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人生の計画は必要かしら

子どもの頃、私が今のような人生を送っていることなど、夢にも思っていなかった。

中学生から大学生までは、中学校の国語の先生になることだけ考えてきたけれど、結果として先生になることはなかった。

まさか幼稚園教諭になったり、大学院に行ったり、一人暮らしを15年も続ける未来など、予想すらしていない。

特に幼稚園教諭というのは、「小さい頃から憧れている職業」であることが多いため、同僚は皆、口を揃えて「ずっと幼稚園の先生になりたかった」と言っていた。

その同僚の中には「幼稚園の先生になって、26歳で結婚して、子供は2人にする」と中学生の頃から考えていて、驚くことにその計画通り、26歳で結婚し、幼稚園を辞めていった。今は二児の母である。

ただただ、お見事としか言いようがない。

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計算通り生きられる人は、どれくらいいるのだろう。

己の人生設計通り生きる人なんていないと思っていたけれど、自分の同僚が体現しているのを見て、その考えは覆ってしまった。

計算が甘いのか、意志が弱いのか、その両方なのかは分からないが、これまでの私の人生を振り返るに、3年先すら予想できたことはない。

中学2年の時、「高校生からは絶対ソフトボールをしない!絶対辞めてやる!」と意気込んでいたけれど、結局大学まで部活動としてソフトボールを続けてしまった。

一人暮らしの女性がペットを飼うと結婚が遠のくと聞いて、絶対ペットは飼わないと決めていたのに、今では愛すべき可愛い猫と一緒に住んでいる。

中学校の先生ではなく、幼稚園教諭教諭になった時点で、もう中学生に勉強を教えることなどないと思っていたけれど、なんやかんやで塾講師になり、小学校〜高校生まで勉強を教える立場になっていた。

私にとって人生は、計画通りにことが進むなんてことはなくて、3年先すら見えていないものである。

・・・

ただ、人生が計画通りでなくてよかった。

私は予測ができない人生の方が性に合っていると思うし、計画通りに人生を進める人は、何かを犠牲にしているのではないかと思うからだ。

思い通りにいかなくても、それはそれで楽しいものだ。

3年先も、そう思えるといいな。


今後も有料記事を書くつもりはありません。いただきましたサポートは、創作活動(絵本・書道など)の費用に使用させていただきます。