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【イベント】 『ビジネス、メディア、人文知の交差点』に行ってきました

初めてのNote投稿となる。

自己紹介用のNoteの下書きを準備している真っ最中だったが、鉄は熱いうちに打て、昨日足を運んだUNLEASHさん主催のイベント「ビジネス、メディア、人文知の交差点」について、その内容と僕の思うことを綴りたい。(とはいえ約2時間に及んだ熱い議論を全て文字に起こすのは骨の折れる作業なので、かい摘んで...)

ゲストの桂大介さんと最所あさみさんがお話を始める前、アイスブレイクとして自分の周りの方とご挨拶をする時間があった。僕は「海外大学に通う留学生です」とその場で述べたが、周りにはメディアに精通する方達ばかりで、僕は場違いなのでは...と尻込みしたところからスタート(補足のようですが最後まで楽しくお話を聞くことができました)

①「人文知」とは何か

そもそも今回のテーマである「人文知」という言葉に慣れ親しみがないかもしれないが、端的に言えば"Liberal Arts"、つまり哲学や社会といった「人生をどう生きるか」を考える教養のことを指す。リベラルアーツとは、古来ローマの自由七科(文法、修辞、弁証、算術、幾何、天文、音楽)に由来し、自由人として生きるための学問とも言える。

昨今、インターネット時代のメディアは「万人受け」する記事を書き、いかに幅広く読者の関心を得るか、その『読みやすさ』に力点が置かれがちだ。これは誰もが気軽に情報を発信でき、また誰もが気軽に情報を得ることができる、垣根のないインターネットならではの特性と言えよう。

だが逆を言えば、これでは読む側の知性が育たないのも事実だ(ex.論文)

では人々が情報を得るとき、何が指標になるのだろうか?という所に話は移る。恐らく多くの人は、情報の「評価」ではなく、「評判」に目を向けがちなのではないだろうか?(つまりそのモノ本来の価値に目を向けるのではなく、例えば〇〇さんがオススメしているから!いいねが多いから!という他者評価を頼りにしているということ)

ビジネス業界でも「売れるモノが正しい」という風潮が流れている。日本で分かりやすい例で言えばiPhone。電車の中を見渡せば大体の人がApple製品を使っている。

共感性が高いことは危険、なぜなら暴走しかねないからだ」と最所さんは繰り返し仰っていた。

現代人は溢れかえる情報に流され盲信していることをまずは自覚しなければならない。

②現代人は"Picky"である

読者の知の質を向上が求められている。桂さんの言葉をお借りすると「文春砲が世間にヒットした時はその週の雑誌は増刷される。だが昔はそんなことはなかった。なぜなら皆んな雑誌を定期購読していたからだ」

別の比喩として週刊少年ジャンプの話もあったが、自分の気になる2~3個の漫画以外にも、せっかくジャンプ買ったし新連載も読んでみるか、となった経験を皆さんもお持ちだろう。

ここで何が言いたいかというと、情報の選り好み(雑誌の例ならば『指名買い』)している限り読者が育たないのだ。なぜなら自分の知らない世界や情報に触れる機会がないので、自分と全く違う思想や文化を持つ人と意見交換どころか知り合う接点すらない持ち得ないからだ。

 Googleのフィルターバブルをご存知だろうか? 同じキーワードで検索をかけた際、個人の過去の検索の嗜好から、検索アルゴリズムがユーザーが好む情報のみを表示するというものだ。極端な例で言えば、右寄りの思想を持つ人に左の主張が目に入らないようになる。

TLに流れてくる情報だけが「世界」ではない。まずは我々がある事象に対して多角的に問題を捉えるよう常に意識しなければならない。

③「赤」と「青」だけが世界ではない

最後に。コンテンツを有料にして敷居を上げるか、色んな人の目に入るようにするために無料にするかの「分断」問題の話があった。

有料にすれば読者の敷居が上がるが、意識的に情報を得ようとする人や書き手に似たマインドを持つ人が多く集まるので、違う意見の人がフィルタリングされてしまう。

だが無料にすれば言わずもがな「燃えやすさ(炎上のしやすさ)」から目を背けることはできない。そもそも炎上している現場の多くはレイヤーのズレから生じるもので、有益な意見交換会にはならないのが現状だ。

最所さんはこれに対し「バランス」という言葉を使い、デザインを齧る身として僕にはここが1番響いた箇所なのだが、グラデーションを許容することと仰っていた。(メディアを発信する方々も、言葉一つで傷つく人が生まれないかを常に意識し、強い表現をできるだけ避けるようにしているそうだ)

人は二項対立に物事を考えがちだ。良し悪しに始まり、右左、敵味方、美味しい不味いまで...それではリテラシーが育たない。

赤と青を混ぜれば紫になるのはどんなに小さな子供でも理解できる。ただ「紫」と大きくカテゴライズしても、世の中には藤色、藍色、桔梗色、紫紺...と赤と青の配分によっても様々な色がある。

(色の三原色では赤青緑の3色が基本ルールだが話が見えなくなるので2色で話を進めました)

世の中はまさに十人十色なのだ。異なる色を真っ向から否定するのではなく、時には意識を向け、その考えを受容する姿勢が求められる。

結論・要約

人文知を深めるためには、偶発性(新しいアイデアに出会う偶然な機会)を増やす必要がある。だが、入り口は偶発的な出会いでも出口では考える習慣が必要だ。具体的には得た情報を鵜呑みにするのではなく、Critical Thining(批判精神)をして問題の真髄を突く癖をつけていくことで、ビジネスならば既存のものから新しいものを生み出していく創造性が徐々についていく。また人生においても人文知をつけていくことで多様な世界観を手にし、「本当の自分」と巡り会えるのではないだろうか。

Kazu

【編集後記】

まずはUNLEASHさん、モデレーターのモリジュンヤさん、そしてゲストの桂大介さん、最所あさみさん、ありがとうございました。こういったイベントに参加するのは初めてだったのですが、あっという間の2時間でした。大変勉強になりました、楽しかったです。

初めてのNoteでどれぐらいの方がこれに目を通して下さるかわからず不安もありますが投稿させていただきました。言葉に落とし込むのが上手くないので伝わりにくい部分も多々あるかと思いますが、イベントに足を運ばれた方や読んで下さった方と感想・意見をシェアできたら嬉しいです。

またこのNoteを皮切りに語学やプログラミング、若者のライフスタイルといった情報を随時発信していく予定です。もしよろしければTwitterやこのNoteをフォローしていただければ幸いです。

#unleash_event



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