【読書ノート】「ここじゃない世界に行きたかった 塩谷舞 著」を読んで①
毎月スタディカフェに置く新しい本を選ぶ。夫からは新書のベストセラーを頼まれるが、自分の心が躍らない本を買う気にはどうもなれない。とはいっても、お客様が読みたい本もきっとそういった本のはずで、最近の人気本と自分の興味をすり合わせていく。
ある日の朝、気になる記事はないかと新聞をぺらぺらめくっていると、塩谷舞著の「ここじゃない世界に行きたかった」(文藝春秋)が小さく紹介されていた。初版は2021年に発行されていて、文庫本が今年(2024年)の5月に発売されたらしい。本の紹介文とタイトルが気に入り購入した。3月に1歳になったばかりの子供との新生活は毎日慌ただしかったが、この本は読んでみたいと思った。
これまで自分か経験した感情を著者も同じように経験していることに驚いた。自分ではうまく言葉にできなかったそれらの感情が、柔らかくも力強いことばで文章化されている。「きれいだな」と思った。このきれいな文章を少しばかりお借りしながら、私も自身が感じてきたことを文字にしてみたくなった。(以下の『』は引用箇所です)
本の題名のような願望は誰しもが一度は抱くのだろうか。私は一度では済まず、何度も抱いたことがある。大学3年の頃、友人たちが黒いスーツを身にまとい履歴書の下書きやSPIの勉強にせっせと励んでいるなか、心の底からそのメンバーの一員になることを拒否している私と、今後の進路をなにも展望できずに焦っている私がいた。なぜみんなと同じように頑張れないのか分からなかったが、今思えば、暗黙の裡に引かれている1本のレールの上から降りたくて仕方がなかったのだと思う。義務教育の小中学校、学力で選ぶ高校や大学、就活を経て新入社員。多くの企業には新卒枠というものがあるらしく、新卒というのはそれだけで強みなのは確かだ。就活が決まらなかった場合、大学院に進学する友人が多かった。2年後に再び新卒として戦うために。私は新卒という武器も知らずに、海外へ行けば格好がつくのではと、海外ボランティアを検索したりしていた。ふらふらしている教え子を心配してか、所属していた研究室の教授が新規プロジェクトのメンバーに推薦してくれた。大学卒業後は1年限定の研究補佐員としてがん幹細胞の研究の手伝いをしながら、英語の教員免許の資格をとるために通信教育を受け始めた。(なぜ英語の教員免許を取ろうと思ったかは話が長くなるため省略します)
教員免許を無事に取得し、初めて1人で海外に出かけた。日本とは違うにおいや、英語が飛び交う道端のおしゃべりに「別の世界に来た」と気持ちが高揚する。しかし、よくよく辺りを見回してみると、そこには日々の生活のために懸命に働く人々の姿がある。
『私たちは「ここじゃない世界にいきたい」といまいる場所から離れてしまいたくもなるけれど、その遠い場所では結局、別の現実の中で人々が懸命に生きている。』
どこの世界でも、やりがいや楽しみ、こだわりやプライドを持って働く人の姿は美しい。見ているだけで幸せな気分になり、そんな人との接触は非常に気持ちが良いものだ。近所のスーパーの駐車場にきびきびと動く男性がいる。「はい、どうぞー!」「ありがとうございましたー!」と車の出庫をフォローし、歩行者の安全を確保する。その動きには無駄がなく、プロフェッショナルという言葉が頭をよぎる。私も「教育の世界でプロフェッショナルになるんだ」と意欲をみなぎらせ、今晩の食材を買う。
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