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【私自身の八重山】石垣島の百合おじさん

石垣島に住むようになって、この春分でまる十六年になりました。その間にこころに残った小さな話を、思い出した順番に書きとめて置こうと思います。

短い期間でしたが、法隆寺の近くに住んでいたことがあります。

岡山の実家をはなれて大阪の大学に進学しましたが、大学生活のさいしょの一ヶ月間だけ、奈良の叔母さんの家から大学に通学しました。

JRの法隆寺駅から関西本線に乗って天王寺駅まで行き、天王寺駅からJR大阪環状線に乗り換える、という通学ルートでした。

叔母さんの家は奈良県生駒郡斑鳩町にあります。法隆寺の近くでしたが、まわりはまったく観光地化されていなくて、ふつうの新興住宅地のようでした。閑静な、ということばがぴったりでした。

叔母さんの家から法隆寺まで続く参道には人っ子一人おらず、法隆寺の門をくぐると、素足にサフラン色の衣を身にまとったネパールかスリランカ?の僧侶らしい人がひとり伽藍にお参りする姿があるだけだった、という記憶があります。

叔母さんの家は新築の二階建てで、私のために二階の一部屋を貸してくれました。家には叔母さん、叔父さんと従兄弟の三人で住んでいましたが、人見知りな私は食事の時間いがいは自分の部屋に籠もったまま時間をもて余していました。

家の近所をふらふら散歩していたとき、色とりどりの花が咲き乱れた庭を見かけて立ち止まりました。季節は春で、陽気にみちていました。なんて美しい。私は思わず見とれて庭のほうに近づいて行きました。

ガラガラガラ。とつぜん住宅の二階の窓が開いて、家の主の怒声が聞こえました。「何の用ですか?」

私はハッと我に返りました。知らないおばさんがこわい顔でこちらを睨んでいました。おばさんは私を泥棒かと思ったんでしょうか?当時十九歳だったまだ幼さの残る私に、警戒心を起こさせる要因があったとは思えません。

敵意をむき出しにしてくるおばさんと美しい庭、私にはどうしても結びつきません。

花の美しさを愛でる女の子のこころがおばさんには分からなかったのでしょうか。それとも人の家の庭をジロジロ見た私がいけなかったのでしょうか。そんなわけないよね。

奈良での庭事件。


トコロが変わって。


歩いている私の足元でなにか言っている声がします。

ニ、三歩、通り過ぎてからから振り返ると、おじさんが一生懸命なようすで何かを私に言っているのです。

何を言っているのか分からなかったのですが、おじさんが指差す先を見ると、真っ白いテッポウユリが咲いていました。

道端のテッポウユリを指差しながら、おじさんは何か一生懸命に私に話しかけていたのでした。

おじさんがのコトバを翻訳すると「ねえ、見てよ見てよ、きれいな百合だろ? 僕が植えたんだよ。きれいだろう?」

おじさんはそう言って私と感動を分かち合いたかったに違いないと思います。

百合は、ほかのどの百合とも違う、おじさんの百合なのです。百合とおじさん、どちらもかわいかった。

ニコッとするおじさんに、思わず笑顔でお返ししました。

道端ですれ違ったわずかの時間に、私のこころを捉えた百合おじさん。

こんなおじさんのいる石垣島がすきです。

そして、百合おじさんを思い出すたびに、なぜか奈良の「庭事件」がフラッシュバックするのです。


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