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第二次産業育ちの娘のひとり言。

第二次産業とは、一次産業によって採取・生産された原材料を加工して価値をつくる産業のこと。第一次産業とはクラークの考案によると「農業」「林業」「漁業」「鉱業(※)」が該当し、それらによって採取・生産された原材料を、第二次産業に該当する業界が加工を行なうという仕組みです。(エン転職「転職大辞典」より)
<目次>
・ミシンを踏み踏み育った娘。
・「モノを作る」が正義。「技術」が絶対。
・「サービス」なんて信用ならん!
・イマドキ「モノ」は大事じゃない?
・娘は「作る」にしがみつく。
・「サービス」で「モノ」が動く?
・「サービス」から「ストーリー」そして「活動」の時代へ

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◆ミシンを踏み踏み育った娘。

私の両親は婦人服の縫製工場を経営していたので、小学校に上がったころには工業用ミシンの扱い方を教わって、工場のラインを手伝っていた。

何百枚ものポケット布の山、前身頃の山、後身頃の山、裏地の山、ベルト芯の山を毎日毎日追いかけて育った。

工場の従業員さんが退けた後の「お手伝い」の頃は、失敗が許されない表地などは縫わせてもらえない。ひたすら裏地の裾なら裾、脇なら脇を、ダン!!ダー!ダー!ダー!ダン!!と何十枚何百枚と繰り返した。

小学校4年の夏は印象深い。「お手伝い」から「仕事」にかわって、夏休みの決まった曜日、決まった時間に工場のラインに入るようになった。

それからずっと、大学を中退して結婚して2度目の出産後に、別業界に挑戦したくて辞めるまで、私は両親の工場を手伝って育った。

詳しくはこちら↓

◆「モノを作る」が正義。「技術」が絶対。

いつだって娘の私にできない服の部位を、私にできないレベルの品質で仕上げていく両親が最高にカッコよかった。

まだ裏地しか縫わせてもらえない小さい頃は、表地を縫い上げていく父の姿。中学の頃にはベルトのステッチを打つ私の横で、ファスナーを次々つけていく母の姿。

子どもって単純で、「できるようになる」ことそのものが楽しくてたまらない。だから、自分よりも「できる」両親が圧倒的にカッコよかった。

「技術」ってカッコいい。

そしてそれはそのまま、世にあふれる製品という製品、商品という商品を「作っているひと=カッコいい」という憧れになっていった。

娘も「作るひと」になりたい。と渇望した。

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◆「サービス」なんて信用ならん!

親が自営だと、家庭内のお金の話からは逃れられない。銀行や信金とのやりとり、生命保険のこと…実体のないモノが両親を苦しめている、とよく思った。

加えて、長年見てきた両親の「作る姿勢」と「技術」に対する信頼と憧れ。

第二次産業育ちの娘の中に「モノづくり第一主義」が育つまで、時間はかからない。実体のある「モノ」にこそ価値がある。それを作り上げた「技術」にこそ価値がある。だから、実体のない「サービス」なんて信用できない!

されど世は第三次産業の時代。

中学の社会科で産業の分類として、第一次産業、第二次産業、第三次産業を習った時、娘は切なかった。「社会が進むにつれ、産業は高度化していく」とも聞かされ、第二次産業である製造業が、まるで低次元の産業であるように思えたから。

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◆イマドキ「モノ」は大事じゃない?

3度の出産を経て、娘は自分のキャリアを考える中で思いついた。

「縫製で生きてみる?」

早速求人を探す。アルバイト、パート、フルタイム…

安い…そして拘束時間長い…探し方が悪いのかもしれないけれど、「これではやっていけない」「これではモチベーションが保てない」と感じた。イマドキ「技術」は売れないのか。

そして生まれる違和感。「作る」が軽視されていないか?

みんな「作られたモノ」に頼って生きているのに、それを作る「技術」は売れない。「モノ」も大切にされていない。だからどちらも高く売れない。

今高く売れるのは「時間」と「体験」。「サービス」だけが伸びていく。

第二次産業が置いてけぼりを食らっている…理不尽…急速に膨れ上がる怒り。

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◆娘は「作る」にしがみつく。

キャリアを迷いながら迷走しながら、娘はたまたま見つけたライター発掘サイトでコラム執筆を始めた。怒りそのままに「作る」をテーマの記事を書いていった。

「麓はライター向いていると思うよ」と言い続けてくれたのは、高校からの親友。彼女が背中を押して、押し続けてくれていなければ、今の私はない。

書きながら娘は迷う。「私は何をしているんだ?何を作り出せているんだ?何も作り出せていないじゃないか」「モノづくり第一主義」が首を絞める。

苦し紛れに娘は思った。私は文章を「作って」いるんだ。

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◆「サービス」で「モノ」が動く?

「モノづくり第一主義」に首を絞められながら、娘はライター活動を続けてきた。コラム執筆からイベントレポート、イベント取材、インタビュー記事とスキルアップ。

取材や打ち合わせが増えたので、さすがに自力散髪のショートヘアが気になって、美容室を利用するようになった。初めてのホットペッパービューティーで予約。「モノ」と対極にあるリクルートは大の苦手だったのだけど。

美容室を繰り返し使うようになり、そのたびにホットペッパービューティーを活用するようになり、娘はリクルートが台頭した理由をあやふやながら理解する。

情報提供という「サービス」で「ヒト」が動く。ヒトが動けば「お金」が動く。お金が動けば「モノ」を動かせる。それも「より良いモノ」を。「モノ」は「技術」を連れてくる。

そっか、第三次産業もちゃんと大切なんだ。意味があるんだ。敵じゃない。

願わくば、「モノを作るひと」と「作られたモノ」が報われる世界になりますように。

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◆「サービス」から「ストーリー」そして「活動」の時代へ

娘の感覚では、物心ついて以来30年間は確実に「サービスの時代」だったと感じる。社会の「モノ」を動かしてきたのは「サービス」。

ここ3年ほどで変化を感じる。「モノ」も「お金」も「サービス」では動かせなくなってきた。今社会を動かしているのは「ストーリー」だ。

行動する誰かの想い。作るひとの想い。技術を積み上げた年月の想い。製品の裏側にある想い。それらが詰まった「血の通った物語(ストーリー)」が社会を動かし始めている。

私はずっと、「モノを作るひと」と「作られたモノ」が報われるといいな、と思って生きてきた。子どもたちを生んで、「ひとの想い」が報われるといいな、という思いも強くなった。

だから、母になった娘はライター活動を続けている。文章は「想いを伝える手段」だから。文章は「ストーリー」だから。

ひとも、モノも、技術も、想いも…全部全部報われるためには、それらひとつ一つの「ストーリー」がもっともっと語られなければならない。「ストーリーの裏側」の「行動」、つまり「活動」が熱くなければならない。

そんな時代が今だ。

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社会を動かす力は「サービス」から「ストーリー」へ、そして「活動」の時代へと移り変わってきたんだ。その中でちゃんと「モノ」と「技術」は生き延びている。

第二次産業は、ちゃんと生き続けている。

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