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絵描きである私が、絵を描くこと以上に興味のあること。

普通、人というのは生涯で何回引っ越しをするものなのでしょう?
私の場合、20回を超えたところで、カウントするのをやめました笑。

前回6歳の時にアメリカに引っ越したことはお伝えしましたが、その後もアメリカ内で2回、日本帰国してからも神奈川から名古屋へ、大学入学時には名古屋から京都へ、そして、在学中も留学を2回したため、毎年のように引っ越しを繰り返し、企業勤めをスタートしてからも転勤や転職で福岡、東京、シンガポール、と色々な地域を移動しまくりました。

なにも引っ越し自慢大会をしたいわけではなく笑、色々な地域に住み、様々な人種・年代の方と交流をした体験そのものが、私の財産になっており、それが今の自分の活動の源である、ということを伝えたいがための引っ越しエピソードです。

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私は現在、絵描きとして活動していますが、実のところ、絵を描くこと以上に、人間に興味があります。逆に言うと、自分を含めた人間という存在をよりよく知るために絵を描いていると言っても過言ではありません。

なぜか?

それは冒頭の、数々の引っ越し人生によって、「人間ってなんて不思議な生き物なのだろう」と心底疑問に思ったことから始まりました。例えば、小6の頃、アメリカから日本に戻った時の衝撃と言ったら。アメリカでは自分の意見を言うことが死ぬほど大事だったのに、日本に戻った途端、大事なのはいかに右に倣うか、そして、意見を交換し合うよりも「正解」が重んじられました。現代を生きる同じ人間なのに、国が違うだけで、こうも価値観がひっくり返るのか?とびっくりした時の感覚は、今もありありと覚えています。

(そんなわけで、アメリカ人みたいな振る舞っていたら確実に私はいじめられる、と思ったことがきっかけで、周りの人間と同じような動きをするようになるのですが、それはまた別の話。)

でも、よくよく考えてみたら、同じ親の下に育った兄弟でさえも、考え方やものの捉え方が全く違い、それもとても不思議でした。2歳年上の兄は超がつくほどの左脳人間で、論理や事実に基づいてしか話をしません。かたや私は、右脳的で感覚や目に見えないものを大事にします。なんでだろう?

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大学でイギリスに留学した時は、同じ英語を話すし、歴史を辿ればアメリカもイギリスから派生しているわけなので、同じような人種だと思っていたのですが、そこでの予想も外れます。アメリカ人のようにイージーゴーイングではなく、人との距離感は同じ島国だからか、むしろ日本人に近いように感じられました。

このように、様々な地域に住んだことで、自分と他者との違い、そして国を超えた相違に、疑問は膨らむばかり。色々な人間模様を観察し、時にその差異から衝突することを繰り返す中で、心理学の勉強を始めたのも私にとっては自然な成り行きでした。

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でも、根底にある想いは変わりません。
どれだけ育った環境が違っても、考え方や価値観が異なっても、同じ時代の地球に生まれてきた人間として、人と人は理解しあえるものだと、私は心の奥底で強く信じています。だからこそ、違いを乗り越えていきたいと思っているし、心理学という名の人間の探究をし続けています。

そして、その手立てとして、私は描いています。言葉だけでは理解の限界があると思っているから。どれだけ言葉を尽くしても、自分の意図と違う受け取り方をする人は必ず現れるし、誤解も生じます。絵というのは、言葉を超えて、よりダイレクトにそのメッセージが受け手に届く。私はそう信じています。言葉という限定的なツールよりも、普遍的なコミュニケーション方法だ、と。

絵を描く理由は、人それぞれですが、私にとってのそれは、アートを通して世界中の人とコミュニケーションを取るためです。そして、その根底にあるのは、人間を理解したい、という探究心。そんな理由から、私は今日も明日も、ずっと絵を描き続けていきます。願わくは、これを読まれているあなたとも、理解しあえる日を待ち望みながら。

*冒頭の作品タイトルは「Acceptance-違いを受け入れる勇気を-」
 違いを認めあることも、理解への第一歩につながると思っています。






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