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こころを開いて話してみよう
久しぶりに懐かしい人に会いました。
十六年前に石垣に住み始めた頃にお世話になった人です。
地元の中学校の退職校長のかたで、現在は八十五歳ぐらいでしょうか。
沖縄離島の長老のかたはお元気なかたが多いように見受けられますが、その中でもこの元先生は一段とエネルギッシュで、いつまでも枯れない若さをお持ちです。
あさって囲碁大会の八重山代表で那覇に行くんだよ、と仰ってました。
なにごとも一番になるまで精進したそうで、テニス、野球、走り高跳びなど高い身体能力をお持ちで、「超人」とあだ名されたんだそうです。
先生のはなしはまた別にするとして、この人にとてもお世話になりました。
私がお呼びしたら快く面会してくださいました。
京都を離れて石垣に来たばかりの頃は一人ぼっちでした。
その頃のたぶん世捨て人の風情で海岸をふらふらと歩く私の姿を覚えている数少ない人の一人がこの人です。
当時の私は自分のことは何も語らないからミステリアスだったみたいです。
旅人みたいだった私には、先生の包み込むような暖かいオーラが印象的でしたが、そのうち接点がなくなって、会わなくなってしまいました。
両親のことや長年の悲しみを開放できて、自分のすべてにOKがだせるようになった今、先生にもう一度会いたい、話したい、と思いました。
これまで口が重くて何を話したらいいか分からなかったのでしたが、何も話すことが無いのは自分を否定していたからだったのでした。
先生の顔を見ると、はなしが自然にほとばしり出ました。
空白のように感じていた歳月が一変につながって、意味ある生の時間のように感じられてきました。
凍りついていた時間が流れ出して、生きている実感が湧き上がってきて、ああ、自分だな、という感じがしました。
自分で自分を受け入れると、自己表現することに対する恐れが緩んでくるのがわかります。
ストッパーがはずれて、はなしが弾み、先生とお昼過ぎから夕方まで話し込んでしましました。
先生は幸せだった教員生活の思い出を話してくださいました。
先生は愛情深く育った人で、私のどんな話も聞き逃すまいと耳を傾けてくださいました。
心理療法を二十年続けた話、元夫との別れと石垣に来てからのこと、両親との問題が解決して新しい人生を始められるようになったこと。
聞いてくれて深く癒されました。
はなし終ると晴れ晴れとした気分になって、長年の悲しみが一変にとけて流れていきました。
幸せな時間を過ごせました。
お世話になった先生に、私の成長したすがたを見せたかった。
ただ、愛されて育った先生は、私の虐待された話はわからなかったみたいですが。
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