小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0103

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-某所・エリュシオン司令部-
そこには、ジクウとジンが予想した通りの光景があった。

「なぁ、ジザイ……頼む!」
「駄目な物は駄目だよ、兄さん」

副司令官席に収まり、顎に手を当てながらスクリーンに見入るジザイ。その傍らに立ったジユウは何度目かの頼み込みをしていたが、返ってくるのも何度目かの拒絶だった。

「アタシもジザイに賛成よ」

その声に少しムッとしたジユウは、声の主に眼を向けた。ジユウ以外の者が座る事など許されない筈の司令官席に座り、頬杖を付いていたのは……表情にあどけなさを残す、子猫の様な雰囲気を持つ女性だった。

「アルティ……お前は俺の味方をしてくれないのか?」
そう言いながらジユウは彼女の元へ歩み寄るが……彼の外面のみを知る者が見たら、普段の覇気に欠け、どこか腰の低い態度に、きっと違和感を覚えたに違いない。

「だって、アタシもそう思うんだもの……それとも何?やっぱりジユウは、アタシの言う事なんか信じられないって?」
「い、いや、そう言う訳では……」

アルティの傍らに来たジユウは片膝を付いて、座る彼女と目線の高さが合う様にした。その彼の行動も、驚きに値しただろう。

「この前の〔ゲーム〕の時だってそうよ……ジユウはアタシの予想を大笑いしたわ……けど結果は、アタシの言った通り、コーカサスの勝ちだったじゃない!」
「だから、それは……謝っただろ」
「フン!」
「お、おい、アルティ……頼むから、機嫌を直してくれよ……」

年下の女性に振り回され、狼狽えるだけの男――しかもその男がジユウであると言う状況は、正に二重のコメディを思わせたが……

「アルティ、もうそれ位にしておきなさいな……ジユウ司令は、大変お困りよ」
司令部内に入って来た女性が、その艶やかな声でさりげなく〔助け船〕を出した。それは今のジユウにとって、正に〔救いの女神の声〕だったに違いない。

「アピュロ……アタシはね、意気地無しの男は嫌いだけど……大局を見極めれない男は、もっと嫌いなだけなのよ。そうでしょ、ジユウ?」
「あぁ、確かにお前の言う通りだ、アルティ……判ったよ、今は押さえる」

少し唇を尖らせて呟くアルティに向かって、ジユウは胸に手を当てて〔誓約〕した。その姿はまるで、姫の前で誓いを立てる中世の騎士の様だった。

「ウフフ……そうでなきゃね、ジユウ!」
子猫の様にジユウの首に抱きつくアルティを優しく見やりながら、アピュロはジザイの席へ歩み寄ると情況報告書を手渡した。

「……所で、ジザイ副司令。ハグレ氏と二体の機械人形ですが……どうなさいます?」
「構わんさ、好きにさせておこう……ん?……香水を変えたのか、アピュロ?」

渡された報告書に目を向けていたジザイは、ふとアピュロの顔を見た。

「嬉しいですわ……あなたが気付いて下さるなんて」
「私は、前の方が好きだったな……」

少し少年めいた表情のジザイを、アピュロは慈しむように見つめた。

「だから変えたんですよ。昨日と同じ私では面白くないでしょ?……スリルと興奮の無い毎日なんて、退屈なだけだもの」

自立した女と、可愛い気のある女を合わせ持つアピュロ。両手を軽く上げて降参の素振りを見せたジザイは、彼女の頬をゆっくりたぐり寄せ、軽く唇を重ねた……

-コーカサス格納庫-
第一級警戒体制の中……哨戒任務の為、整備クルーによって発進位置に移動されたサーベイヤーランド。その機体に向かうタカキとアマネに、誰かが声を掛けた。

「やぁ、これから哨戒任務ですか?」
「……え?」
「……あーっ!ビャクヤさん、お久しぶりです!」

振り返った二人の先に立っていたのは、春の日差しの様に穏やかな表情をした男だった。アマネは彼に向き直ると、親しげな様子で問い掛けた。

「今日は、こちらに御用でもあるんですか?」
「いえいえ、今日だけではなく……ずっとですよ」
「えー!?それって、名古屋支部からここに戻ってこられた……って事ですか?」
「まぁ、そんな所です」

アマネの興味津々の問いに、ニッコリ微笑んで答えるビャクヤ。その答えを聞くや否や、アマネは彼の前に駆け寄った。

「ヤッター!じゃあ又、前みたいに遊びに行こうっと!」
「こらこら、医務室は遊び場じゃありませんよ」
「そんな固い事言わないで下さいよぉ……哨戒任務が済んだら、他の子も誘って押し掛けちゃいますからね!わぁー、楽しみだなぁ!」
「……ビャクヤさんって、ホント女子にモテモテだからな……かなわないや」

まるで、温厚な教師にからむ無邪気な女子生徒の様なアマネに、タカキは苦笑した。

「それよりアマネさん、早く哨戒任務に出ないといけないんじゃないですか?」
「はーい!すぐ出ますから心配しないで……キャアァァーッ!!」

気遣うビャクヤに答えかけたアマネは、突然絶叫した!

「おぅ、多少はデカくなったみてえじゃねえか。結構、結構」
叫ぶなり慌てて身を翻したアマネ、臀部を両手で庇った姿勢のまま硬直した彼女の睨んだ先には……ビャクヤとは対照的な、不敵で快活な表情をした男が立っていた。

「……マ、マツリさんッ!?」
「うんうん、女はポチャっとしてる位が一番可愛いんだって!……しっかし、近頃はよ……〔小尻になりたーい〕とか抜かして、大事な身体を無理なダイエットで痛め付ける奴らが多いからなぁ……全く、どうかしてるぜ」
「……も、もしかして、マツリさんも戻ってきたのか?」

真っ赤な顔で睨み付けるアマネの鋭い視線も何ら意に介さず、一人で喋り続けるマツリ。タカキは唖然とした表情で、その様子を見つめていた。

「マ、マツリ君!セクハラはいけませんよ!」
「俺はアマネが健康に発育してるか心配で、仕方無く〔心を鬼にして〕それを確かめただけだぜ?こんな慈悲深い清らかな心の持ち主に向かって、ヒドイ事言う奴だなぁ!」
「そ、そんな理屈は無いですよ……」

慌ててビャクヤが注意したものの、彼の〔押し〕が弱い事も手伝ってかマツリには全くこたえず、逆に喰って掛かられる有様だった。

「それに引き換え、お前ときたら……若い連中に甘過ぎるんじゃねえのか?連中の事を本気で考えるんならな、どう思われたって、♪誰か~がそれを~やらな~きゃならん~だぜ!」
「……な、なに、するのよォ……」
「マ、マズイよ、マツリさん……」

言いたい放題のマツリは、アマネの〔異変〕に気付かない。勿論タカキは教えようとしているものの、鬼の様な形相のアマネに脅える余り、呟くのが精一杯だった。

「確かに、今は恨まれるかも知れねえが……♪だけれど、いつかは気付~くでしょ~う……あぁ、あの時は判らなかったけど、あれはアタシの事を心配してだったのね……ってな!」
「……こンのォォォ……」
「しかしそん時ゃ既に、俺は旅の空の下……おぉ、男マツリよ何処へ行く!……フッ、こんな俺に惚れるなよ、アマネ……」

そんな自己陶酔で自己完結したマツリが、アマネにウインクした瞬間……

「スケベェェェーッ!!」
「グハァァァーッ!?」

アマネの豪快な蹴りが、マツリの腹に炸裂!彼は、紙屑の様に吹っ飛んでいた!!

「あっちゃー……」
予想通りの展開を目の当たりにして、額に手を当てながらタカキは嘆いた。

「……グヘッ……いい、キックだぜ……アマネ……」
「……行くわよタカキ」
「あ、あぁ……」

ミジメな姿になっても〔サムズアップ〕してキメようとするマツリに、アマネは冷たい一瞥をくれただけで、さっさと立ち去って行く……マツリの事が気に掛かるタカキだったが、結局そのままアマネの後を追った。

「だ、大丈夫ですか、マツリ君……」
「て、てやんでぇ……サ、サイボーグ進化したボディは……だ、伊達じゃねえ……グハッ」

心配そうな表情で肩を貸すビャクヤにそれだけ言うと、マツリは突っ伏した。

-コーカサス司令官室-
「……んー……まずは、今判ってる事でも確認しようか」

司令部トップによる非公式ミーティングの開始を、ボソッと告げるジクウ。彼がどこか物足りなさそうで寂しげな表情の訳は、アメノがいないからだろう――ジンとアケボノはそう確信していたが、わざわざ口に出して言う程〔野暮〕では無かった。

「名古屋支部以外の各基地とは、依然として交信不能、逆に名古屋支部とに関しては問題無い。まぁ、距離が近い事もあって、ここが名古屋支部の一部として扱われている為だと思うが……一番の理由は、コーカサスが重要視されていないからだろうな」
まず、ジンが顎を擦りながらそう言った。

「地球人社会では大規模な電波障害が発生していて、無線や携帯電話が使えなくなっています。これについて日本国政府は、関連施設の大規模事故が原因だと発表していますが、恐らく情報操作を行っている物と推測されます」
ジクウとジンの顔を交互に見ながら、アケボノが続けた。

「うん、そして名古屋市を中心に発生した地球人負傷事件と、ケイスケ君の目撃情報……〔前の戦い〕の時に同じ様な事件があった事と、目撃情報の信憑性が極めて高い事を合わせて考えると……アクロイヤー1〔ラストスター〕が現実に存在するのは否定出来ない」
両手を頭の後ろで組んだ姿勢で、天井を眺めながら呟くジクウ。

「そうだな。そしてエリュシオンについては、今迄の所、目立った動きは無く……コーカサスが孤立させられていない事と、何よりも〔彼らの性格〕から考えて、今回の一連の事件に彼らが関与している可能性は、低いと思うが……」
そこ迄ジンが話した時、ドアをノックする音が響いた。

「ほーい、開いてるよ」
ジクウが答えたのを確認してから、ドアを開けて入ってきたのは……

「失礼します、名古屋支部メディカルセクションより、ビャクヤ只今到着しました」
「ハァ……同じくファクトリーセクションより、マツリ……フゥ……同じくであります!」

敬礼しながらそう告げたのは、格納庫から上がってきたビャクヤとマツリだった。アマネにのされたマツリの方は、息も絶え絶えの様子だ。

「おー、ご苦労さん!まぁ、そこら辺に掛けて、楽にしてよ」
「はい、有難う御座います」
「助かったー……よっこらしょっ、と!」

ジクウに勧められて、二人は着席した。

「やれやれ……その様子だと、又何かやったな、マツリ?」
「いやぁ……若い子は元気があっていいですな!全くもって羨ましい限りですぜ」
「すみません、僕が側にいたのですが……アマネさんを怒らせてしまいました」

マツリの様子を見て察したジンが、苦笑しながら聞いたが……張本人のマツリが悪びれず、無関係のビャクヤが恐縮するのも、おかしな道理だ。

「マツリさん、本当に若い子の評判良くないですよ……私、よく相談受けましたし……彼女達をからかうの、やめて欲しいんですけれど……」
「とんでもない!アケボノ副司令補佐は出会ってから今迄、ずっと俺のベスト5入りですよ!まぁ、他の女性とモメるといけないんで、具体的に何番目とは言えませんがね」

控えめに頼むアケボノの話をズラし、彼女をからかう厚顔無恥のマツリ。からかわれるのに慣れていなく、あしらう事の苦手な彼女は、戸惑いの余り、頬を赤らめて俯いてしまった。

「……だ、だから、もう……か、からかわないで下さい……」
「いやー!その恥らい振りが又たまりませんな!前よりも一段と増した、可憐さと奥ゆかしさと女らしさの三拍子!もしあなたに膝枕して貰えるなら、命を捨てても構わない!そう断言出来ない野郎は、男の風上にも置けないおバカさんってなもんで……」
「……マツリ君、もうその辺でやめておきましょうか?」

益々調子に乗って更にエスカレートするマツリに向かって、ビャクヤがとびっきりの笑顔でニッコリ微笑んでそう告げた瞬間、マツリの顔から血の気が失せた。

「……ビャ、ビャクヤ!わ、判ったよ……でもよ、俺は女性の素晴らしさって奴を主張してるだけだぜ!……それだけは、はっきり言っとくからな……」
そう言って、渋々引き下がるマツリの様子からすると、温厚そうなビャクヤが本気で怒ると、とんでもない事にでもなるのだろうか?そんな一連の顛末を楽しそうに見ていたジクウは、頃合いを見計らって口を開いた。

「お前さん達も相変わらずだね……ま、それはともかく……思ってたよりも早く戻って貰えて、本当に良かったよ」
「えぇ、タツヤとアンが働きかけてくれた事も、プラスになったらしいですね」
「持つべき物は、良いベテランコマンドですな……特にアンには、もっとお近付きに……」

ジクウの歓迎に答えるビャクヤ。そしてマツリはついつい、いつものペースになるが……

「……お近付きに……何ですか、マツリ君?」
「い、いや、何でもねえって……だからその〔ニッコリ〕だけは、勘弁してくれよ……」
ビャクヤの笑顔に、又も萎縮するマツリだった。マツリの戯れ言を穏やかに押さえ込んだ所で、ビャクヤが話す。

「僕達がここに早く戻れた訳……確かに、ベテランコマンドの口添えもそうなんですが」
ビャクヤがそこまで言うと、横からマツリが口を出した。

「実はね……サーベイヤーアクアで、〔磁力波動砲をブースター代わりに〕なんて無茶な運用したじゃないですか?いくらなんでもありゃマズイ!って話が出たんで。やっぱり俺が整備の責任者として、現場の独走を押さえなきゃイカン!って事になったんですよ」
そこまで一気に話したマツリの後に、ビャクヤが続ける。

「まぁ、僕の方も似た様な物ですが……〔エリュシオンから戻ったハグレ君のチェック〕を行なったのが、アサナギさんだと言う事が問題になったんです。もちろん彼女は優秀なんですが……それだけ重大な責務を彼女に任せるのは、負担が重過ぎるのではないかと」
それだけ言って口を閉じたビャクヤ。そんな二人に……

「……と言う話を、君達自身が積極的に主張して、半ば強引に押し通したんだろ?」
「マツリさんはともかく、ビャクヤさんがそこまでなさるなんて……私、驚きました」
「さぞかし、監察官コンビが反対しただろうねぇ。まぁ、結果はこの通り……お前さん達の押し切り勝ちだけどさ」

それぞれの、笑いを堪えた顔と言葉……ジン、アケボノ、そしてジクウにあっさり看破されていた事を悟って、マツリとビャクヤは少しガッカリした。

「……何だ、お見通しだったんすか」
「やっぱり、皆さんにはかないませんね」
「だってさ……昔、マツリがハルカやケイスケ君と一緒に〔地球人のTVアニメ〕見てて……〔これ、磁力波動砲でマネ出来ないか?〕って乗り気になってたのは皆知ってるし……〔俺の指示でハグレのチェックはさせなかった〕事くらい、ビャクヤだって判ってただろ?……まぁ、報告書には〔やった〕って嘘書いたけどさ」

ジクウの言葉に、今度はマツリとビャクヤが笑いを堪える番が巡ってきた。

「いやー、ちゃんと覚えてらっしゃったんすねぇ……失礼しました!」
「はい、そうじゃないかと思っていました。それでは〔お互い様〕という事で……この話は終わりにしましょうか」

ビャクヤが自然にまとめた所で、ジクウは背筋を伸ばしてダラけた姿勢を改めた。

「うん、それじゃ実務に話を移そうか……まず、お前さん達のポジションについてなんだけど……実はさ、ここの編成は現状のままで行くつもりなんだよ」
「編成変更時は、本部や名古屋支部に許可申請が必要だが、手続きが面倒で審査も恐らく通りそうにないんだ。それに人員不足で、部隊構成の必要最低人数も確保出来ない」
「ですので、お二人は現状の編成に組み込まれますから……マツリさんは維持部隊整備班班長、ビャクヤさんは同じく医療班班長と言う事になりますが……」

ジクウに続いてジン、アケボノが順を追って説明し、最後にジクウがこう結ぶ。

「そんな訳で……職制上と対外的には〔隊長〕より下になっちゃうんで、面白く無いとは思うけど……コーカサス内部では隊長と同格の幹部扱いで通すし、隊長連中も喜んで賛同してくれたんで……申し訳ないけど、頼む」
そう言って頭を下げたジクウに、マツリとビャクヤは慌てて答えた。

「頭上げて下さいよ、ジクウ司令!そんな事で卑屈になる程、俺達ゃ小せえ器じゃありませんよ!一緒に〔前の戦い〕をくぐり抜けてきた仲じゃないすか!」
「そうですよ!僕達は昔からずっと〔ジクウチーム〕の一員です。どんな形であろうと、一緒に仕事出来るのは本望ですから」
「ホント済まないねぇ、苦労ばかり掛けて……」
「やめてよ、お父っあん、それは言いっこ無しだよ!……こんな感じでいいっすかね?」

ジクウの謝意にマツリがわざとおどけて返した事で、場は和んだ笑いに包まれた……それが一段落すると、ビャクヤがふと尋ねた。

「そう言えば……隊長の皆さんはともかく、アメノ司令補佐はみえないんですか?」
「えぇ、ちょっと医務室で休んでいますけれど……大丈夫ですから、心配しないで下さい」

すぐに、アケボノが無難な答えを返したが……〔何か〕を悟ったのかマツリとビャクヤは少し神妙な顔をし、その場は沈黙に包まれた……すると、その気まずさを打ち消そうとしてか、一段と明るい声でビャクヤが口を開いた。

「……それでは早速、僕のいるべき場所である医務室に行きますね!アメノ司令補佐の元気な顔を久しぶりに見てみたいですし」
「おぅ、ちょっくら俺も覗いてくか!彼女も一段と美人になったろうなぁ」

ビャクヤに続いて、マツリも明るい声で名乗りを上げたが……

「あなたは駄目ですよ。アメノ司令補佐の天敵なんですからね」
冗談と本気半々の調子であっさり拒絶するビャクヤ。しかし、マツリは真剣な顔で言った。

「こう見えても俺は、紳士のつもりだぜ?今のアメノ司令補佐を泣かせる様な真似だけは、命に換えても絶対しねえよ……な?」
「判りました。約束を破ったら容赦しませんからね、いいですか?」
「おうよ!サンキュ、ビャクヤ」

マツリがアメノの事を本気で心配している事を感じとり、ビャクヤは同行を許した。

「それでは、失礼します」
ビャクヤとマツリは、敬礼して司令官室を退出した。彼らに敬礼を返して見送ると、ジクウはジンとアケボノに向き直った。

「さてと……心強い味方も駆け付けてくれた事だし、俺達も司令部に戻ろうか」

-コーカサス医務室-
入って来たビャクヤとマツリの姿を見ても、何ら表情を変えぬまま、アサナギは頭を下げた。

「……ビャクヤ先生、マツリさん、お久しぶりです」
「アサナギさん、元気そうで何よりですね」
「しばらくだな、アサナギ!何だ何だ、相変わらず青白い顔しやがって……」
「……こ、こら!マツリ君……」

アサナギに声を掛けつつ素早く彼女の背後に回ったマツリが、先程のアマネ同様に自称〔健康診断〕をしようとするのに気付き、慌てて注意するビャクヤだったが……

「……肉付きが薄いのも、相変わらずだなぁ……ちゃんと栄養取ってるのか?」
「……」
「……リ、リアクションが無いのも、相変わらずだな……」
「……リアクションすると、面白がられるだけですから」

アマネと違い、怒りも恥らいも見せないアサナギ。そんな彼女の反応に、逆にオドオドしてしまったマツリを見て、ビャクヤは笑みをこぼした。

「フフッ……マツリ君、あなたの負けですね」
「……ちぇっ……それじゃまるで、俺が悪さでもしたみたいじゃねえかよぉ……俺は、アサナギを心配してだなぁ……」
「まぁまぁ……アサナギさん、又ここで働く事になりましたので、どうか宜しくお願いしますね」
「……はい、私の方こそお願いします」

からかった相手に無視されて、気まずくなった少年の様な表情のマツリ。そんな彼をよそに、挨拶を交わすビャクヤとアサナギ。そしてビャクヤは少し表情を改めて、医者の顔になった。

「それで早速なんですが……アメノ指令補佐の容態はどうですか?」
「……まだカプセルでお眠りになっていますが、体機能の方は回復した様なので……もう少ししたら、診察を受けて頂こうと思っていました」
「判りました。それでは僕が診察を……ん、マツリ君、どうしたんですか?」

アサナギの報告に耳を傾けていたビャクヤだったが、出入口に身体を向けたマツリに気付き、声を掛けた。

「あぁ……俺もそろそろ、自分のいるべき場所ってヤツに行こうかと思ってさ」
「アメノ指令補佐に逢われるんじゃなかったんですか?」

「……病み上がりのご婦人と顔合わせる程、無神経な男じゃねえよ、俺は」
「そうですね……じゃあ、僕の方から宜しく伝えておきますから」

アメノの事を気遣うマツリの優しさを感じて、ビャクヤは約束した。

「あぁ、頼むな……それと、アサナギよ」
「……何でしょうか?」
「好き嫌いしてちゃ、大きくなれねえからよ……何でも食べなきゃ駄目だぞ!じゃあな」
「……はい」

どこか照れ臭そうなマツリの言葉に、コクリと頷くアサナギ。二人の姿を交互に見やって、ビャクヤも微笑みながら頷いた。

-コーカサス格納庫-
「……よし、システムのバックアップはOKだね!あとは……」

データルームのドアを開けて、ひょっこり現れたアヤオリ。その頬はグリスで汚れ、髪はボサボサだが、本人は全く気にする様子も無い。そんな彼女を、格納庫に降りてきたマツリが見付け、声を掛けた。

「おぅ、アヤオリー。作業は進んでるか?」
「あーッ!?マツリさんッ!!」

呑気な調子で声を掛けたマツリを見付けた瞬間、満面の笑みを浮かべたアヤオリは、子鹿の様に駆け出し、彼に抱き付いた!

「うわッ!?……こ、こら!やめろ!ひっつくなって!」
「あ!?す、すみません!……汚しちゃいましたね……」
「い、いや……そう言う訳じゃなくてよ……まぁ、仕事熱心なのは感心で……違うな……その、何だ……」

慌てるマツリの言葉に身体を離したアヤオリは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。しかし、それにしても……対するマツリの接し方は、どうも今迄の女性達の時と違う様だが……顔を紅潮させてモジモジしながら、アヤオリは彼女らしからぬ小声で呟いた。

「……よくマツリさんに言われましたもんね、身だしなみにも気を使えって……ボクって、機械いじりやドロイドの皆といるのが楽しくて、そう言う事おざなりにしてるから……」
「……だから、そうじゃなくてさ……何て言うか、一途なのはいい事だしよ……あー、とにかくだ!……今日から俺が班長としてだな、ここでやってく事になったからよ!」

モジモジしながら呟くアヤオリに、こちらもイマイチ歯切れの悪いマツリ。一見、まるで〔伝説の何とやらの下で告白しあう男女〕とでも誤解されそうな光景ではあったが……彼の言葉を聞いて、アヤオリは眼を丸くした。

「……え?」
「だからさ……お前らも、多少は楽出来る様になるだろうから……これからは、身だし……」
「本当ですか!?やったーッ!!」
「うひゃッ!?」

再びアヤオリに抱き付かれて、マツリは大声を上げてジタバタした。

「これからも色々教えて下さいね!!」
「判った!判ったからよ、離れろーッ!!」

その騒ぎは、遅れてデータールームから出てきたドロイド達の目に止まった。

「……ん、あの姿は……マツリさんでは!?」
「おぉ、本当だ!」
「お懐かしいー!」
「マツリ兄貴ィ!」

スパイロイド、ミニロボットマン、デイターそしてミサイラーが口々に叫び、負けじと騒ぎ出す!それを聞いたマツリが、アヤオリを丁重に引き離しながら大声で答えた。

「おー!お前らも元気そうだな……ん?……〔金角と銀角〕がいねえか?」
「え?ミクロナイトゴールド君とシルバー君の事ですか……二人は今、ハグレ諜報部員のサポートに就いてるんです!」
「そうか!しっかりやってるんだな……どうだアヤオリ、皆個性的に育ってるか?」
「はい!」
「まぁ、俺が育てたAIだから優秀なのは当然ってもんだが……その後の頑張りは、あいつら自身の実力だからな!」

ようやく落ち着いたアヤオリの答えを聞き、頷くマツリ。その言葉通り、コーカサスに存在する全AIの人格形成には彼が関与していたが――それは、本来人格を持たないミクロナイトに迄、人格を与える程の熱心振りだった――ドロイド達が評価された事が、自身の事の様に感じられたアヤオリは、嬉しそうに返答した。

「はい!本当に皆、立派です!」
「よーし、久しぶりにやりあってやるか……お前ら、早くこっち来いッ!」

大きく手招きするマツリに向かって、我先にとドロイド達は飛び出した。

(22/12/05)

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