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2024年8月11日(日)

8月5日(月)

毎日何時間でも寝られる、ずっと夏バテぎみだ。筋トレとランニングで体力を取り戻そうと思い始めた。一年前、ふらふらになりながらハーフマラソンを完走したのが懐かしい。

8月6日(火)

ランニングした後のシャワーはなぜこんなに気持ちよいのか、湯に打たれる肌が喜ぶ。この快感のために毎日でも走ろうと気持ちは駆け出すが、急にやりすぎると怪我するから少しずつにしなさいと自らを嗜める。

自室で使ってるシェルフのブランドから取材の打診があり、八月末頃に自室の取材を受ける。予定された質問の一つに「あなたにとって、棚とは?」という内容があり、むずかしいと思いつつ、頭をひっくり返して考えている。

8月7日(水)

夕方、買い物に行くために玄関の扉を開けると、夏らしい雲を見た。空との境界を侵食しながら滑らかに形を変える様子に、撮らなければいけない気持ちにさせられ、カメラを取りに家まで戻る。

もくもくしてる

空を満たす青の美しい階調をまだうまく言葉できない。言葉にしようとする試みそのものが間違っているのだろう、それはまだ言葉にしなくてもいいものだった。

8月8日(木)

いくつかのニュースと、それについてSNSでの賛否を見た。SNSで何かが消費されるのを見る(目に入れる)ことは、消費に加担することになるのだろうか。そもそも消費する本質はあるのだろうか。目に入るあらゆるものの手前で、意識に上がらずにうっすらと消費されているのは、わたしの心だったかもしれない。

昼過ぎ、おざぶのベランダに一匹の蝉が不時着した。バタバタとした羽音の後、ジ、ジ、ジ、と暑さに消え入る鳴き声を出して静かになった。深呼吸するほどの間を置いてまた鳴き出した音は徐々に大きくなり、ジー、ジー、ジー、ジー、ジーと鳴いた後、普段の夏の音量を取り戻していた。私の残りのすべての夏で数匹ずつの蝉に出会ったとしても、生きている間に出会える蝉の総数は数十匹程度にしかならない。その簡単な計算結果はわたしの終わりにまだつながらない。

おざぶに二人の来客があり、おざバルを開いた。

おざバルには、おいしく楽しい時間が流れる

これまでの話とこれからの話を交互にして、いまの自分たちだからできそうなおもしろそうな企画が立ち上がった。形にできたら嬉しい。むーこさんのつくるプルコギが絶品だった。

8月9日(金)

ランニングをした。前回より呼吸は乱れず、体も痛くならない。近くの公園を走っていた瞬間、視界の右側には木々の翳りがあり、左側には駐車場と車があり、上には流れる雲があり、下にはばたつく両足があった。自分の書く文章や詩よりも、生きる世界の方がよほど自由だった。

紹介されたいくつかの詩を読んで、この詩は、現実的な思考と言葉を積み重ねではなく、すでにあるその人の内的な世界をなんとか現実に落として日本語の形式に直したような言葉だ、と感じた。それらの言葉には、言葉と形式から溢れるばかりの美しさがあった。

8月10日(土)

『おざぶでゆるり』に来てくれた人と、近くの居酒屋で焼き鳥を食べた。この生きづらい社会での生き残り方を話していた。何かができるようになることを前提に話したり前向きに話したりしたくないが、せめて同じ方を向いている人が近くに一人でもいるといいのだろう、家族でも友人でもパートナーでもいい。

無意識に近いところにある意図や気遣いを会話のテーブルの上に置けると、自分一人で考える以上の何かが生まれるきっかけになるのかもしれない。一人きりで考え続けるにはあまりに広い世界に生きている。

8月11日(日)

昼過ぎ、自室のベランダに置かれたユーカリ・ポポラスの丸い葉が風に揺れる。エスプレッソマシンの電源をつけて、のそのそと帰省の準備を始める。一泊したら東京に戻る予定なので、下着類と化粧品をリュックに詰めたらあとは普段の外出と同じ荷物だった。暖気運転の終わったマシンの機嫌を取りながら、エスプレッソを抽出してスチームミルクと合わせてカフェラテをつくり、一息に飲んだ。

祖母とも合流して、鰻を食べた。90歳になった祖母に「おめでとう」と直接伝えられてよかった。本当にオムプリがよく似合う。GOOD GOODSのバッグとの合わせ方もとても素敵だった。

夕食後、実家のリビングの大きめのテレビでオリンピックのハイライトを見ながら、家族と家と土地の今後について話し合う。数年前には考えられなかったことが話し合えているような気がして、少し嬉しかった。土地には土地の歴史があり、そこに根差した人の生活と人生があり、その先に未来がつながっているのだなと感じながら、道路の幅が広がるとできることやどの土地でどんなことができそうかなど、ああでもないこうでもないとやりとりしていた。


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