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粕汁とほろ苦い記憶

雪がひらほらと降ってきた。

寒さが体の芯まで浸透してくる。

温っまろう。何か温まるもの作ろう。

そう思って、この季節に限って作るのは粕汁。大根と人参とこんにゃく、油揚げに…キノコも入れて、そして鮭。

私はお酒にそれほど強くない。雰囲気や飲んで楽しそうな人を見るのは好きなのだけれど、飲めばたちまち顔がカーッと赤くなって、しばらくすると体中がガチガチになってしまい、普段の体に戻るまでに数日かかる。だから、飲んでもコップ一杯。それで終了。これで、十分いい気分。粕汁のほのかに香るお酒の香りくらいなら全然大丈夫。むしろ、それが実に心地がいい。日本酒をクイッと飲み干し「五臓六腑にしみ渡るねえ」などと言ってるおじ様たちのように、体の奥の方へと染み渡り、芯からポカポカするのを体験できるからだ。

小さい頃は、逆にそのお酒の香りと鮭の組み合わせが苦手で、あまり好きではなかった。でも、週末になると遊び行った母の実家では、おじいちゃんのリクエストで粕汁が出てくることが多かった。おじいちゃんもお酒はあんまり飲まなかったが、大好物だったのだ。

おじいちゃんは山陰の代々漁師の家の長男だったが、漁師にはならず医者を目指した。後の戦争の時には軍医で、戦争が終わった時多くの人が敬礼する中、勲章を胸に戻ったらしい。とても驚いたと、その様子を叔母が良く話していた。曲がった事は嫌いで頑固、堅物な人で怒るとそれはそれは怖かったと聞く。私はおじいちゃんにとっては初孫ではなかったのに、とにかく可愛がられた。自分で言うのもおかしいけれど。なので、優しい印象しかない。…が、一度だけ怒られたことがある。妹が生まれると、おじいちゃんの愛情はあからさまに妹へ移ってしまい、寂しくなった私がしつこく抱っこを願ったのだ。その時一度だけ怒られたことがある。「怒るとそれはそれは怖い」を小さいながらに垣間見た一瞬だ。今までのおじいちゃんとは別人…と固まったのを覚えている。今考えると、いい年した大人があからさまに愛情が移るって…しかも孫だぞ…と突っ込みたくなるけど、それもおじいちゃんらしい。感情の起伏が激しい人だった。晩年おばあちゃんとよく喧嘩していたのを覚えているが、兎に角激しかった。それでも、私はおじいちゃんが大好きだったな。

粕汁を食べると、おじいちゃんを思い出す。山陰の冬は寒い。おじいちゃんも昔々、鮭の入った粕汁で温ったまったのかな。小さい頃は好きじゃなかった粕汁が今は度々冬の献立にランクインするメニューになった。たった一度、偉く怒られてピクンッとなった記憶と共におじいちゃんを思い出す。


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