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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2022年9月の記事一覧

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #68_259

「こんな奴が来た」劉の名刺を張は徐に差し出す。 「劉が来た」徐は一瞬名刺を見て呟く。 「うん」顕示器に向かったまま薫陶は頷く。 「知り合いか?」と、張。 「ああ、友達さ。なあ、薫陶。それで?」 「例の大学で、ここを見つけたらしい。それで、探りを入れてきた」 「そうか」 「あいつら、あの大学の台式計算机を叩きつぶして、筋違いもいいところだ」 「だが、ここを見つけた。あの大学に目を付けた理由は?」徐は薫陶に一瞥をくれる。 「客が自ら病毒にやられたって言いふらすわけない。俺達だって

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #67_258

「そうだ」 「宏病毒《マクロウイルス》の反病毒軟件《アンチウイルスソフト》開発と顧問《コンサルティング》がこの会社の業務ですね。繰り返しになりますが」 「まあ、そんなところだ。そろそろいいですか?仕事が詰まっている」 「電脳病毒の反病毒軟件《アンチウイルスソフト》開発も手がけていると理解していいですね」 「電脳病毒は、最近、影を潜めている。あの電脳電影学院の事件以来。国家の一大事になってる風潮だが」 「質問に答えて下さい。電脳病毒の反病毒軟件《アンチウイルスソフト》を開発して

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #66_257

「電子郵件《メール》で学生が知らせてきた。どうぞこちらへ」若者は奥の会議室へ劉を伴う。 「張です」懐から中文電脳記録簿《中国語電子手帳》を取り出し、そこに挟んだ名刺を差し出す。劉が受け取った名刺には、車電房代表社員張某とある。 「あなたが経営者?お若いですね」 「よくいわれますよ。信息産業《IT産業》の風険企業では珍しくもない」 「ここの責任者という立場ですね。では、顧問《コンサルティング》先の記録を全て提出して下さい」 「それは難しい。依頼先は安全《セキュリティー》が甘いな

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #65_256

十二 車電房   地鉄の駅を上がり、劉は周りを見回す。辺りは古い倉庫が立ち並んでいる。地図を頼りに、劉は車電房を探す。  地鉄の車両基地に隣接した一角。車電房の看板。車電房の引き戸を劉は開ける。そこには、一時代前の古い台式計算机《デスクトップパソコン》が整然と並んでいる。麦金塔《マッキントッシュ》、康柏《コンパック》・・・。今は無き。 「失礼」劉は声をかける。台式計算机に向かう人間は誰も顔を上げない。よく見れば、皆耳栓をつけている。地下鉄の騒音でも響くというのか? 「何か?」

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #64_255

 劉は、超高速計算机の作業記録を丹念に調べ始める。魯は傍の椅子に腰を落ち着け、葉巻に火をつける。  記録は電脳病毒被害報告書の一部。大学構内に設置された電脳に発生した被害一覧だ。発生日時、病毒タイプ、そして対処方法が報告されている。反病毒軟件の投入状況も列記してある。 「病毒の対処記録のようです。この大学もかなりの被害を受けていた。それも大半が宏病毒です」と劉。 「同じか?電脳電影学院の件と」 「何がですか?」 「徐、もしくは組織の成員がこの大学に関係があった。そういうことだ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #63_254

 皺の寄った黄土色の制服を着た、その男。この地方の出身らしく、頬骨が飛び出している。細い目で、男は劉を見つめる。 「警察署長の陳です」陳は頭を傾ける。 「この有様だ。この男、電脳のことなど何も知らないのだ」呆れたように、魯は電脳室を見回す。  劉にはわかっている。それがポーズでしかないと。この愚鈍そうな署長がやりそうなこと。それを、魯は端から予想しているのだ。学生達を大量検挙することも。 「署長、学生達を検挙した理由は?」劉は陳を無表情に眺める。 「それは、そのう・・・」陳は

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #62_253

 革命終結後の地位保全措置により、劉の一家は社会的な身分を回復する。その間、祖父や父、そして母までがこの世を去っている。  廊下の角を曲がり、魯の姿が見えなくなる。劉も足を早め、廊下を曲がる。突き当たりの部屋。扉が開いている。部屋に入る。電脳特有の機械臭が劉の鼻を突く。部屋の奥。超高速計算机《スーパーコンピューター》が、動作電灯を点滅させ微かな唸りをあげている。主机は無傷のようだ。作業卓には磁気円盤《ディスク》が何枚も散らばっている。地元の警官が訳もわからず取り出したのだろう

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #61_252

「それを判断する知恵がない。地方役人の頭には」 「それで、学生の取り調べまで?」 「そういうことだ。電脳室はこの先だ」  劉は魯の後に続く。この土地では、一昔前の革命騒ぎが再発しているかのようだ。電脳、そしてそれに関わる者すべてが罪悪とでもいうのだろう。この国には、まだ妄信が根強く残っている。時代は、昔のまま変わってはいない。電脳による網絡化が普及したとしても、妄信を根絶できるものではない。そう劉は思う。  あの革命の時代、劉の一家も手痛い打撃を受けた。一家は代々学者の家系だ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #60_251

 魯は葉巻をもみ消す。重いトラックの扉を、勢いをつけ開け放つ。劉は魯に続く。混擬土《コンクリート》造りの校舎が何棟かくすんでいる。だが、学生らしき姿は見えない。 「休校中ですか?」 「取り調べ中だ。学生に協力者がいるとも限らない」 「全員をですか?」 「当然だろう」  学内掲示板を頼りに、劉は電脳室に向かう。途中、電脳実習室を通り過ぎる。劉は目を見張る。数十台の台式計算机《デスクトップパソコン》は酷く破壊され、どれも使い物にはならない。 「地元の軍警察が先走った。奴ら、電脳を

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #59_250

 こんな場所に、果たして徐はいるのだろうか?劉は疑う。砂漠の砂は風に乗り電脳に入り込む。故障の原因となることは必然だ。電源の安定供給は受けられるのか。データセンターや無停電の自家発電装置でも設置しない限り難しい。  劉と魯は、トラックの運転席に乗り込み街へ。日干し煉瓦の街中には、文明と呼べるようなものはない。全てが砂埃の中に霞んでいる。トラックの一群は、砂埃を立てながら街を通り過ぎる。長く走り、ようやくある施設の前で止まる。 「ここが?」 「そうだ。この街で公に電脳が利用され

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #58_249

土地の大半は、二酸化硫黄高汚染指定地区に指定されている。石炭燃焼による公害が深刻だ。  汚染指定地区では処理場や工場など汚染源を取り締まり、総排出量を規制する制度にはなっている。酸性雨の降る酸性雨管理地区、SO2濃度の高いSO2汚染管理地区。この土地の大部分を、汚染指定地区が占めるようになった。   銅を回収するため、再生用原料として隣国、周辺国から大量輸入される廃電線。施設の整わないこの土地で野焼きが続けられ、二悪英《ダイオキシン》が発生することになる。  劉は砂漠の空港

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #57_248

「あの少年から慕われていたようだな。君は」 「薫陶を信じたい」劉は呟く。 「ならば、信じよう。君も同行することを条件に。M自治区。そこが本拠地ならば、その系統を破壊する必要がある。君にやってもらおう」 「ですが・・・」 「明朝、迎えをやる」魯の電話は唐突に切れる。  翌日、劉は飛行機からその土地の有様を見る。茶褐色の不毛な大地。所々から上がる煙。その荒漠化《砂漠化》した土地。政府から見放された土地。広大な荒地や砂漠の拡がる。その土地は、中央政府の構成員とは異なる他民族で占めら

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #56_247

「生命体って?」 「そのうちわかる。どのくらいかかる?この程序を数千万客戸《クライアント》に転送するには」 「そんなに時間かからない。自動化程序を作ればいいだけだから。それで同報転送する」 「そうか。では頼む」男はそう言うと、月台の上に戻っていく。 「うん」薫陶は思う。これが最後の仕上げになるのだろうと。 十一 M自治区  電話の鈴《ベル》。劉は目を覚ます。 「傳真を受け取った。これが、例の暗号の中身かね?」 「ええ」 「M自治区か。この内容は真実と見ていいのか?」 「信用

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #55_246

 薫陶は部屋に入る。台式計算机《デスクトップパソコン》に向かっていた数人が顔を上げる。 「ここへ」男は一台の台式計算机を指す。そして、薫陶から受け取った光盤《CD-ROM》を装填する。 薫陶は椅子に掛け、顕示器《ディスプレイ》を覗く。それは、電脳病毒の蔓延状況を示した図表《グラフ》だ。販売した包装の地址《アドレス》と、それの蔓延先が地図情報として表示されている。 「なるほど、こういう状況か。きみには販売先、浸透先にパッチ程序《プログラム》を配布するように指示されている」 「パ