小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0107

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-コーカサス格納庫-
ジクウに諭されたとは言え、せめて整備班に謝る位の事はしたい――そう思ったタカキは、格納庫に下りていた。そしてアマネも、彼の考えに賛成し付いてきたのだが……先程から横目でタカキの事を伺いつつ声を掛けようとするものの、中々言葉が出ない。何度目かのためらいの後……小さな勇気を振り絞って、彼女は上ずった声を発した。

「……あ、あの……タ、タカキ」
「な、何?」

答えるタカキも、浮ついた返事を返す――どうやら彼も同じ事を考えていたが、実行出来ずにいたらしい。暫し、気まずい沈黙が続き……再びアマネがそれを破った。

「……えーと、その……ジ、ジクウ司令って……不思議な人ね」
「あ、あぁ……そうだな」
「い、今なら判る気がするわ……エリュシオンと遭遇した時の事は話せないって言った、タカキの気持ち……何となくだけど……色々あったんでしょ?」
「ま、まぁね」
「……そっか、そうなんだ……そうよね」

本来切り出したかった事とは違う話題を続けるアマネに、気の抜けた答えしか返せないタカキ――端から見れば、それはまるで〔伝説のなんとやらの下で告白する男女〕とでも誤解されそうな光景だった。

不毛な状況を打開すべく、今度はタカキが小さな勇気を振り絞った。

「アマネ……あのさ……怖い目に逢わせて、本当に済まなかった」
「べ、別に気にして無いわ……それより……あたしの方こそ……」

タカキの言葉が嬉しくて、素直な自分が顔を覗かせそうになりながらも――持って生まれた意地っ張りな性格の為か、素っ気無さを装い――アマネが謝ろうとした、正にその時

「イョッ、勇者のお二人さん!ヒュ~ヒュ~熱いぜッ!!」
「我がコーカサスが誇るエースパイロット、タカキ様の御帰還だッ!えぇい皆の衆、頭が高いぞ、控えおろ~ッ!!……エース様、本日の戦果はいか程でゲスかね?」

タカキとアマネに降り掛かった、悪意、嘲り、皮肉の込められた声。二人が向いたその先には、声の主――救助部隊の悪ガキコンビ、シンラとリョウヤがニヤニヤしながら肩を組んで立っていた。その言葉、表情、態度に怒りを覚えたアマネは、声を荒げて身を乗り出す。

「あ、あなた達ねえ……」
「……やめろ、アマネ」

そんなアマネを止めたのは、タカキだった。彼女の腕を掴んだ力が、必要以上に込められている事から、彼も怒りを覚えているのは確かなのだが――タカキのリアクションが愉快だったのか、シンラとリョウヤは矛先を彼に絞った。

「アァ~ン、タカキ君ってクールでカッコイイッ!アタシもう、ジンジン痺れちゃうわッ!!」
「あれだけ派手にサーベイヤーランドをぶっ壊してきたんでゲスからねえ……きっと、ダース単位の巨大要塞でもまとめて地獄の底に轟沈したんでゲスねえ、エース様ッ?」

ふざけてクネクネと身をよじって悶える真似をするシンラと、腰を低くして揉み手をするリョウヤ。握った拳を震わせ、二人を睨み付けていたタカキだったが――不意に視線を床に落とすと、呟いた。

「……整備の皆には、本当に済まなかったと思ってるよ。サーベイヤーランドをあんなに滅茶苦茶にして。しかも、一方的にやられっ放しで……」
「タカキは悪くないわ!?あたしが無茶を……」
「アマネは黙ってろ!……シンラ、リョウヤ……お前らが言ってる通り、俺は鈍亀だよ。本当に逃げて帰ってくるのが精一杯だった。皆に迷惑を掛けて済まなかった……」

アマネの言葉を遮ると、自身の非を認める言葉を続け、最後に頭を下げたタカキ。そんな彼を見て一気にシラけたシンラは、つまらなそうな声で愚痴った。

「チェッ、何だよ……そんなマジにならなくてもいいじゃんかよ。それじゃまるで俺達が悪者じゃねえか……大体、鈍亀タカキに最初っから期待なんかしてねえって。な、リョウヤ?」
「全く情けねえ奴だな。だから俺様がいつも言ってるんだぜ……鈍亀に戦闘部隊は無理だってよ!」

気の抜けたシンラとは正反対に、それ見たことかと言った表情でふんぞりかえって、タカキを見下すリョウヤ。そんな彼に向かって、タカキは一段と深く、頭を下げた。

「あぁ、リョウヤの言う通りだ。済まない」
「タカキ……どうして……」

何も弁解をせず、アマネを庇って自分一人でミスを被るタカキを、彼女はただ見つめることしか出来ない。場の空気を読む事に秀でたシンラは、シャレで始めた事がシャレにならなくなってきているのを感じ、この場から退散しようとリョウヤに話し掛けた。

「……行こうぜ、リョウヤ」
「ケッ、最初からこうなる事は判ってたんだって!やっぱ俺が戦闘部隊をやらなきゃ駄目って事だろ?そんでタカキは、お払い箱と……俺様が戦闘部隊に着任したら、エリュシオンだろうが敵対勢力だろうが謎の敵だろうがよ、一発で皆殺しにしてやるってもんよ!!」

だが、自身の考えが肯定されていく状況が楽しいリョウヤは――どんどん有頂天になり、口先だけの調子いい事を、ベラベラとまくしたてる。リョウヤの完全独走にヤバい物を感じ、彼を押さえようとするシンラ。

「幾らリョウヤのダンナでも、そりゃ無理だって。ダンナの野望は判ったからよ、もう行こうぜって……」
「まぁ、しかしよ……ポイ捨てで、ハイサヨナラってのも可哀相だからな……よし……ならば、そんな貴様にピッタリの部隊を新設してやろうか?その名も〔オトリ部隊〕だ!悪くないだろう、タカキ?」
「ヲイヲイ……そりゃオッサンのパクリだろ」

だが、リョウヤの暴走は止まらず、かつてダイチに浴びせられた皮肉をアレンジして、タカキにぶつけて憂さ晴らしをする始末だ。シンラは、ダイチのあだ名を引き合いに出してヒートダウンを試みたが、今のリョウヤは聞く耳を持たない。

「タカキでもバッチリ務め上げれると思うぜ。ヘコヘコ逃げ回って俺様の前に敵さんを連れてくるだけでいいんだからよ……へへっ、案外こりゃイケてるアイデアかも知れねえな」
「……もうやめとけって、リョウヤ」
「何でだよ、別にいいじゃねえか?……やれやれ、それにしてもよ……タカキだけかと思えば、アマネも所詮はお嬢ちゃまだな、全く……弱虫毛虫でちゅね~!」

シンラの言葉を誤解したのか、リョウヤは目標をアマネに変えて、彼女を馬鹿にした、その時……

「なんだと……」
「……タカキ?」

そう呟いたタカキの身体が、硬く強ばった――彼が全身から発した〔重く鋭い何か〕を素肌に感じた様な気がして、後ずさるアマネ。だが、リョウヤはその異変に全く気付かなかった。

「いやいや、戦闘部隊は全員だらしねえんだな。この前だって揃って出撃しときながらよ、エリュシオンを一機も墜とせずにヘラヘラ帰還してるじゃねえか。結局、ハルカ隊長も駄目駄目じゃーん!……ま、ウチのオッサン同様、リング無しの腰抜けセンセイじゃ無理も……」
その刹那、リョウヤの視界は回った。

「グヘッ!?」
「ウワッ!?」
「キャッ!?」

リョウヤとシンラとアマネの短い叫びが響き――リョウヤは、何故か立っていた場所から後ろに飛ばされ、背中から倒れ込んでいた。そして彼の立っていた場所には、腕を真っすぐに伸ばし足を踏み込んだ姿勢のタカキが……リョウヤは理解した――俺はタカキに殴られたのだと。

「ウゥッ……テッ、テメエ!?」
「リョウヤ……おまえになにがわかるんだ……」

熱く疼く左頬を擦るリョウヤを、まるで鬼神の様な燃える瞳で睨み付けながら、タカキはそう呟いた。

「な、何だァ?」
「お前に……見た事も無い様な化け物に襲われたアマネの恐怖が判るのか!?武器を満載したベースロケッター2に単身強襲を掛けたハルカ隊長と同じ事が出来るのか!?」
「タ、タカキ……」

訳が判らないと言った顔で聞き返すリョウヤに、静かな声で答えるタカキ。その様子に恐怖を覚えたアマネは、彼の名を口にするのが精一杯だった。

「な、何、言ってやがる……」
「確かに俺はお前の言う通り鈍亀だ。だから俺の事は幾らでも好きなだけ言えよ。だけどな……アマネやハルカ隊長を侮辱する事は……戦闘部隊を侮辱する事だけは許せねえ……」
「ヤ、ヤベエ……マジだぜ、タカキ」

リョウヤの問い掛けなど耳に入らない様子で、淡々としゃべり続けるタカキ。シンラもアマネと同じく、タカキの静かさにただならぬ物を感じていた。よろよろと立ち上がるリョウヤ。

「じょ、上等だぜ……この、チキン野郎が……」
「……叩きのめしてやる……オラァァァッ!」

タカキの雄叫びを合図に、二人は激突した!

「やッ、やめろよお前らッ!こりゃ大変だッ!!」
「いやーッ、やめてッ!誰か二人を止めてッ!!」

慌てふためくシンラと絶叫するアマネの声を最初に聞き付けたのは、たまたま近くを通り掛かった防衛部隊のアシュラとアリサだった。

「へえー……こいつは又、面白い組み合わせだな」
「リョウヤとタカキがやりあってんの!?凄いじゃんッ!」
「アシュラ!アリサ!お願いッ!早く止めてよッ!!」

スポーツ観戦気分の二人に取りすがり、必死の形相でアマネは懇願したが

「放っとけよアマネ、気が済むまでやらせておけばいいさ」
「そうそう!こんなレアな対戦、滅多に見れないんだし」

「冗談じゃねえよ!リョウヤはともかく、タカキはシャレにならねえんだって!!ダイガードショックなんかブチかましたらどうすんだよ!?」

呑気な様子のアシュラとアリサは、まともに取り合ってくれない。そんな二人に向かって、真剣な表情で訴えるシンラ――彼は、普段は温厚なタカキがキレた時の恐ろしさに思い至っていたのだが……

そんなシンラの心中など察する事もなく、野次馬がどんどん集まって来る。その騒ぎは、整備区画でサーベイヤーランドを修理しているマツリやアヤオリ達の耳にも届いていた。

「……一体何処のおバカさんだ?真面目に職務に従事する、模範的勤労者の気も知らずに騒いでやがるのは」
「ちょっと待って下さいね……えーと……け、喧嘩だ!?リョウヤ君と……嘘……タ、タカキ君が!?」

サーベイヤーランドのシャーシ下に潜り込んでいるマツリのボヤキを耳にして、様子を伺ったアヤオリだったが……思いも掛けない光景にショックを受け、命の次に大事な工具を落とす有様だった。

「鈍亀はッ!手足を引っ込めてろやッ!!」
「その腐れ口ッ!聞けなくしてやるッ!!」

お互いボコボコの顔になりながらも、一歩も譲らないリョウヤとタカキ。当初は誰もが、喧嘩慣れしたリョウヤの圧勝で終わると思っていたが、意外とタカキは良く堪えていた。彼は、リョウヤが繰り出す攻撃を敢えて受け止め、そこで反撃をくらわす方法で闘っていたのだ――敏捷性に勝るリョウヤに攻撃を当てるには、それしか方法が無かった。

もしシンラが危惧した様に、タカキがダイガードショック――胸部から破壊光線を放つ、ミクロマンコマンドの必殺技――を使用したなら、勝負は文字通り一発でケリが付いたかもしれない。だが、相手のリョウヤがそういった技を持たないレスキュー隊員であるのを判っているせいか、それを使う事だけはしなかった。確かにタカキはキレていたが、それはあくまで敵意であって、殺意には至っていなかったのだ――もっとも、それがいつ豹変するかは、定かでは無いが。

「何やってんだリョウヤッ!さっさとタカキをねじ伏せろよッ!!」
「いいぞタカキッ!その調子でリョウヤをノシちまえッ!!」

二人を取り囲む野次馬の隊員達も、最近の状況――エリュシオンの出現、原因不明の電波障害、謎の敵を含めた敵対勢力の出現――で鬱蒼とした気分を晴らそうとばかりに、彼らの喧嘩にエキサイトしていたが……突然、物見の壁をこじ開けて、二人の男が飛び込んできた。

「リョウヤ!何をやってる、バカ者がッ!!」
「タカキ!やめるんだ!!」

乱入してきた二人――それは騒ぎを聞き付けて、格納庫に下りてきたダイチとハルカだ。彼らは素早く自身の部下の背後に回ると、渾身の力で羽交い締めして、どうにか引き離す事に成功したが……

「邪魔すんじゃねえオッサン!先に仕掛けてきたのはタカキの方だッ!!」
「離して下さいハルカ隊長!隊長達を侮辱したアイツだけは許せないんですッ!!」

そう叫んで抗う、リミッターの外れた二人の若い力の前には、流石のダイチとハルカも押さえ続ける事が困難になっていた。そこに、なみなみと水をたたえたバケツを持ったアサナギが現れた。

「全く……どうしてウチには、馬鹿な人が多いのかしら……」
「アサナギ、その水は掃除にでも使えばいいよ、もったいないからさ……ダイチ、ハルカ、二人を離すんだ」

アサナギの肩に手を置いて引き下がらせると、入れ代わりに入ってきたのは……ジクウだった。

「司令!?し、しかし……」
「……よろしいんですか?」

ジクウの言葉に、ダイチとハルカは驚きを隠せなかったが、平然とした様子でジクウは続ける。

「こう言う事はさ、中途半端に終わらせて恨みツラミ残すより、徹底的にやった方がいいんだよ……リョウヤ、タカキ、外に出ろ。俺が見ててやるから思いっきりやれよ、どちらかが息の根止める迄な……何なら、ここにある武器やマシン使ってもいいぞ、俺が許可する。勝った奴の罪は問わないし、負けた奴の事は訓練中に名誉の事故死を遂げたって本部に報告してやるからさ……心配せずドンと行け!」

鋭く冷たい眼をしてジクウがそう言うと、誰もが息を飲み、その場は静まり返った。特に、タカキを除いた戦後世代にとって、初めて目の当たりにした彼の冷酷さはショックだったに違いない。ジクウの言葉に異常さを感じたリョウヤとタカキは、思わず戸惑いを口にしていた。

「あ……頭おかしいんじゃねえのか……」
「司令……そんな……」
「ひょっとして冗談だと思ってる?俺はここの司令官、つまり最高責任者だよ。俺がいいって言えば、何してもいいんだって……さぁ、始めた、始めた」
「……」

ジクウの真意を掴めず、彼が恐ろしくなって、黙りこくってしまったリョウヤとタカキ。そんな二人に、ジクウは尚も突っ掛かる。

「何なら俺とやる?俺は手加減しないよ。もちろんお前さん達は素手で、俺はマシーンZに乗ってだけどね」
「そ、そりゃねえだろ!」
「無茶苦茶ですよ!」

流石にその条件は飲めないとばかりに、ジクウに反発するリョウヤとタカキ。二人に向かって大きく頷くと、ジクウは続けた。

「そう言う事さ。喧嘩や戦争なんて、やってる当人達は真面目かも知れないけど、端から見れば理不尽だったり不条理だったりするんだよ……まぁ若いんだし、喧嘩の一つや二つ位やってもいいけど、自分の中に冷めた部分も残しとかなきゃね……顔真っ青にしてガタガタ震えてるアマネや、わざわざ痛い思いして野次馬を楽しませてる自分達の道化振りに、気付いてなかっただろ?」
「……」

ジクウの言葉に、リョウヤとタカキは声が無かった。片やジクウも、戦後世代の前で柄にも無く熱弁を振るった事に気付き、頭を掻いてボヤいた。

「やれやれ、ちょっと喋り過ぎたよ……こりゃ、〔らしく〕なかったねぇ……まぁ、とにかく……治療が済んだら、ビャクヤとかアサナギとかにお礼言っとくんだよ。それじゃ……」

そう言ってそそくさとその場を去ろうとしたジクウの胸に、いきなり誰かが飛び込んでぶつかった。その両肩に手を掛けて引き離すと、それはメインオペレータのアゲハだった――額に汗を浮かべ、眼を潤ませ、唇を震わせている。

「ジ、ジクウ司令ッ!大変ですッ!!」
「どしたアゲハ?喧嘩なら、ほらこの通り……」
「い、いえ、そんな事では無くて……実は……名古屋支部から……緊急連絡が……」

顔面蒼白で取り乱したアゲハに嫌な予感を覚えた物の、顔には出さず、静かな声でジクウは尋ねた。

「今度は……何だって?」
「そ、それが……ここでは……」
「いいよ、遅かれ早かれ、皆にも知らせるんだし……ここで教えてくれ」

アゲハが口ごもる様子を見て、自身の予感が当たっているらしい事を恨めしく思いながら、ジクウは彼女に先を促した。

「は、はい……名古屋支部に入った情報に拠ると……富士本部と幾つかの支部が……敵対勢力の攻撃を受けて……壊滅したとの事ですッ!」

アゲハの発した言葉の意味を、誰もがすぐに理解出来なかった。そのショックから覚める間も与えず、彼女は続ける。

「ただ、現段階では裏付けが取れず、信憑性に欠ける為……名古屋支部としては、未確認情報扱いとしているそうです……何分、通信障害はまだ解消していませんので……」
ジクウは、どうにか浮かんだ疑問をアゲハに尋ねた。

「発信は何処から?……或いは誰から?」
「はい……発信者はスパイマジシャン・デビッドと名乗ったのですが、すぐに通信が切れてしまった為、確認は取れなかったそうです……尚、後で録音データと登録音紋データを照合した所、本人と一致したとの事ですが……」
「……そうか」

そこ迄言ったアゲハがゆっくりと息を付くのを見たジクウは、彼女の報告が終わった事を知った。自身も一息付いて顔を上げると、周りの部下達を一通り眺めながら話した。

「皆、聞いた通りだ。すぐに正式発表と指示は出すけど、取り敢えずそれぞれの部署に戻ってくれ。お祭りはもう終わりだよ……」
皆が余りにも同じ表情をしていたので、まるでここはマネキン置き場の様だと、ジクウは思った。

-コーカサス基地内-
数刻後……ジクウは司令部の正式発表を、前回の電波障害の時とは異なり、直接――そう、基地内放送では無く、自らが直接各部隊に出向いて隊員達の前に立ち、一人一人の顔を見ながら行なった。それは元々、アレク達の事を説明する為に予定していた事ではあったのだが、最高責任者としてきちんと表に立とうと言う、ジクウなりの考えだった。

もちろんジクウだけに、発表原稿は作成せず、自身の言葉――彼はスピーチが短い事で有名だったが、それはシンプルイズベターであり、簡潔ながらも上手く要点を押さえていた――で発表した。各部隊で口にした内容は、微妙に異なった言い回しだったが、おおむねは次の通りだ。

「本部の壊滅等の情報は、残念ながら現時点では裏付けが取れない為、未確認情報扱いとするが……今後新しい情報が入り次第、必ず発表するので注意して欲しい。又、コーカサスの体制は電波障害発生時の物を変わらず継続し、引き続きエリュシオンの監視と行動抑制に当たる」

実際、名古屋支部や監察官から何も指示は無く、ジクウと幹部達は現状維持のままで行くしかないだろうと判断した。それは、本部等の壊滅が誤報であると言う希望も持っていたからだが――残念ながらそれは、絶望で終わってしまう事になる。

「今回コーカサスに訪れたお客さんは、宇宙全域に活動拠点を広げているフードマンファミリーの一派で、自身が戦災難民であったにも関わらず、謎の敵対勢力からサーベイヤーランドを救い、我々に好意を持って接触してくれた。コーカサスは彼らを歓迎し、大事なゲストとして丁重に扱う。よって、手段や大小を問わず誹謗中傷や迫害等、彼らの権利や名誉を傷つける者に対しては、司令官自らが、考えうる最大の厳罰を持って臨む物とする。又、彼らは戦災の後遺症が癒し切れていないので、親身になって接して欲しい。間違っても、過去の詮索や質問等しないように」

アレク達がフードマン一派であると言う経歴は、ジクウがその場しのぎに考え付いた、口からデマカセだったのだが――意外にもそれが的を得ていた事を知るのは、先の話である。

-コーカサス内・アレク達の部屋-
「まぁ、そんな訳で……色々と不便を掛けちゃいますが、どうかお願いしますね」

最後にアレク達の元を訪れたジクウは、隊員達に話したのと同じ事を彼らに伝え、頭を下げた。〔フードマン一派〕云々を口にした瞬間、アレク達の表情に戸惑いの色が浮かんだ様な気もしたが――それは、ジクウの期待と思い込みがそう思わせただけかも知れなかった。まだ、早いか――ジクウがそう考えた時、ぽつりと口を開いたのはアレクだった。

「あ、あの……ジクウさん……」
「はい?」

一層真面目な表情で呼び掛けてくるアレクに向かって、気の無い風を装って返事をしたジクウだったが――胸の内に沸き起こる好奇心は、否定出来ない。彼の心を知ってか知らずか、何かを決意した表情で、アレクは呟いた。

「プロフェッサー……Kは……」
「アレクッ!?貴様ッ!!」

その刹那、トルネードに胸ぐらを掴まれたアレクは、まるで獲物かトロフィーの様に高々と持ち上げられた!その痛々しい姿に、グスタフとサーシャの悲鳴がかぶさる。

「トルネード兄ちゃんッ!」
「やめてッ、トルネード!」

そしてこの事態を悪化させない為にも、温厚なアレクが謝意を口にする事を、仲間達は今迄同様に疑わず、息を呑んで待った。だが、アレクは……恒星のコロナを凝縮したような瞳でトルネードを睨みかえし、言い放ったのだ!

「殴りたければ殴れッ、トルネード!それでも僕は、僕に許された範囲を見極めて……自分の言葉で、ジクウさんに伝えたい事があるんだッ!!」
「アレク、お前……トルネード、離してやってくれよ」

普段のアレクが見せない、熱く猛々しい一面をよく知るコーネフは……睨み合う二人の側に歩み寄り、トルネードの肩に手を掛けると、静かな、だが深い声で語り掛けた。やがて、アレクの両足は再び床を踏み締め、トルネードは彼を掴んでいた腕を軽く一振りして、忌ま忌まし気に呟いた。

「チッ……勝手にしろ」
それだけ言って、部屋を出て行くトルネード。片やアレクは、苦しそうにスーツの襟元を引いて緩めながら、弱々しい笑顔をジクウに向けた。

「ジクウさん、お騒がせしました……実は……プロフェッサーKと言う人物がいます……この星の人で、かけがえの無い、僕達の協力者ですが……」
「……はい」
「彼は、恐らくあなたもご存知の人物です……そして、彼は多くの敵――同じこの星に生を受けながら、無理解で無関心な人達も含めて――と戦い続けています……今はまだ、明かせない事が多過ぎますが……彼は……」

静かな表情で聞き入るジクウに対し、アレクは必死に言葉を選び、探しながら語り続けたが……彼が使いうる言葉の泉は、すぐに干上がってしまった様だった。それでも何とかして、想いを伝えようと苦しむアレク……ジクウはそんな彼に近寄ると、そっと肩に手を掛けて話し掛けた。

「アレクさん、もうそれだけで十分です、ありがとう」
「……ジクウさん」

自身の無力感に歯痒さを覚えるアレクを見つめ、ジクウは心に決めた――俺は、この若者達を好きになろう、愛すべき親友や部下達と同じ様に。

「私はこの通り、甲斐性の無い男ですが……あなた達のご好意に少しでも答えられる様に、出来る限りの事はさせて貰います。何かあったら遠慮無く呼んで下さい、それじゃ……」
それだけ言うと、アレクの肩を軽く叩いて、ジクウは部屋を後にした。

-コーカサス医務室-
リョウヤと無様な取っ組み合いを演じ、ジクウが言う所の名誉の負傷を負ったタカキは、医務室で手当てを受けていた。もし、それに当たっているのが、復任した――いや、正確には新たに設けられた医療班班長に着任した――ビャクヤであれば、人当たりのいい性格でもあるし、同じ男として気持ちを判ってくれるかも知れなかったから、多少は心慰められもしただろうが……

「……」
「イテッ……い、いや、大丈夫……」
「……」
「イテテッ……ま、まぁ、自業自得って奴だし、仕方無い……イテテテッ!」

残念ながら、タカキの手当てを行なっていたのは――色白の陶器人形の様な顔だちで、表情も乏しく、他人にくだけた所を見せない、アサナギだった。

『アンさんが来てた時に、ケガしてればなぁ……いや、百歩譲って、アケボノ副司令補佐か、アワユキ隊長補佐が手当てしてくれてたら……イテッ……』
そんな罰当たりな事を考えるタカキではあったが、別に彼はアサナギを嫌っている訳では無く――ただ、苦手なだけだったのだ。

『せめて、世間話位でも出来りゃいいんだけど、すぐ会話が止まっちゃうんだよなぁ……こっちもこっちなりに、色々考えて話掛けてるのに……イテテッ……』

だが、それは自分に包容力が無い為に、アサナギが心を開いてくれないからかもしれない。そんな事を考えると、マツリの快活さや、ジクウの無神経さ(?)が羨ましく感じられ、自身の蒼さを痛感するタカキだった――いつかは自分も、彼らの様な〔色〕を手に入れる事が出来るのだろうか……

『にしても……全く、ウチの小娘ドモは……』
そして、今のタカキを悩ませるのは、目の前のアサナギだけでは無かったのだ。

「ホントにタカキは大人げないんだから……バカみたい……」

それは――彼の後ろ、壁際のパイプ椅子に座ってブツブツ愚痴っている、アマネだった。タカキが丁重にお断りしたにも関わらず、彼女は無理矢理、付添人顔で医務室に付いてきていたのだ。もっともアマネにしてみれば、彼女なりに責任を感じ、心配しての行為だったのだが――タカキからすれば知った事では無く、彼女の方に向き直り、思わず言い返さずにはいられない。

「悪かったな、バカで……そういうアマネだって、アイツらに食って掛かろうとしてた癖に……よく言うぜ!」
「な、何よ!……あ、あたしは……しようとしただけよ……」

「いいや!俺が止めてなかったら、ダイコン脚の豪快なケリが奴らをブッ飛ばしてたのは確実だぜ!」

相も変わらず意地っ張りで可愛げの無いアマネに、ムカついたタカキは――彼女にのされたマツリの惨劇も忘れて、過激な事を口走ってしまった。その喧嘩腰に、タカキに対する労りの気持ちも吹っ飛んだアマネが、立ち上がって噛み付く。

「だッ、誰がダイコン脚ですって!?鈍亀タカキはねッ、甲羅の下で大人しく居眠りでもしてればいいのよッ!」
「なッ、何だとッ!?アマネこそッ、その重くて硬そうなデカい尻でタクアンでも漬けてやがれッ!」

聞くに堪えない罵詈雑言をぶつけ合い、今すぐにでも掴み掛からんばかりのアマネとタカキ。その時……

<ガタッ!>
傷薬と湿布を手にしたまま、アサナギが立ち上がった。だが、表情は変わらぬままの彼女の様子に、ギョッとした顔で凍りついたタカキとアマネに向かい、アサナギは口を開いた。

「騒ぐなら、今すぐ出て行って……さもないと……バケツの水をお見舞いするわよ……」
エリュシオンの出現時、アシュラとアリサに文字通り〔降り掛かった〕話は、タカキやアマネも伝え聞いて知る所だった。それに、ジクウの制止が無ければ、タカキとリョウヤの時にも間違いなく再現されていた事だろう。

「……ゴ、ゴメン」
声を合わせて謝りつつ、タカキとアマネは厳粛な面持ちで席に着いた。タカキが座るや否や、早速手当てを再開しつつ、誰に聞かせるでもなく呟くアサナギ。

「……どうしてウチには、バカな人ばっかり……」
「だ、だから……ゴメンって……」

いつもと違って自身の想いを吐露するアサナギを意外に思いつつ、タカキが重ねて謝ると……彼女は伏せていた顔を上げ、タカキの瞳をじっと見つめた。外界から閉ざされた森の奥に佇む、深く澄んだ湖の様なアサナギの瞳――その瞳に惹き付けられ、身じろぎ一つ出来ないタカキ――そして、美の女神に愛された彫刻家が彫り上げた様なアサナギの唇が、囁く様に声を紡ぎ出した。

「……ただ謝るだけなら、子供だって出来るわ……この傷薬一つだって……アリアケ隊長補佐が苦心して、名古屋支部から調達してるのよ……」
アサナギの意外な言葉で現実に引き戻されたタカキは、眠りから覚めた様な気の抜けた声で、問い返していた。

「……え?」
「……幾ら手続き上は問題無くても……貰う物だけ貰って、〔はいサヨナラ〕って訳には行かないでしょ……ウチの仕事を後回しにしてでも、名古屋支部の作業を手伝ったり……ミーティング――それは建前で、食事会や飲み会だけど――そう言う物も断らずに、付き合わないといけないわ……急に声が掛かったとしても……」

「……」
タカキの眼から瞳を外し、手にした傷薬を見つめながら、アサナギは淡々と話し続ける。予想だにしなかった事の成り行きに、タカキとアマネは、返す言葉が無い。

「……医薬品はあたしの管轄だから、一緒に行きますって言うんだけど……アリアケ隊長補佐は、あたしが人付き合いとかお酒が苦手なの知ってるから……任せておいてって、いつも優しく答えるのよ……あの人だって、お酒強くないのに……」
「……アリアケ隊長補佐が……そうなんだ……」

アサナギの言葉を聞いて、アマネは自分が恥ずかしかった。おっとりしたアリアケに対して、悪意は無くとも、茶化す気持ちを持つ戦後世代もいるのだが……

アマネも、コーカサス購買部の古ぼけたレジスター前に座り、ニコニコ顔で一時のお茶と読書を楽しむアリアケを見て、煙草屋か駄菓子屋のお婆さんみたいだと評して仲間と笑った事があったのだ。他人の上辺しか見ず、それをからかって喜んでいた自分を恥じ入るアマネを見つめ、アサナギは小さなため息を吐いた後で呟いた。

「……あなた達が戦闘で傷付くのは仕方ないわ……それは責務だから……だけど、痴話喧嘩みたいなどうしようも無い事……しないで済む事は、やめて欲しいのよ……」
今はもう、傷の痛みよりも心の痛みの方が辛い。タカキは頭を下げ、ただ、胸の内を言葉にするしか無かった。目の前のアサナギと、この場にいないアリアケに向かって

「ゴメン……本当にゴメン!」

-コーカサス救助部隊詰め所-
無様な取っ組み合いを演じ、名誉の負傷を負ったもう一人の雄であるリョウヤ。彼は、救助部隊詰め所で治療を受けていたが……治療の痛みに多少は耐えていたタカキとは違い、人目もはばからずに声を上げていた。

「イテテッ!もうチョイ優しくやってくれよッ、アネゴ!」
「あら?天下無敵のリョウヤ様は、これしきの事で音を上げる様な脆弱さとは、無縁でしょ?」

そんなリョウヤに対してサラッと皮肉をぶつけるのは、彼の上官である救助部隊隊長補佐のアサヒだ。タカキとリョウヤを引き離して治療したのは、喧嘩の第二ラウンドが開始される事を憂慮した判断であったが――リョウヤの治療を彼の天敵(?)であるアサヒに行わせたのは、絶妙な判断と言えたであろう。案の定、彼女に向かって正面切っての不平は漏らせず、愚痴をこぼすリョウヤだった。

「チェッ、何だよ……レスキューの癖に、労わりの無えアネゴだなッ……」
「あのねー、おバカな人を労わるレスキューなんて、銀河系中探したっていないのよー、リョウヤ君ー?」

イジケきった様子のリョウヤに追い討ちを掛ける、甘く舌っ足らずな声――それは、こちらもリョウヤの天敵(!)である、同僚のアンミツの物だったが――流石に彼女に対しては、リョウヤも黙ってはいない。

「なッ、何でお前にそこ迄言われなきゃ……っていうか、何でここにいるんだよ、姫ッ!」
「だってー、ここは救助部隊詰め所だからー、当然でしょー?」
「……」

しかし結局の所は、いつも通りに丸め込まれてしまうのだった。リョウヤ自身は意識していないのだが、乱暴な行いが目に付く彼も、女性に対しては一度も手を上げた事は無い――それに関しては、彼の上官であるダイチやアサヒを始めとするコーカサスの幹部達も認めており、彼の数少ない美点と言えただろう。黙りこくったリョウヤに、出来の悪いクラスメートに呆れる学級委員の様な顔をして、アンミツは諭す。

「大体ねえー、自分から進んで〔負け戦〕に挑むなんてー……リョウヤ君、まだ〔匹夫の勇〕が判ってないでしょー?」
「まッ、負け戦だとッ!?バカ言うなッ!オッサン達の邪魔が入ってうやむやになっちまったけどよ、俺の方が圧倒的に優勢だったのは間違いねえぜッ!!」

アンミツの〔言い掛かり〕に激怒したリョウヤは、剥きになってまくし立てるが、彼女はその怒気に怯む様子も見せず、真剣で透き通った表情をしていた。

「リョウヤ君は、アマネちゃんやハルカ隊長や戦闘部隊の皆を侮辱したのよ?それに対してタカキ君が怒ったのは、人として当然の事だわ」
「な、何言ってんだ……」
アンミツの声からいつもの舌っ足らずさが消えている事に、リョウヤは気付いた。これは、あの時と同じ展開だ……

「だからリョウヤ君は、タカキ君の拳を黙って受けなければいけなかったのよ?でも、リョウヤ君は反撃したわ。これが〔負け戦〕じゃなくて、一体何なのよ?」
「う、売られた喧嘩はよッ!か、買うって言うのが、筋ってもんだろが……」

アンミツの言葉に逆らえない何かを感じつつも、その理屈だけは飲めないと、抗うリョウヤ。だが……

「あたしは、アマネちゃんが羨ましいわ。侮辱された仲間の為に戦ってくれるタカキ君が、そばにいて」
「……え?」

アンミツの意外な言葉に、虚を突かれるリョウヤ。何だってこんな時に、鈍亀タカキを引き合いに出しやがるんだ。そんな事を考えて誤魔化そうとしても、彼女の言葉はリョウヤの心を侵食してくる。

「ねぇ……もし、あたしやダイチ隊長や救助部隊の皆が、誰かに侮辱されたら……リョウヤ君は戦ってくれるの?それとも……」
「そ、それは……」

そこ迄言うと口を閉ざし、リョウヤを見つめるアンミツ。彼は、その瞳が怖かった。それは、今までに見た事の無い――儚げな、悲しげな――救いを求める様な、心の奥底を覗こうとする様な――そんな瞳だったのだ。声にならない声をリョウヤが絞り出そうとした瞬間、視界の片隅に翻る掌が映り……

<バシッ!>
「……はいッ、治療お終い!」

アサヒの快活な声と掌がリョウヤの肩を打ち、彼は呪縛を解かれた。

「ウギャッ!?痛えじゃねえかよアネゴッ!何しやがんだ、このヤロ…」
「いつまでもウダウダしてんじゃないの!ほら、さっさとレスキューイーグルの点検に行った、行った!!」

言葉や表情こそ、ぶっきらぼうなアサヒだったが……今のリョウヤには彼女が、失敗をしでかした弟に苦笑しながら手を差し伸べる姉の様に見えた。だから、彼にしては稀有な事だが、自然と他人の言葉に従う気持ちになっていたのだ。

「わ、判ったよ……サ、サンキュ……アネゴ……」
「アンミツも、医薬品のチェック、宜しくね」
「はーい、判りました!」

どこか浮ついた様子で、そそくさと詰め所を出て行くリョウヤとは対照的に、アンミツはケロっとした表情で元気に返事をすると、彼の後を追った。そんな二人の姿を見送ったアサヒは、笑みを漏らして呟いた。

「フフッ……ホント、青春してるわね……」
リョウヤとアンミツの不器用な若さが、歯痒くも微笑ましくも羨ましくもある。そんなアサヒだった。

(22/12/25)

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