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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2023年3月の記事一覧

【短編選集】‡3 電脳病毒 #126_305

「この街、地味ではあったが文化的な懐かしい街づくりだった。その街並みを破棄、捨て去ったのは、デベロッパー。それを擁護した監督官庁だ。駅近にタワーマンションという構図。聳え立つ高い壁でしかない」 「皮肉ですね。それが水没したと」 「ああ。場所を間違えている。湾沿いのウォーターフロント。そこなら誰も住んでいない。積み出し倉庫や工場しかない。そんな所だったら、いくら開発しても構わない。しかし、こんな駅前の都市開発。利便性からみれば当然と言えば、当然だが。爆発的、暴力的ともいえる建築

【短編選集】‡3 電脳病毒 #125_304

「どこです?」 「ここだよ。湾に面するこの市一帯、特に南端だ」 「被害とは、どんな?」 「河川の洪水に加えて、臨海部のため津波による水没や液状化も想定されている。三重苦に陥るんだ。この地域は。タワーマンションが沈没したことも記憶に新しい」 「そんなことがあったんですか?」 「ああ。そういう事態になることは想定できたはず。不動産屋は利益をとっているのに、なぜか被害想定は甘かった」 「タワーマンション、本当に必要なんでしょうか?この国に」 「不要だと?」 「こ国の街並みは、碁盤目

【短編選集】‡3 電脳病毒 #124_303

「わたしの家、その路線です」劉は辿々しく言う。 「そうか・・・。家賃安いからな。でも、地盤は湾岸より少しは安全だ」 「安全?」 「外国の人だよね」老人は話を繋ぐ。 「ええ」 「どの国の出なのか。誰も問いはしない。ここはそんな街だ」 「そう、誰も無関心です」 「教えてくれる奴がいないなら、ひとつ言っておく。水道払わないと、すぐ止められる。独立してから、水道代が相当上がった」 「なぜ?」 「都市計画の甘さだ。熟して腐りかけた街に、大挙して隣国人が押し寄せてきた。どういう問題が生じ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #123_302

 アパートのドアチェーンを、劉は勢いよく蹴破る。慌てた様子もなく、女は劉を一瞥する。魔術師のように腕を捲ると、女は両掌を開く。パントマイムのように、見えない壁を作るように。 「老人を軽んじてはいけない。おまえをすぐに消滅させることも・・・」 「消えて!あなたが」  駅前。謎のダンスチームが踊っている。人流は減少している。市の独立に伴い、市を通過する交通手段すべてに通行税が課せられた。それを回避すべく、鉄道の南行は鶴見大船間、北行は蒲田大宮間でそれぞれ折り返しとなった。 「南武

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #122_301

 その女が線路に携帯を落とし、電車が数分遅れただけで時間の波が狂っていく。乱れた波紋は、見知らぬ誰かを構成する素粒子の波長に影響を与える。  車内。つり革にダリ風にぶら下がって揺られている、若い会社員。白いワイシャツの裾が、背広からだらんとぶら下がっている。死んだアサリの口のように。彼は狂ったように携帯画面をなぞっている。罪作りなゲーム。人を堕落させるために、相変わらず道具は進化している。豚の世界。日常の屠殺など誰も話題にもしない。遺伝子プールで、先頭集団から抜け出したものの

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #121_300

十六 カワサキ  最後尾の車輌から、流れ去る線路のくねりを眺める。横を見ればまっすぐ進んでいるようであり、後景に視線を移せばカーブを曲がって来たことに気がつく。 「あんたは、もう死んでるって」その声に振り返る。割れた携帯を熱心に見入る若い女。朗読者のAV嬢のようだ。ひび割れた液晶には、その女が映り込んでいる。短な生が。

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #120_300

 ポットから茶を注ぐ手が止まる。幼いころ行った黄河の大逆流。その記憶。薫陶は思いだす。川岸に立つ見物人達を大波がなぎ倒し進む。大波はうねりながら上流に駆けのぼる。幼かった薫陶は兄の手をきつく握り締める。足が恐怖で震えている。薫陶を支えていた兄。彼はもういない。以来、大逆流は見ていない。  学校の昼休み。同級生に引っ張られ、薫陶は運動場へ。自分の番が来たのだ。