者。
おじさんの方が、猫の位置に早く到着した。
すると、自転車のペダルからおじさんのサンダルの足が離れ、猫の方へふわっと伸びて、そのあと素早く動いた。
猫が「ぐにゃゃあああーーー」と鳴いて、飛び起きて走っていった。
私の頭がシーンと鳴った。猫とすれ違うことを楽しみにしていた予定も崩れ、ポカンとなった。そして、

端っこにいる猫を。わざわざ。蹴った。あの人。

と片言な言葉が溢れた。

そのまま、おじさんは私の横を自転車で走り去っていた。目は合わなかった。チラッと見ると、自転車のかごは、凹んでいなかった。

でも、「やっぱり、意地悪だった」と思った。
いつも出てくる心の学級委員は出てこなかった。

そのまま歩いていくと、さっきの猫が駐車場にいて、友達の猫に「ぎゅにやあああ、ぎゅにゃああ」とさっきやられたことを不満気に伝えていた。「寝てたらさ、いきなり蹴られそうになったんだぜっ。ギッリギリよけたけど!!ありえないだろ!!」
猫ながら、とにかく怒っている口振りだった。友達の猫は、日向ぼっこを邪魔されて迷惑そうな顔をしていた。私はその横を通り過ぎながら、「だよねー。みてた、私。前から、あの人意地悪だと思ってたんだ」と心の中で呟いた。

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