小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0102
-コーカサス会議室-
エリュシオン会敵から一週間経ったその日、会議室には六人の男がいた。
エリュシオンと最初に接触したジクウとタカキ、出撃部隊指揮官のハルカ、基地で司令代行を務めたジン、そしてテーブルを挟んで彼らの向かいには二人のミクロマン――その片方が口を開いた。
「……こんなバカげた出撃報告書をよこすとは……ジクウ司令、正にアンタの能力は語るに値しないと言う事だな!」
精悍だが不機嫌な表情をした見るからに軍人臭い男は、高圧的な口調で正面のジクウに切り出すと、手にしていた報告書をテーブルに激しく叩き付けた。
『……結局、俺は報告書を作らなかったから……あれはジクウ司令が……』
横目で痛々しい報告書とノンキな表情のジクウを交互に見て、タカキは思った。しかもタカキ自身に話が及ばない所を見ると、報告書ではサーベイヤースカイのメインパイロットは、終始ジクウが務めた事にでもなっているのだろうか。
「ブ、ブライ……我々の元上官だった人に向かって、その様な口の聞き方は……」
いかにも小役人と言った雰囲気のもう一人が、額の汗をハンカチで拭いながら僚友に向かって話し掛ける。その言葉からすると、どうやら彼らはジクウとは旧知の様だ。
「お前は黙っていろモンド!過去はどうあれ、現在我々はコーカサス監察官の任に付き、上位に位置しているのは事実だ!かつての上下関係など、もはや何の意味も持たん!」
「た、確かに、それはそうだが……」
モンドのささやかな忠告をはねのけると、ブライはジクウに向き直り、鋭い目付きで睨んだ。
「子供の絵日記以下の状況報告に加えて、第一級優先記録事項であり今回の貴重な記録でもあるフライトレコードを、誤って消去してしまっただと!?……全く……ベテランの所業とは思えん有様だ!」
「申し訳ありません!久々の実戦で、ついウキウキしてしまいまして」
ブライが糾弾し終わるや否や、ジクウは起立すると深々と頭を下げて謝ったが
「ふ、ふざけるなッ!人を愚弄するのもいい加減にしろッ!!」
どうやら火に油はたっぷり注がれてしまい、その報いはブライが振り下ろした拳によって、罪の無いテーブルが肩代わりした。
「ジクウ司令、大変言いにくい事ですが……あなたはジユウやジザイと親交が深かった為、極めて微妙な立場なんですよ。だと言うのに、この様な事をされては……」
「つまり、私が彼らと密約を交わして、その証拠を隠蔽したとでも?」
モンドの遠回しの糾弾も、どうやらジクウには痛くも痒くも無く、逆にノンキな口調で切り返す始末だ。
「わ、私は何もそこまでは……」
「いや!そう結論付けざるをえんよ、今の状況では!!」
オドオドした様子のモンドの姿に、一層怒りを滾らせたブライが言い捨てたその時……ハルカが静かに挙手した。
「監察官」
「な、何だね……ハルカ君」
再びハンカチで汗を拭いつつモンドが促すと、ハルカは良く通る声で話し出した。
「私が現場に到着した時、サーベイヤースカイとエリュシオンは全力戦闘状態にあり、とても密約を交した者同士には見えませんでしたが」
しかし実際は、ジクウの理屈攻めにジユウが窮して戦闘は停止していたのだが、ハルカはこの場を収める為に敢えて〔嘘〕をついたのだ。どの道、その場にいなかった者に見抜く事は出来無いだろう
「そんな物は芝居に決まっているッ!」
「しかし、芝居だったと言う証拠はどこにもありません。事実も証拠も無く決め付けるのはどうかと、私は考えますが」
案の定、嘘を真に受けたブライだったが、それはそれで彼の論理を何ら妨げる物では無く、対するハルカも自らの論理で刃向かう。
「ハルカ君、君が上官を庇いたい気持ちは判らんでもないがね……」
「私は公正で当然の意見を述べただけであって、その様な取られ方をするのは誠に遺憾です。私は常に、私情に惑わされる事無く責務を果たしているつもりですが」
感情論として片付けようとするモンドにも怯まず、ハルカは凛と言い返すが、それをブライは一蹴する。
「フン、口先だけならなんとでも言えるな」
「とんでもありません!今回の出撃に際しても、最悪の状況を視野に入れた上で対策を講じました」
「ほほう……ならば、その対策とやらをお聞かせ願おうか?」
芝居掛かったやり取りを交わすハルカとブライ。会議室内の空気は、明らかにヒートアップしていたが、ハルカはクールに答える。
「それは……コーカサスが保有する最強戦力を投入した事です。更に、サーベイヤーアクアの主火器を攻撃効果の高い磁力波動砲に換装し……」
そこで軽く息を吸ったハルカは……一層真剣な表情で、こう言った。
「……状況によっては、専守防衛の原則を破ってでも先制攻撃を仕掛け、〔サーベイヤースカイ共々〕完全殲滅する事も想定しました」
一瞬、室内が真っ白に染め抜かれたかの様にタカキは感じ、モンドはだらしなく口を開け、ブライは顔を歪ませ……そして叫んだ。
「じょ、上官と部下共々殲滅するつもりだっただと!?そ、そんな事が信じられるか!」
「私もそう思います。ですから〔コーカサス部外者〕であるタツヤとアンに随伴して貰ったのです。私が感情に流されて状況の推移を黙って見送ったりする事が無い様、〔監視役〕として」
「グ……」
狼狽えたブライの言葉に軽く頷いて肯定しながらも、更に理詰めで追い討ちを掛けるハルカ。だがコーカサスにとって、タツヤとアンは突然の来訪者だったのだ。それを知っていればその説明はこじつけにも思えただろうが、何も知らないブライは歯噛みするだけだ。
「特にタツヤにはマシーンZに搭乗して貰い、単独行動力と戦力を保証しました。これならば、〔ジクウ司令以下出撃メンバー全員が寝返る〕と言った〔兆に一つ〕もありえない状況が発生したとしても、彼は自身を守る事が出来ますし、然るべき選択も行えます」
それだけ言うとハルカは口を閉ざし、凍り付くような冷たい視線をブライの瞳に射込んで、反応を待った。
「然るべき……選択だと?」
「お判りになりませんか?名古屋支部、及び富士本部への緊急要請……」
テーブルの上で両手を軽く組み合わせると、ハルカは静かに告げた。
「……第二の離反者組織コーカサスに対しての、速やかな実力制圧要請ですよ」
「な……に……」
「ひっ……」
『ハ、ハルカ隊長……そ、そんな……』
もし、そんな事が実行されたら……ブライとモンドは声を詰まらせた。そしてタカキは敬愛する上官の横顔を見つめ、自失呆然に陥り掛けた。サーベイヤースカイ殲滅とコーカサス制圧――そんな冷酷な可能性をあっさり言ってのけるハルカを、自分は慕っていたのか?
だが、視線をずらすと……ハルカの言動にも一切動じない、ノンキなジクウと眠たげなジンの横顔があった。会議の場では歓迎されないそのダラけた態度が、この時ばかりはタカキに妙な安心感を与えた。
『……ブライは目前の事にとらわれ過ぎるけど、高い実力の持ち主だし……モンドも原則とか前例にこだわる所に目をつぶれば、優秀な男なんだからさ……脅かすのはそれ位にしといてやれよ、ハルカ』
ジクウはノンキな顔の下でそんな事を考えていたが、ハルカは容赦しない。
「もっとも……ベテランコマンドであるタツヤ、そしてアンさえも寝返る可能性があったと仰るのでしたら……今回の私の対策など、正に語るに値しない物ですが……いかがでしょうか?」
「きっ、貴様……」
〔職制〕や〔階級〕と言った物に価値を認めるブライに対して、〔ベテランコマンド〕と言う言葉を強調したのは効果的だった様だ。主張を締めくくったハルカに向かって、忌ま忌ましげな表情のブライが何か言葉を絞り出そうとした、正にその時……
「会議中失礼します!!」
独特のハニーボイスと共に会議室のドアを開けて飛び込んできたのは、司令部メインオペレーターを務めるアゲハだった。若々しい肌にうっすら汗を浮かべ、頬を上気させている。
「どうしたの?」
突然の乱入者に驚きを見せず、ノンキで穏やかな声のままジクウが答える。その対応に軽い安堵を覚えたアゲハは、ゆっくり一語一語を噛み締める様に告げた。
「名古屋支部から緊急連絡です!現在、富士本部を初めとする全ての基地と音信不通!!原因は不明との事です!」
明らかに吉報とは思えない〔ニュース〕が、会議室の中を吹き抜け……それにすぐ反応したのは、正にその名古屋支部からここに来ていた、ブライとモンドだった。
「お、音信不通だと!?」
「ど、どう言う事かね!?まさか、名古屋支部に何か……」
狼狽える二人に向き直って、アゲハは答える。
「いえ、名古屋支部での被害やトラブルは今の所無いそうです!又、当基地との交信に関しては正常です」
「そ、そうか……しかし、一体何が起きたと言うんだ?」
「まさか……エリュシオンの奴らか!?」
アゲハの言葉に冷静さを取り戻したモンドとブライは、それぞれの想いを口にしたが
「しかし、彼らに我々の交信手段の全てを断つ事が出来るとは考えられませんが」
「うむ……だがエリュシオンの仕業である可能性がゼロでは無い以上、それも考慮すべきだと思うが……どうかな、ハルカ?」
「はい……ジン副司令のおっしゃる通りです」
ブライの推測に対し即座に疑問を投げ付けるハルカ。所詮は彼も若く、まだ燻り続けていたブライへの反発を押さえきれなかったのだが……それを穏やかに受け流したのは、ジンだった。その大らかさによって〔己の蒼さ〕に気付かされたハルカは、矛先を収めた。
ジクウは両手を頭の後ろで組むと、アゲハに向かって言った。
「アゲハ、幹部連中をすぐここに呼んで。お前さんもこのままな……オペレートやって欲しいから」
「え?……りょ、了解!」
突然の〔御指名〕に戸惑いの表情を見せたアゲハだったが、すぐに会議室の端末に取り付いて幹部召集に掛かった。
「それと、他のオペレーターと情報収集システムに地球人の使用する全メディアを可能な限り収集させといて……監察官、会議は一時中断と言う事で宜しいですね?」
「も、勿論だ!」
ジクウの余裕振りに〔格〕の違いを見せ付けられた気がして、ブライは威厳を示してみたが……どうやら、うまくは行かなかった様だった。
会議室には、すぐ召集メンバー――アメノ、アケボノ、アワユキ、ダイチ、アサヒ、ムゲン、アジサイ、バンリ、アリアケ――が駆け付けた。幹部ではないタカキに関しては、バンリが不審な表情をしたものの、ジクウが特に退室する様指示をしなかったので、その場に留まる事になった。
「さて、アゲハ……ちょっとテレビが見たいんだけど」
「は?……はい……」
「司令、こんな時に何をノンキな……」
開口一番、ジクウの要求にまたもやアゲハは戸惑い、神経質なバンリが注意を促したが
「こんな時だからだよ。どうせ俺達の交信手段は無効だし、その原因が地球人社会にも影響を及ぼしていないか、気になるだろ?」
「成る程……それで地球人のテレビ放送を見るのが、一番手っ取り早いと」
ジクウの説明に低く大きな声で納得したのはムゲンだ。いつもバンリが敢えて否定し、ムゲンが肯定してみせる――コーカサスらしい、いつもの風景の一つがそこにあったが……
「……おぉ、次回は急展開だな……こりゃ、見逃さない様にしなきゃ……」
「司令!」
複数画面の一つに映し出された番組のエピローグに、ついつい見入ってしまったジクウと、それを咎めるアメノの声――これもコーカサスらしい風景だった。
「あ、いや……うーん……映像に多少ノイズが混じってる様な気がするけど、元々ここはアナログ波の入りが悪いし……臨時ニュースも無い……今の所、地球人社会全般に大きな影響は出てないって事か、表向きだけだとしても」
「その様だな……時間的には、ローカルニュースが始まる頃だが」
少しばつの悪そうなジクウの呟きに、ジンが答え終わったその時――キー局に較べると少し垢抜けないが愛敬はある女性アナウンサーの顔が、画面の一つに映し出された。
「先程入ったニュースですが……名古屋市を中心とした主要幹線道路で、車の運転者が腕を負傷する事件が多発しており……」
「!?」
瞬間、室内の空気が凍り付いた――タカキとアゲハはそう錯覚した。何故なら、彼ら以外の者達が息と動きを止め、突然魂を奪われ彫像と化したかの様に見えたからだった――さながら〔彫像の展示室〕と化した室内に、女性アナウンサーの声が虚しく響き渡る
「……いずれも運転者が車外に腕を出した時に発生したとの事ですが、爆発等の事故や不審人物等の目撃は無く……」
〔凍り付いた空気〕を砕いたのは、ジクウだった。
「……アゲハ、あのチャンネルを拡大してくれ」
「……は、はい!」
他の局でもローカルニュースは始まっており、ジクウの指差した他局のニュースをアゲハは拡大した。
「その時は渋滞で混んでて、前のドライバーが分離帯にコーヒーか何かの缶を捨てたんですよ。そしたら腕から血がパーッと……」
それは、目撃者であるドライバーへのインタビューの様だった。
「僕も窓空けて腕ブラブラさせてたんで、ビックリしたけど、こっちは何とも無かったんで……」
一見、営業マン風のスーツ姿の青年は興奮した口調で一気に喋ると、ふと遠い眼をして……
「……そういえば、何か〔錆びた色した虫みたいな物〕が飛んでた気が……」
彼がそう呟いた瞬間、室内は再び彫像の展示室と化してしまった。
『……皆……一体、どうしたんだ……』
その中の生ける者――タカキは疑問に押し潰されそうになりながら、もう一人の生ける者――アゲハを見つめて答えを求めたが……そこには、困惑に彩られて今にも泣き出しそうな顔しか見い出せなかった。
『……アゲハから見たら、きっと俺も同じ顔してるんだろうな……』
〔鏡〕を見るのに耐えられなくなったタカキは、スクリーンに眼を向けた。まるで鏡の像の様に、アゲハもそれに倣って向いた先には、男性アナウンサーの姿があった。
「……一部では、〔かまいたち〕の様な自然現象が原因ではないかとの見方もありますが、今の所詳しい事は……」
男性アナウンサーの声が、まるで繁華街の喧騒の様に遠く聞こえる中……
<ピーッ!ピーッ!……>
アゲハの側にある端末が発する呼出音が、彫像達に魂を吹き込んだ。
「はい!会議室です……え?……うん、判ったわ……ジクウ司令!」
「……何?」
「あの……〔ケイスケさん〕から〔お電話〕が入っているそうですが……」
「おぉ!ちょっと失礼します……もしもし、ケイスケ君?……え、〔公衆電話〕から?」
近い端末の受話器を取って、ノンキに話し出すジクウ。相手は地球人協力者らしいが……
「こ、この基地には……地球人協力者から電話が入るのか?」
「えぇ。たまにジクウがケイスケ君に買い物を頼むので、繋がるようにしたんですが……そうか、〔携帯電話〕は駄目か……」
声を取り戻したブライの疑問に、通話中のジクウに代わってジンが答えつつ〔何か〕を取り出す。それの〔窓〕の様な部分を見つめて呟いた彼に、今度はモンドが問い掛けた。
「……そ、それは何かね?」
「これですか?地球人の携帯電話をスケールダウンした物です。あれば何かと便利だろうと、ジクウが作らせたのですが……あぁ、ご心配無く。もちろん契約名義はケイスケ君になっています、ミクロマンでは加入出来ませんからね」
ジンの答えの後半は、明らかに見当外れの様だが……それが故意なのかどうか判らないのが、彼の性格の掴み所の無さを物語っていた。そして、その横で話し続けるジクウは
「……あのさ、その話を皆に聞かせてもいいかな?……ありがと、ちょっと待ってな……アゲハ、こいつの音声をスピーカーに回してくれ」
「は、はい!」
アゲハは指示に従って、回線を接続した。
-某スーパー駐車場-
数刻前……スーパーで買い物を終えた地球人協力者ケイスケは、駐車場脇の買い物カート置き場にカートを返却しに来たが……違う型の列に突っ込まれたカートや、カートに乗せられたままの買い物カゴなど、その有様に思わず溜め息が漏れた。
「……やれやれ……ホント、バカばっか……ちょっと揃えるだけの事だろー」
名古屋弁丸出しでボソボソ呟きながら、カゴをどかしカートを揃え出した。反対側の置き場も同じ有様で、更に駐車場のあちこちには放置されたカートが佇んでいる。他の迄は面倒見切れん、そう考えた刹那……
「よう。貴様は何故そんな事をしている?」
「……は?」
突然、耳――或いは、頭の中――に〔声〕が響き渡った。その声に驚いたケイスケは、慌てて辺りを見回したが、誰の姿も見い出す事は出来ない。
「……だ、誰!?……何処におるんだて?」
はっきり言って霊感ゼロ、心霊現象など一度も体験した事は無い――だから、思い当たるのは〔ミクロ世界の住人〕か?――しかしそれは絶対秘密で、そう簡単に口には出来ないのだ。
「貴様のした事、それは善意か?無償の奉仕か?」
再び、謎の声が響き渡った。どうやら、このまま話を続けるしかなさそうだが――それにしてもこの声、どこかで聞いた様な……
「……お、俺はそんな立派な人間じゃ無いて……悪い所だってあるし……只の小市民だて」
「ならば偽善か?他人に褒めて貰いたいのか?」
「……うーん……多分、それは違うわ……その日の気分で、ほっとく事もあるで……まぁ、敢えて言うんだったら」
「何だ?」
少し考えて、ケイスケは答えた。
「……趣味だと思うわ……やりたいって思った時に、やっとるだけだで……こんなもん、自己満足とかエゴだろー?」
その答えを聞いた声は、低い笑い声を漏らすと、愉快そうに呟いた。
「クックックッ……相変わらず進歩の無い奴だ……昔、他人が散らかした玩具や本を順番通りに揃える事に熱中していたガキがいたが……あの頃のままだな」
「……え!?」
声は、ケイスケの過去を知っていた。
「命拾いしたな……もし貴様がバカ正直に答えず、俺の嫌いな偽善者を装ったら……ズタズタに切り刻んでやった所だったぜ」
「……お、お前!?」
その時、ケイスケの目前――カート置き場の上の空間が歪み、〔10cm程の物〕が姿を現した。機械的な四肢、多面体の様な頭部、一対の角、そして……錆びた色のボディ―と赤いマフラー……
「じゃあな!」
あっという間に上空に飛び去って行く〔それ〕に向かい、全てを思い出したケイスケは、思わず叫んでいた。
「ちょー、待てッ!お前、〔ラストスター〕だろッ!!」
ケイスケが叫んだのは――地球に辿り着いた水晶体が公害の影響を受けて、突然変異や奇形化を引き起こして蘇生した元ミクロマン――〔アクロイヤー〕と呼ばれる種族の内の一人で、ジクウ達が嫌と言う程よく知っている名前だった。
-コーカサス会議室-
ケイスケの話を聞き終わった一同は、驚愕にうち震えていた。
「ま、まさか……」
「な、何て事だ……」
ブライはカッと眼を見開いて固く拳を握り締め、モンドは頭を抱えていた。
「……悪い……冗談だな」
そう呟いた後、ふとアメノを見たジクウは、顔を強ばらせた。
「……そんな……そんなこと……」
アメノは真っ青な唇で歯を食いしばり、肩を震わせていた――痛々しい様子の彼女に、ジクウはいたたまれなくなり――思わず声を掛けようとした、その時……
「すみません、ちょっと気分が悪くて……お願いアメノ、一緒に来て!」
「……え?……えぇ……」
席を立ったのは、アケボノだった。そして、ふいをつかれたアメノを少し強引に引っ張り上げて立たせながら、ジクウと眼を合わせて軽く頷いた。
『アケボノ、ありがとな』
アメノの性格では、こう言った重要な場を自ら中座する事は絶対許せないに違いない。だから、アケボノは自分が不調であると偽ってアメノを医務室に行かせようとしたのだ――彼女の心配りにジクウは胸の中で感謝した。
アケボノとアメノを目で見送ったジクウは、ブライとモンドに切り出した。
「……監察官。ここは一旦、名古屋支部に戻られた方が良いかと」
「い、言われなくても判っているッ!行くぞ、モンドッ!!」
「あ、あぁ!!」
慌てて会議室を出て行く二人に向かって、ジクウは立ち上がり敬礼をした。
「どうか、お気を付けて」
それは皮肉などでは無く、本心からの言葉だった。そして残ったメンバーに向き直り、言葉を続ける。
「……皆、これから15分後に第一級警戒体制を発令して、ちょっと〔校内放送〕するから宜しく頼むわ」
「今すぐに、では無くて宜しいのですか?」
バンリの質問に対し、ジクウは頭を掻きながら答えた。
「お前さん達が〔教室〕に戻って、若い連中を〔席〕に付かせた頃に始めたいからさ」
今すぐ伝えて、もし隊員がパニックを起こせば、面倒な事になる。だから各部署に幹部が戻り、隊員の挙動を掌握した上で始めたい。それに、たかが15分程度で手遅れになる程〔状況〕が進行しているのならば、今更慌てた所で間に合わないだろう――それがジクウの考えだった。
「そう言う事ですか……了解しました!」
ムゲンのその声を合図に、ジクウとジンを除くメンバーは急いで会議室を後にした。彼らを見送ったジクウは、軽く伸びをしながら隣のジンに呟く。
「まぁ、〔一週間前〕も皆冷静に行動してくれたから、多分大丈夫だろうけど」
「あぁ。それにしても……音信不通騒ぎの原因が、ラストスターとは考えられないが」
「大体、アイツにそんな甲斐性は無いしな……きっと、〔他の奴ら〕さ」
ジンの問いに、首を曲げてコキコキ言わせながらジクウが応じた。
「つまり……〔ろくでもない同窓会〕が始まったって言うのか?」
「どうなんだろ?もしそうなら……〔恨みつらみの思い出話〕に花が咲くだろうな」
「やれやれ……俺達〔同窓生〕は仕方無いとしても、若い連中と地球人だけは欠席させたいが」
くだけた言い回しとは裏腹に、ジンのその言葉には切実な願いが込められていた。
「そうしたいのは、やまやまだけどさ……それは、俺が本部長官になるより難しいよ」
「同感だ」
二人も会議室を出ると、司令部へと向かった。
-コーカサス内通路-
真剣な面持ちで歩むハルカとアワユキの後を追うタカキは、彼らとは別の意味で思い詰めた顔をしていたが……覚悟を決めたように立ち止まると、ハルカの背中に声を掛けた。
「ハ、ハルカ隊長!」
「……ん、何だい?」
タカキの声に振り返ったハルカは、いつも通りの穏やかな顔をしていたが……タカキの不安の影が晴れる事はなく、強張った声で問いを投げ掛ける。
「済みません、どうしても聞きたくて……隊長は、本当にサーベイヤースカイを……」
それ以上は言葉にならず固まってしまったタカキを見て、ハルカは全てを悟った。
「そうか……済まなかった!あれは監察官へのブラフだったんだ」
それだけ口にして、タカキに向かって深々と頭を下げるハルカを見て、彼も全てを悟った。
「あっ!?……自分の方こそ、済みません!」
ハルカに負けじとばかりに、タカキも更に深々と頭を下げていた。
突然、上官と部下が少ない言葉を交わして頭を下げあう姿は、アワユキにとって理解出来ない光景だった筈だが……
「……ハルカ隊長にジクウ司令……お二人の信条は〔リターニング〕ですからね!」
ハルカとブライの舌戦を目にしていなかったにも関わらず、アワユキは状況を理解した様だった……彼女の明るく訴える言葉を受けて、顔を上げたハルカが頭をかきながら答える。
「生還こそが全てに優先する。私がそう考えていたからといって、部下にも通じているとは限らなかったな……改めて、済まなかった」
「自分の方こそ……隊長を信頼出来なくて済みません!」
再び頭を下げあう二人を励ますかの様に、アワユキが優しく先を促す。
「二人は大丈夫です、私が太鼓判を押しますから……さぁ、早く戻りましょう」
そう言って頷くアワユキに、顔を上げたタカキとハルカも頷き返し、三人は詰め所に進んだ。
-コーカサス司令部-
15分後――司令官席には、マイクを手にしたジクウの姿があった。
「あーあー……只今マイクのテスト中……あ、え、い、う、え、お、あ、お……」
お約束のマイクテストの後、彼は淡々と喋り出した。
-コーカサス戦闘部隊詰め所-
「皆、お勤めご苦労さん。大体の事は各隊長から聞いたと思うけど、俺からは〔皆への約束〕と〔お願い〕の話をするんで、ちょっと聞いてくれるかな」
「〔昼行灯〕直々の放送なんて、ホント久しぶりだ……」
「〔一週間前〕といい、正に〔異例三昧〕と言った所だな」
「二人とも!静かにしなさいよッ」
ソラとエンゲツの私語を注意して、アマネはタカキを見たが――彼は、心ここにあらずと言った表情をしていた。
『……ラストスター……アクロイヤー1タイプ……前にアダ名があるって聞いた事が……何だったかな……』
記憶の図書館を彷徨うタカキだったが、ある本棚の前で、足が止まった。
「思い出した!……〔錆びたナイフ〕と……〔ラスト・ザ・リッパー〕だ!」
そこで我に返ると、仲間達が驚いた表情で自分を見つめていた――うっかり声に出してしまった事を悟り、思わず顔を伏せるタカキだった。
「ハルカ隊長……」
「……大丈夫、捕って食われる訳じゃ無いさ」
不安そうなアワユキを安心させようと、ハルカは優しい声で慰めたが……その〔気休め〕は、自身の知りうる〔存在〕にしか通用しないかもしれない――そう、感じてもいた。
-コーカサス救助部隊詰め所-
「まずは、約束から……司令部で入手した外部情報へのアクセスの自由と、第一級警戒体制範囲内で最大限の行動の自由を……」
ジクウの放送を聞くダイチは、腕を組んだまま身じろぎ一つせず、快活なアサヒも、今は場をわきまえて黙ったまま……表面上は、いつも通りの二人だった。そして隊員達は……
「一体、これからどうなってしまうんだ、俺達……」
「我々の任務に変わりは無い筈だ、エリュシオンの事だけ考えればいいさ」
不安げなリクを落ち着かせようと語り掛けるコウキだったが、それは自分に向けての語り掛けでもあった。
「〔敵対勢力〕だろうと何だろうとよ、俺様がコテンパンにのしてやるって!」
「ハリキリ過ぎでコシ抜かして、俺の足引っ張るなよダンナ!」
戦争ゴッコ気分のリョウヤとシンラ、やはり悪ガキ達には〔リアルな実感〕が欠けていた。
「情報と行動の自由ねー、さすがジクウ司令、太っ腹ーっ」
そして天然娘アンミツは、ジクウの発言内容に関心を持って、それを高く評価したのだが……〔状況〕にばかり気を取られている男性隊員達は、彼女の非凡な一面に気が付かなかった。
-コーカサス防衛部隊詰め所-
「以上の2点を、俺――コーカサス司令官ジクウの名前で、全員に保証する」
腰に手を当てて直立不動の姿勢を取るムゲンと、傍らで溜め息を漏らすアジサイを見ながら、アリサは胸の内に鼓動の高まりを感じていた。
「いよいよアタシ達の出番って訳だ……負けるもんか!」
そんなアリサを何げ無く見ていたアシュラは、髪をかきあげながら、ふと呟いた。
「〔全員に保証する〕か……あの〔昼行灯〕が随分と大見得を切るもんだな……ホント、ここにいると退屈しないぜ」
-コーカサス医務室-
「次に、お願いの方……まず、いつでも引っ越し出来る様に身の回りを整理整頓しといて欲しいって事。状況によっては〔ここ〕を放棄するかもしれないから」
医務室にはアサナギと、ここにアメノを連れてきたアケボノがいた。アメノは消耗していた心と身体を休める為、カプセルの中で暫しの眠りについている。
「ここを離れる事になったら、少し寂しいわね……あなたはどう?」
仕事の手を休めないアサナギの背中に、アケボノは優しく問い掛けたが
「……〔身の回りの整理〕って、〔引っ越し〕の為ばかりじゃなくて、〔死亡〕した後の遺品整理が楽な様に……ですよね?」
背中を向けたままのアサナギの問い掛けに、アケボノは答えを返せなかった……
-コーカサス格納庫-
「もう一つ、俺を含めた上の連中への〔ご意見、ご希望、ご感想、ご質問〕がある場合は、代表者を決めて申し出て欲しいって事。出来る範囲できちんと対応するつもりなんで」
忙しく指示を飛ばすバンリと、おっとりとだが確実にそれをこなすアリアケ。その多忙さはアヤオリも同様で、ドロイド達の間を右へ左へと駆け回っていた。
「ミニロボットマン君、サーベイヤーの修正バッチ書き換えはどう?うん、サーベイヤースカイはスパイロイド君に任せればいいよね。三機とも済んだら、次はマシーンZね――デイター君、備品補充要求リストがアップしたら、すぐアリアケ隊長補佐に渡して――あー、ミサイラー君、そのパーツはこっち、こっち」
ミクロナイトゴールド&シルバーが諜報部員ハグレのサポートで不在の為、人手(?)不足は否めないが、皆不平一つ言わず良く励んでいる。アヤオリは少し立ち止まると軽く一息付いて、呟いた。
「ボク達の力が問われる状況が、これからやって来るんだよね……頑張らなきゃ!」
そう言うなり、グリスまみれの顔を不敵な微笑みで一杯にした彼女の頭上――ジクウの〔校内放送〕は、終わりを迎えていた。
「取り敢えず、今はそんな感じで宜しく。長くなったけど、以上」
-コーカサス司令部-
ジンがコーヒーカップを二つ持って、ジクウの席にやって来た。
「ご苦労さん」
「うん……〔俺の名前で保証する〕なんてさ、自分で言ってて背中がムズムズしたよ」
「ハハハ、らしくないからな……所で、お前の〔お話〕中にハグレが〔公衆電話〕から連絡入れてきたんだが」
ジクウの前にカップの一つを置き、もう一つをかかげてみせた後、ジンは口に含んだ。
「どうだって?」
「今の所、エリュシオンに表だった動きは無いが、情報収集は活発に行っているらしい」
ジンに遅れて〔乾杯のポーズ〕を取ったジクウも、カップを口に含み一息付いた。
「ふーん……〔出撃させろ!〕とジザイにいきり立つジユウの姿が、目に浮かぶよ」
「あぁ……片や〔状況把握が先だ!〕とジユウを諌めるジザイ、そんな所だろうな」
慌ただしく動き回るオペレーター達の背後で、二人はささやかなコーヒーブレイクを満喫していた……
(22/12/04)