小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0108

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-コーカサス司令部-
司令官席にダラケた姿勢で収まったジクウは、隊員たちが慌しく動き回る姿をボーッとした様子で眺めていたが――ふいにアゲハの方に顔を向けて、声を掛けた。

「アゲハ、ハグレから定時連絡が入ったら、俺の方に回してちょうだい」
「は、はい!」

忙しさで不安を忘れようとするかの様なアゲハが答えた後で、副指令官席から立ち上がったジンがジクウの傍らに来た。

「ジクウ、やはりハグレを戻すのか?」
「あぁ……〔気ままな海賊団〕の見張りごときに、貴重な人員を割いてられないからな」

答えるジクウの声と言葉には、普段の彼らしさが欠落している様な気がする。彼が自暴自棄の気分に侵され、コーカサスの責務であるエリュシオン抑止を、明け透けに放棄するのでは無いか?ジンはそんな危惧の念を抱き、ジクウに注意を促した。

「監察官――ブライとモンドには、どう説明するつもりだ?」
「黙っときゃいいさ……でも、まぁ……何か言われたら、エリュシオン牽制の一環だとでも答えとくよ」

ジクウは、自らの立場を忘れていない様だ……安堵したジンは、労わり励ます様な暖かい声で、自分の変わらぬ気持ちを彼に告げた。

「判った、ジクウ。いつでも俺は、お前に従うよ」
「サンキュ、ジン……それにしても……午睡の時間は過ぎにけり、か」

ジンの信頼に礼を述べながらも――苛立ちと戸惑いに彩られた瞳のジクウは、ここでは無い何処かを、ただ見つめ続けていた。

-名古屋市南部-
時は少し溯る――市南部や湾岸部を中心に広がる名古屋工業地帯。その立ち並ぶ建物の中に、ガラスの砕けた窓や錆付いた外壁を晒したまま、再利用の目処が立たない廃工場があった。アレク達との戦闘から離脱したナルシーのアーデンロボとヤングのアクロボットマンは、ジャミングとステルスの両モードを発動させたまま、その廃工場に進入していった。

廃工場の内部――彼らが機体を着陸させた一画は、外観とは一変して、近代的な整備工場かハンガーデッキを思わせる設備――もっとも、その大きさは彼らに相応しい小サイズではあったが――を有していた。フロアに降り立ったナルシーは、同じく後に降り立ったヤングの方に振り返った。

「ヤング君、アクロボットマンが致命的なダメージを受けていないか、チェックの方は入念に頼むよ……」
「……判っている」
「なら、いいんだけどね……フフフ……」

憮然とした様子のヤングに、薄い笑いを浮かべるナルシー。そして、ナルシーが向き直ったその先には、ヤングと似たシルエットを持つ二つの姿があった。その片方がしなやかな仕種で歩み寄りながら、気の強さと人懐っこさを合わせ持つ女性の声で、ナルシー達を労う。

「ナルシー、ヤング、お疲れ様」
「フェミニン君とサイレンス君もね……哨戒の方はどうだったのかな?」

ヤングに接するのと変わらぬ態度でナルシーが労い返した相手は――ヤングと同じアクロイヤーマグネパワーズで、デモンフェミニンとデモンサイレンス――ヤングと同世代の仲間達である。ナルシーの問い掛けに対し、大げさな身振りで肩を竦めながらフェミニンが答える。

「アタシの方は、特に何も無かったわ」
「……同じく」

フェミニンに続き、サイレンスが低い声で口数少なく返答すると、軽く手を挙げてナルシーが応じた。

「了解した……それでは諸君、ヤング君の活躍話を肴に、今宵はまったりと過ごしてくれたまえ……ハハハ……」
「……チッ、ナルシーの野郎……」

嘲笑を残して去って行くナルシーの背中に向かって、毒づくヤング。そんな彼の肩を掴んで向き直らせると、フェミニンは詰め寄った。

「ちょっとヤング!ミクロマンやロボットマンと接触したってホントなの?」
「いちいちウルセエ奴だな……あぁ、そうだよ」
「一体、どうなってるのよ?……このエリアにはミクロマンマグネパワーズやチェンジトルーパーズはいない筈じゃなかったの?それにロボットマンなんて……冗談じゃないわよ、全く!」
「それはこっちのセリフだぜ!……でもよ……奴ら、どうも戦いには慣れてないみたいだったな」

ヤングにしてみれば、自身に責任の無い事でフェミニンに憤られるのは筋違いも甚だしい所だったが、そのお陰でナルシーに対する忌ま忌ましさは有耶無耶になってしまった様だ――気に掛けていた疑問を言葉にしてヤングが首を捻ると、フェミニンも小首を傾げた。

「ふーん……だとすると、〔先の戦い〕には参加していなかったのかもね」
「は?何でお前にそんな事が判るんだよ」
「だって、それって実戦を経験してないって事でしょ?……なら、戦いに慣れてないのも納得出来るわよ」
「成る程な……つまりは新兵か訓練生って所か」
「……我々も……同様だが」

自身の立場を忘れかけている二人を諭すかの様に、サイレンスが口を挟み――気を削がれたヤングはボソッと愚痴った。

「ケッ……たまに口を開けば、気に触る事ばかり言いやがって……」
「それにしても……今後は、慎重に行動した方がよさそうね」
「何だよフェミニン、ビビってんのか?」
「ヤレヤレ……ホント、アンタは単純で羨ましいわよ。この星のミクロマンならともかく、アタシ達と同じマグネパワーズに油断は禁物でしょ?さもないと、先の戦いみたいに……」
「……功無く……朽ち果てるのみ」

フェミニンとサイレンスは、あくまで慎重論を唱えるが……血気盛んなヤングにとっては、臆病者の悲観論にしか聞こえず、ただ笑い飛ばすだけだった。

「ヘッ、お前らは考えすぎなんだって……俺は、失敗しねえよ……偉大なるアンゴルモア様の忠実なしもべとして、輝ける勝利をこの手に掴んでみせるぜ、絶対にな!」

アンゴルモア……それは、〔別の物語〕――マグネパワーズ・アーサーチームの闘いの記録――で語られた、ミクロアース(正式名称は、24と言うナンバーが付随する)を滅亡に追い込んだ黒幕とでも言うべき存在だ。だが彼(?)は、1999年の地球に於いてアーサーの捨て身の攻撃によって滅んだ筈なのだが……

ヤングのあくまで楽観的な考えに、フェミニンは呆れを通り越して開いた口が塞がらない様子だった。

「そんな〔お気楽極楽モード〕で戦いに勝てるなら、誰も苦労しないわよ……チャームスパイダー!」
フェミニンの声と共に、彼女達の背後に片膝を付いた三つの影が現れ――その内の一人が進み出るなり、有能な秘書を思わせる女性の声で返答をした。

「はい、フェミニン様」
「聞いてたと思うけど……ヤングが接触したマグネパワーズ達についての調査を頼むわ。奴らに気付かれる事なく、且つ、詳細にね」
「承知致しました」

フェミニンの指示をチャームスパイダー――アクロイヤーチェンジトルーパーズと呼ばれる種族の一人である――が深々と頭を下げて拝領した所で、サイレンスが残るチェンジトルーパーズの片方に一瞥を投げて、その名を呼んだ。

「……コブラエッジ」
「……御意」

どうやらコブラエッジはサイレンスと同じく口数が少ないらしいが、意思疎通に関しては、似た者同士故か問題無いらしい――コブラエッジが頭を下げた所で、最後のチェンジトルーパーズが立ち上がり、ヤングに向かって進言した。

「ヤング様、私も両名に同行したいと思います。ご許可を頂けますでしょうか?」
「ジゴクアーチ……お前は俺が命じた時にだけ、その通り動けばいい……いらぬ差し出口を叩くな!」

しかしヤングは、気分を害した様子で進言を退けると、手を振って退出を命じた――だが、ジゴクアーチは一段と頭を深く下げて、静かに食い下がる。

「お叱りを受ける事を承知の上で、あえて申し上げます。先の戦いでデモン三幹部やアーデン三将軍が敗れましたのは……ミクロマン共を侮って情報収集や分析を怠り、己を過信して戦いに臨んだ故です。私は、ヤング様にその様な愚行を繰り返して頂きたくはありません」
「……」
「ヤング様が覇道をお進みになる事を望まれるのならば……どうか、お願い致します!」

それだけ言うとグッと頭を下げて、主の言葉を待つジゴクアーチ……そして……ヤングは彼に背中を向けると、面倒臭そうな声で答えた。

「……ッたく……判ったよ、お前の好きにしろ」
「ありがとうございます!では……」

喜びを噛み締めたジゴクアーチの声を合図に、チェンジトルーパーズ達は姿を消した――その一部始終を眺めていたフェミニンが、同情交じりの声でサイレンスに向かって呟く。

「〔ワガママ大将〕のお陰で、何かと苦労が絶えないわね、ジゴクアーチは」
「……〔恩義〕に報いし忠誠故……苦にあらず」
「ま、確かにそうなんだろうけど……」

そう言って、大きく肩を竦めるフェミニンだった。

-ナルシー達のアジト内・ナルシーの個室-
ヤング達とのやり取りの後、自室に戻ってきたナルシーが、扉を開けて部屋の中に入ると――ソファーには既に先客がくつろいでいた。それは、アクロイヤー1ラストスターだった。

「やぁ、ラスト君……早いお帰りじゃないか……」
「……まあな」

ラストスターはビールを数本空けて、酒精の虜となっていたが――特に饒舌になる訳でも無く、ただ、淡々としていた。ナルシーは彼の横に腰掛けてグラスにワインを注ぐと、互いのグラスを合わせてから一気に飲み干し、優しく語り掛けた。

「その様子だと……久し振りの〔里帰り〕は、失望と落胆の連続だった様だね……」
「……以前にも増して、バカに磨きが掛かっているな……この星の奴らは」

打ち解けた口調で問い掛けるナルシーに対し、独り言の様な口振りで答えるラストスター。彼の言葉にナルシーは大きく頷くと、立ち上がって空のグラスを掲げながら、まるで舞台俳優の様に語り出した。

「荒廃、堕落、退化……奴らが存在する事自体が、宇宙の摂理に対する冒涜だよ!そして、そんな虫ケラ共に自ら進んで加担するミクロマン達……何と愚かな連中なんだろう……この星の奴らよりは、まだマシな種族だと言うのにね!だが、我々のしもべとならない以上は……〔あの御方〕の為に……そして、故郷で救いを待ち続ける多くの民の為にも……この星の上から一匹残らず駆除せねばならない……確実にね!」

朗々とそこ迄語り尽くすと、ふいに我に返ったのか――ナルシーは席に着いて、新たなワインをグラスに満たしながら呟いた。

「フッ……つい、熱く語ってしまったね……君といると、僕はとても素直になってしまう……これが、惚れた弱みと言う奴かな?」
「……光栄だよ……しかし……お前に借りを返すには、今の俺では力不足だがな」
「気にするなよ……君はただ、君らしく生きてくれればいいのさ……そんな君と生きる事が、僕の幸せだからね……」
「……つくづく変わった奴だな、お前は」
「フフフ、まあね……」

薄暗い部屋の中、アルコールの靄と夜更けの静寂が、二人の間を漂っていた……

-コーカサス格納庫-
帰還命令を受けた諜報員ハグレとミクロナイト達が、コーカサスに帰ってきた。格納庫のランディングポイントに着陸したシースパイダー――スパイマジシャンが開発したスパイカーの一つである――から降り立った彼らは、ピンと背筋を伸ばして、出迎えのジクウに向かい敬礼した。

「ハグレ、ミクロナイトゴールド、同シルバー――計三名、只今戻りました!」
凛々しい声で申告するハグレと、その後に並び立つゴールド達。そんな三人とは全く正反対のダラケた姿勢――背中を丸めて緩んだ表情と敬礼――で、ジクウは返礼した。

「ご苦労さん。で、金銀のお二人さんは現時点を持ってハグレのサポート任務を解かれ、維持部隊整備班非常勤に復帰する物とする。宜しくね」
「アイアイサー!」

勇ましい声と共に、ジャキッとアーマーを響かせて再敬礼するゴールド達。その姿に軽く肯いてから、ジクウはハグレに向き直った。

「ハグレは、お疲れの所申し訳無いけど……幹部連中を会議室に集めるから、報告頼むな」
「はい!……お気遣い無用ですよ、司令」

ジクウの労りに恐縮と嬉しさが混ざった想いで答え、彼と並んで通路に向かうハグレ。ゴールド達はヒラヒラと手を振って、彼を見送った。

「ハグレ兄さん、お世話になりました~!」
「あぁ……こちらこそな」

少しぎこちなく手を挙げて、ハグレは去って行った。そして、先程から離れた場所で頃合いを待ち続け、〔良し!〕と見るや、まるで子鹿が跳ねる様に駆け寄ってきたのは……

「ゴールド君、シルバー君、お帰りッ!」
それは、ゴールド達の帰還を誰よりも心待ちにしていた、整備班のアヤオリだった。そんな彼女の笑顔を見て嬉しくなったのか、彼らも普段通りの大袈裟な身振りで騒ぎ出した。

「アヤオリ姉さん!ちょっと見ない間にこんなに大きく育って……身長109ミリメートルって所かねえ、シルバー?」
「ホントやねえ、ゴールド……って、それじゃタイタンスペースナイトと同じノッポさんやないかい!君とはもう、やっとれんわ~」
「どうも、失礼しました~!!」

揃って挨拶すると、深々とお辞儀をした姿勢で止まったままのゴールド達――片や、引きつった笑顔でポカンと口を開けて硬直したアヤオリ……暫し、〔白い時間〕が流れ――やっとの思いで、彼女は声を絞り出した。

「……な、何それ……キミ達、一体どうしちゃったの?」
まるで金魚の様に口をパクパクさせてアヤオリが尋ねると、揃って上体を引き起こしたゴールド達は、痒くも無いのに頭や腹をポリポリ掻きながらボヤいた。

「どうしちゃったの、って言われても……エリュシオンの偵察って、そりゃもう暇で……な、シルバー?」
「そうそう……だから、〔お笑い〕の練習でもしよかぁ、って……な、ゴールド?」

確かに、元々フザケる事の多かったゴールド達ではあったが、幾ら何でも短期間でこれ程変貌するのはおかしい。まさか……エリュシオンが〔お笑い芸人〕の養成でもやっていたりして、その影響でこんな事になってしまったのか!?――〔怖い考え〕に至ったアヤオリはそれを悟られまいと、咄嗟に別の疑問を口にした。

「だ、だけど……ハグレさんに……怒られなかった?」
「何言ってるんですか……そもそもの〔言い出しっぺ〕は、ハグレ兄さんですよ!……な、シルバー?」
「そうそう。……それに結構厳しい指導受けたんですよ、僕ら……ボケが弱い!とか、ツッコミが足りん!とか……な、ゴールド?」

予想だにしなかったミクロナイト達の告白に、アヤオリは後頭部を〔マジシャンステッキの握り手側〕で殴られた様な衝撃を受けていた。

戦後世代である為、幹部達の過去や隠れた一面を知らないアヤオリ達には、ハグレは諜報活動に従事するスパイマジシャンに相応しそうな、寡黙で真面目な男だと思われていた……もっとも、冷静に考えてみれば、任務の関係から基地にいる事が少なかった為、その人柄を知る機会が皆無だっただけの話なのだが。

更に、通信で直接に会話を交わす事の多い、チーフオペレーターのアゲハが……

「ハグレさんってクールな声で、必要な用件だけ簡潔に話すのよ。やっぱ、男の人はああでなくっちゃ!……どこかの〔寒いダジャレ連発の副司令〕とは、全然大違いよねぇー」

いつも同僚の隊員達にこう言って触れ回っていた為、真面目なイメージを強く根付かせてしまったのも否めない……これも、冷静に考えてみれば――任務従事中の通信で、必要な用件を簡潔に話すのは当たり前(勿論、他愛の無い会話を交わすのを好む者もいるだろうが)なのだが……ともあれ、その〔洗礼〕を受けていた一人であるアヤオリには、ゴールド達の話が信じられなかったのだ。

「う、嘘……」
だが、そんなアヤオリの胸中も知らず、ゴールド達はノリにノッていた。

「嘘なもんですか……漫談だけじゃ無くて、〔AJ〕――アメリカンジョークも指導受けましたから!……のう、シルバー?」
「そうさのぉ、ゴールド……それじゃアヤオリ姉さん、〔取って置きの奴〕聞きます?……先日、ウチのワイフがこう言ったのさ……」
「え!?……きょ、今日はもう〔お腹一杯〕だから……え、遠慮しとくね、ハハハ……」

まずはとにかくこの状況を終わらせて冷静になりたい一心で、苦し紛れに捻り出されたアヤオリの言葉だったが――それを聞いたゴールドは、指をパチンと鳴らすと羨ましそうな声で呟いた。

「あ!?その〔お腹一杯〕っていいなぁ……それ頂きィ!やったな、シルバー!!」
「やったね、ゴールド!明日はドライヴシュートだ!!」
「あの……ミニロボットマン君達が待ってるから……早く元気な顔、見せに行ってあげて……ね?」

はしゃぐゴールド達と、〔丁重にお引き取りを願う〕アヤオリ。それはまるで――〔疲れを知らない子供〕と、〔疲れきったベビーシッター〕の様にも見えた。

「了解!……ウフフ、捕まえてご覧なさい、シルバー!!」
「それでは!……ハハハ、コラ待てー、ゴールド!!」

走り去るゴールド達を、グッタリとした顔で眺めやったアヤオリは――昂揚と疲労で茹った頭の熱を追い出そうとするかの様に、深く大きな溜め息をついた。

「あのハグレさんが〔お笑い〕好きだなんて……やっぱり、信じられないよ……トホホ……」

この時のアヤオリは知る由も無かった――彼女が味わった程度では済まされない〔深刻な昂揚と疲労〕が、後のコーカサス全てを呑み込む事になるのを。

-コーカサス会議室-
そこでは、コーカサスの全幹部――司令ジクウ、同補佐アメノ、副司令ジン、同補佐アケボノ、諜報員ハグレ、戦闘部隊隊長ハルカ、同補佐アワユキ、救助部隊隊長ダイチ、同補佐アサヒ、防衛部隊隊長ムゲン、同補佐アジサイ、維持部隊隊長バンリ、同補佐アリアケ、整備班班長マツリ、医療班班長ビャクヤ――と、ジクウの強い希望により、マグネパワーズ・アレクがテーブルを囲んでいた。

そして、上座に着いたハグレ――報告者として、そこに着く様ジクウが指示した――は、全員の顔を一通り見やってから一呼吸置くと、落ち着いた様子で口を開いた。

「ここに帰還する前に、複数のスパイマジシャンと接触して……信憑性の極めて高い、幾つかの情報を得ました」
まずそれだけ言って、視線をジクウに送るハグレ――それを受けて軽く頷くと、ジクウは先を促した。

「そうか……じゃあ、まず……富士本部の状況は?」
それは、誰もが率先して知りたかった情報であり、ハグレ自身も最初に聞かれる事を想定していたのだろう――机上で手を組むと、静かな声でこう告げた。

「……富士本部は……消滅しました」

瞬間、会議室内の空気は大きく揺れた――ハグレの言葉には迷いも戸惑いも無く、簡潔にして敢然としていた為、その冷酷で無慈悲な宣告に憤りを覚えたのは事実だったのだが――彼らは抗う声を押し殺し、ただ、じっと耐えた。それは、覚悟していた最悪の結末でもあったから――今は堪えて、彼の言葉を受け止めたのだ。

その時、男性幹部達は――身体を震わせたり、浮かしかけたり、固く腕を組んだりと、ありふれたリアクションを取った。女性幹部達は――アメノは唇を噛み、アケボノは手で口を覆い、アワユキは傍らのハルカの横顔を見つめ、アサヒは拳を握りしめ、アジサイは眼を閉じ、アリアケは顔を伏せ――悲しみが溢れ出さない様、それぞれがそれぞれの想いを精一杯封じ込めた。

そして、彼らと〔過去〕を共有しないアレクは――自分が〔異邦人〕である事をわきまえて、じっと黙していたが……自らが体験し、放浪の旅先でも何度か眼にした悲しい記憶に、新たな一ページが加わった事を悼み――不本意な中断を余儀無くされたであろう多くの生命に対し、心の底から祈りを捧げた。

だが、受け手がどれ程深い悲嘆の海に沈むとしても、ハグレは報告し続けなければならない。

「大半の人員は脱出に成功し、現在は東海支部に向かっていますが、犠牲も多く……」
「ベテランも……若い奴もか……」

今更それを聞いた所で、失われた生命が還ってくる訳では無いが、確かめたい衝動にかられて言葉となったジクウの問いに対し――無情な現実とそれを上回る事実を、ハグレは返す。

「はい……幹部クラスでは、バーンズ長官とボブソン長官が戦死されたと……」

会議室内に、雷鳴が轟いた。

「何だとッ!?そんな馬鹿なッ!」
その源は、テーブルに激しく手を打ちつけて立ち上った、バンリの怒号だった。普段のコーカサスなら、それはむしろムゲンが起こすリアクションであり、バンリは制する立場の筈なのだが――明らかに彼は、取り乱していた。そんな痛々しい有様の彼を見つめながら、労る様に語り掛けるハグレ。

「いや、間違いないそうだ……ボブソン長官は脱出作戦の陽動と、本部内に侵入した敵の迎撃の為、ミクロマンパンチ・ハルクとなって、敵中に身を投じて戦ったらしい……バーンズ長官は最後まで残られていたそうだが、恐らく自らの手で、本部の自爆を決行されたんだろう……」
「……何て事だ」

今のバンリにとってハグレの声は、もはや耳に感じるだけの〔音〕でしかなかった――呆けた様子で月並みな言葉だけ呟くと、まるで土壁が崩れ落ちる様に、腰を下ろした。今でこそ立場や職制は違うが、バンリにとってボブソンやバーンズは、同時期に蘇生して苦楽を共にした、かけがえの無い仲間だったのだ……〔過去の世界〕に閉じ篭ってしまったバンリからジクウに視線を戻して、ハグレは続けた。

「遺体は確認されていませんが……状況を考えると、生存の可能性は皆無だろう……と言うのが、統一見解です」
ハグレがそう一区切りつけた所で、ムゲンがテーブルの表面に視線を落とした――だが、その視点はテーブルを突き抜け、〔バンリと同じ場所〕を見ている様だった。

「バーンズは、いつも仲間の事ばかり心配して……作戦立案の時には、よくエリアスとやりあってたよなぁ……ボブソンは、頭がいい癖に偉ぶった所が無くて……俺みたいなバカにでも、対等に接してくれたよ……どうして……あんないい奴らが、先に逝っちまうんだ……」

それだけ言うと、頭を伏せて小刻みに肩を震わせた――テーブルの上に涙の雫が、二つ、三つ……

「ムゲン……たいちょう……」
傍らのアジサイは、ムゲンを慰めようと手を伸ばしたが、すぐ側にいる彼の肩に触れる事は出来なかった――空しく宙をさ迷う白い手が、熱い涙で霞む……私はどうして泣いているんだろう?悲しい現実を知らされたからか?それとも、今のムゲンにこの手は、安易な慰めにしかならない事を知っているからか?

「……す、すみません……」
ムゲンとアジサイの姿にいたたまれなくなり、大粒の涙をボロボロ溢しながら謝るアケボノ――涙に囚われたのは、アサヒやアリアケやアワユキも同様だった。だがアメノだけは、唇を固く噛み締めたまま、涙を拒み続けていた――そんな女性幹部達から眼を背け、ジクウはハグレに問う。

「……その他には?」
「はい……幾つかの支部も、同様に消滅、或いは壊滅的ダメージを受けたそうです。ノーザンライト等、音信不通で状況が掴めない支部もありますが……」
「そうか……」

ハグレの言葉を聞いたジクウは、こんな質問をした自身と、こんな質問をしなければならなかった自己の立場を怨んだ――だが自分がしなかった所で、代りにジンがしていただけの事だ。他人に辛い思いをさせるよりは、この方が余程マシだろう――心の中で自答した所で、マツリが立ち上がった。

「アイン司令がそう簡単にやられる訳無いですって!……それに……アヤ副司令って言う心強い才媛が付いてますし……な、アメノ司令補佐?」
「え?……わ、私……あ……」

せめて、闇の中に一筋の光を――優秀なレディーコマンド・アヤを尊敬している事を引き合いにアメノを味方に付けて、少しでも場を明るくしたい――それは、マツリが彼なりに前向きだと信じて取った行動だったのだが……

頑なな性格故に、機転を利かせる事が苦手なアメノにとって、それは意表を突かれて心の隙を作っただけだった――アメノの両頬を伝う涙を見たマツリは、その思惑があざとかった事を痛感し、その浅はかさを恥じ、腰を下ろした――そんな彼を庇うかの様に、今度はビャクヤが声を上げた。

「マツリ君の言う通りですよ……それに、アイン司令には、ジェイソン先生やベテランの各隊長だって付いていますし……きっと、大丈夫です……」

しかしその言葉とは裏腹に、ビャクヤには一抹の不安があった。敵――アクロイヤーとの共存を模索し続けていたアイン。同じ医者として、その〔想い〕には深く共鳴してはいるが……敵に対してトリガーを引かねばならない刹那、その〔想い〕が一瞬の迷いとなって躊躇わせるのではないか?……その時、彼は……

ただ、悲嘆の海に沈降して行くだけのコーカサス幹部達……だが……悲しみに浸り続けた所で、時間が戻ってやり直せる訳では無く――傷を舐めあい慰めあった所で、現実が思いのままになる訳では無いのだ……

年齢的にも立場的にも、コーカサスの長兄――意図した訳では無く、結果的にそうなっただけなのだが――であるジンは、椅子の背に預けていた上体を起こして姿勢を正すと、一段と落ち着いた声で、こう切り出した。

「それにしても……みすみす、本部中枢に敵の侵入を許したと言う事は、警戒システムは正常に機能していなかったんだろうか?」

ジン以外の全ての瞳が、彼に向けられた。例え、今すぐにそれぞれの悲しみや苦しみを払拭出来なかったとしても、ジンの問いかけは彼らに力――これからどうして行くのか、これから何が出来るのか、考えようとする力――を、与えたのだ。先程迄とは一転して、浮上し始めるコーカサス幹部達――暫しの間の後に、バンリが口を開いた。

「何重にも張り巡らされた警戒システムの全てが機能しなくなるとは、考えられないですね……もしかすると、今回の敵は……我々の技術では探知出来ない、高度なステルス機能を有しているのかもしれません」
バンリの考えを聞いて、それ迄黙したまま腕を組んでいたダイチが、腕を組み直すと呟いた。

「或いは……高精度な超短距離ワープ機関の様な物を実用化していて、直接エリア内に出現したのか」
ダイチの言葉を受けて、やはり黙していたハルカが、彼の顔を見ながら意見を述べた。

「しかし……それだけの技術力を有している敵が、リスクの大きい直接攻撃を仕掛けるのは、不自然に思えるんだが」
「確かに、お前の言う通りだな……だとすると、奴らは一体どうやって……」

ダイチの逆問い掛けに、ハルカを初めとする一同は首を捻った。その様子を眺めながら、ジクウの脳裏には、ある考えが浮かんでいたのだが……

『いや、まさかな……』
それは例えるなら――推理ドラマで、〔犯人は第一発見者である〕とか〔容疑者全員が共犯である〕と言った事を即答する様な――短絡的で思考停止に等しい考えだったので、すぐに打ち消されてしまった。大体ジクウには、〔誰か〕が〔それを行う理由や事情〕も、皆目見当が付かなかったのだ……

幹部達がこうして前向きになれた事は、ハグレにとっても喜ばしい事だったが――彼には、まだ報告すべき事が残っていた。

「それで、その敵対勢力の事ですが……」
「あぁ、そうだな、それも聞かなきゃな……」

済まなそうに話を続けようとするハグレに、ジクウも済まない想いだった――彼に嫌な役回りをさせつづける、今の状況が恨めしかった。確かに、〔もうそんな話はやめてくれ〕とハグレに言いたい気持ちで一杯だったのは否めないが――それは、報告者であるハグレ自身にしても同じ気持ちだっただろう。

「情報に拠ると……敵対勢力の中には、アクロイヤー1・レッドスター、同ゴールドスターの姿が確認されたと言う事です」
「やっぱり、〔昔馴染み〕か……しかも、イキのいい奴ばかりだな……」

ラストスター出現の件で、覚悟はしていた物の――際立って攻撃力の高い敵の名前を聞かされて、ジクウは眉をひそめた。ベテランであろうと若者であろうと、もしも生身で奴らを相手にしていたなら、無傷では済まないだろう――ハグレは報告を続ける。

「更に、過去の記録に無い物では――身長8cm前後でアクロイヤー1に酷似した緑色のボディの敵、同サイズの突撃歩兵が多数……そして……主力の人型機動兵器が、同じく多数……」
その時――身を乗り出したアレクが、自ら禁を破って大声を上げた。

まさかデモングリーン!?それにアクロ兵……それと……」
「……こいつだな?」

アレクがその名を口にするよりも早く、ジクウは手元にあったスチール写真をハグレの前に滑らせた。それは――サーベイヤーランドが記録した、アクロボットマンの映像を出力した物だった。それを見て、驚くハグレ。

「は、はい……腕部と脚部が入れ違った物や、異なる形状の物もありますが……コピーさせて貰った撮影データで確認したのは、このタイプに酷似しています」

ハグレもその件は耳にしていたが、〔富士本部を攻撃した物と殆ど変わらぬ機動兵器と接触した証拠〕を目の当たりにして、驚きを禁じ得なかった。そして、ジクウにしてみれば――ハグレの反応によって、これが〔避けようの無い現実〕だと覚悟させられる事となったのだ。全員の顔を見回すと、彼は告げた。

「……これで、〔決まり〕だな」
「……」

ただ、無言でジクウを見詰め返す幹部達――会議は終わった。彼は立ち上がると、ハグレに向かって指示を出す。

「よし……ハグレ、お疲れの所〔本当に〕申し訳ないんだけど、皆と協力して報告資料を作成してくれ」
「判りました」
「それが出来次第、俺が若い連中に発表する」

自身の覚悟を明らかにしたジクウに対し、バンリが敢えて意見を述べる。

「しかし、司令……流石にこの情報は、隊員たちに大きな動揺をもたらす事になると……」
バンリの言葉に大きく頷きながらも、ジクウははっきりと答えた。

「あぁ。だけど、隠し通せる物じゃ無いさ……名古屋支部からだって、情報は流れてくるしね。それに、情報開示は連中と約束した事なんだ……ハリセンボン飲むの、俺はご免だよ」

ジクウの言葉を聞き終わった幹部達は――彼に倣うかの様に、一人、又一人と、陽炎の様に立ち上がった。

遂に、巨大な嵐がその姿を見せ始めた。だが、その全容は計り知れず、全ての者を分け隔て無く、呑み込んで行く――その中で、切り開く者、抗う者、そして、流される者。

東海支部から名古屋支部へ〔富士本部からの避難民の為に必要な救援物資〕を要請する連絡が入ったのは、この直後の事だった。

(23/01/29)

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