❽ガーン!共同通信社、断念!

   新潮社と共同通信社に応募することにして、さらにテレビ局のTBSにも応募した。ここは応募者全員に社員の紹介を義務付けていたが、要するに、マスコミを希望するような者は何とかツテを探してTBS社員にたどり着くぐらいの才覚が必要ということらしかった。これも知人の知人にTBSの方がいたので、それで応募。
 あとは大手出版社2社と新聞社1社の書類選考に通った。また採用人員が多いので広告代理店の電通にも応募した。
 出版社は若干名の募集、TBSは20名程度、新聞社の記者部門はもう少し多く50名前後だったと思う。それに比べると電通は100名程度の募集で、おそらくかなりの人数が大手スポンサーや電通が関係するメディア企業の幹部の子弟達で占められるのだろうけれど、単純に他のマスコミ企業よりは採用人数が多いという理由から応募した。

 10月中にそういう準備をして、11月に始まる筆記試験の日程を待った。これがなんとも問題で、11月頭に試験日が集中するので、必ず日程が重なってしまう。せいぜい3社ぐらいしか受けられないのだ。
 僕の優先順位では、新潮社、共同通信社、TBS、あとは採用人数の多い電通と考えていた。ただ新聞社や通信社は主流が社会部や政治部、経済部というところだろうから、学芸部向きの藝大生の僕にはハードルが高いと思っていたし、地方勤務が必ずあるのも少し躊躇させた。また出版社やテレビ局の場合は、本作りや雑誌作りと番組作りの根底には共通するものがあるのではないかと思っていたが、新聞社や通信社は基本的に事件対応型だし、いずれ発表されることを事前に血眼でスクープ合戦するという記者カルチャーも果たしてどうなんだろうという気がして、優先順位は後ろかな、とも思った。
 とはいえ僕の場合、マスコミ志望とはいっても何の考えも準備もなく、ただ就職するためのマスコミ志望といういい加減な動機だったから、受かればどこでもいいと思っていたというのが実のところだった。実に情けない学生でありました。

 そして案の定、試験日程が発表になると、いくつも日程が重なった。TBSと電通は別日だったので、新潮社以外の出版社や新聞社と重なったが、そちらは受験を取りやめることにして、問題は新潮社と共同通信社が同じ日時になってしまったことだった。
 どちらも人のお世話になって応募していたのだから、とても困った。困ったといっても試験を通る保証は何もないのだからこの段階で困っても仕方ないのだが……。

 結局、迷った末に新潮社を受験することにして、共同通信社を断念することしにした。白浜仁吉郵政大臣の事務所に電話を入れて秘書の方に事情を話して謝罪し、共同通信社の西山武典常務理事には直接謝りに行った。
 西山さんは、試験日が重なってしまい新潮社を第一志望にすることにしたという僕の話を聞くと、
「そうか、それで新潮社は入れてくれるって、言ってるの?」
 一瞬、何を言われているのか分からなかった。就職試験はまだこれからなのに……。
「いえ、試験を受ける、ということなんですが……」
 西山さんはちょっと考えたような間をあけて、
「うーん、残念だなあ、……実は君にはうちに来てもらおうと思っていたんだよ。一応試験は受けてもらうけど、君は大臣の紹介もあるし、うちの倉田編集委員とも知り合いだしね」
 えっ、えっ、えっ! どういうこと!? 
 頭がパニックになった。何と答えていいのかも分からず、でも今さら「やっぱり共同通信にします」なんて言えないから、
「本当に申し訳ありません」とだけ言って辞した。

 虎ノ門の共同通信社のビルを出たときの、あの茫然自失状態の自分のことを今でもよく覚えている。「最初に言ってくれよぉ……」というのが偽らざる気持ちだった。
 共同通信社を含めてマスコミ企業はどこも何十倍、何百倍という競争率らしいことは薄々分かってきていたから、自分が受かる自信など、どんどんなくなってきていたし、もし共同通信社に入れるのならば、こんなに有り難いことはないのだ。
逃した魚は大魚だった!

 改めて考えてみると、西山さんはどういう意味でおっしゃったのだろうか。
「一応試験は受けてもらうけど」とはいえ、試験の出来が悪ければやっぱり採用されないだろうし、共同通信社と新潮社を天秤にかけて新潮社を選んだ学生に、ちょっと嫌味で言ったのかもしれない。
 いやいや、西山さんは怒っているようには見えなかった。最初に会ったときと同じように、淡々とした口調だったから、言葉通りだったのかもしれない……。
 とにかくもう悔んでも手遅れだった。
 結局、試験日程から、新潮社、TBS、電通の3社の一次試験を受けることにした。

 ちなみに一年後、新潮社の「新潮三賞受賞式パーティ」の会場で西山さんの姿を見つけて、飛んで行って挨拶した。西山さんはニコニコ微笑みながら「おっ、ちゃんと新潮社に入ってたんだな」と。

 なんだか約束を果たしたようなホッとした気持ちになったのを覚えている。


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