見出し画像

カナダで実感する平和と、日本語教師が平和のためにできること

カナダでは、11月11日はRemembrance Dayといって、
戦争で戦った軍人たちを思い起こし、現在の平和と自由を感謝する日です。
この日が近くなると、赤いポピーの花のピンを胸につけた人たちを多く見かけます。
ポピーの花のピンは、スーパーなどに置いてあって、各自自由に取っていいようになっています。
11月11日の午前11時には、minute of silence、黙祷が捧げられます。
私はその日、子どもたちのホッケーの試合のアリーナにいたのですが、11時になると、トランペット奏者が登場し、Last Postという曲を演奏したのちに、2分間の黙祷が行われました。

今年の11月11日は土曜日だったため、子どもの通う小学校では、Remebrance Dayのセレモニーが金曜日にありました。
長男の学年が、創作ダンスのパフォーマンスをするというので、見に行ってきたのですが、それがとても心を打たれるものでして。

兵士が戦争へ出征していき、戦い、ある者は倒れ、ある者は生還し、
その後、平和と自由な世界をのびのびと謳歌する人間の姿が、
創作ダンスで表現されていたのですが。

背の高い子、低い子、男の子、女の子、
いろいろな肌の色の子、世界中の国からカナダにやってきた子、
みんなが、ひとつの作品を作り上げている姿に、
これこそが、「平和」と、胸が熱くなったのでした。

戦争中は、敵として戦っていた国の子孫である子どもたちが、
70年以上の時を経て、
こうして同じ学校に通い、ひとつの国に住むことができている奇跡。

今、戦争を抱えている地域にも、そんな奇跡が一日も早く訪れますように、
と願わずにはいられません。

私が日本語を教えている生徒さんたちは、
大人も子どもも日本に興味のある人たちばかりですが、
そんな人たちでも、広島・長崎に落とされた原爆のことを知らなかった人もいます。

世界平和のために働く人に、子どもの頃は憧れていた私ですが、
カナダで、平和のために、自分にもできると気づいたことがあります。
原爆のことを、目の前にいる人に伝えることです。

同居していた祖母は、戦争のことをあまり話しませんでしたが、
一度だけ、ぽろっと思い出が出てきてびっくりしたことがあります。
戦時中、長崎にいた祖母は、広島の原爆のことを知り、
次は長崎かもしれない、という噂を信じて、歩いて疎開した、というのです。

もしも祖母が疎開せずに長崎にとどまっていたら、今の私は存在していなかったかもしれない。

その話を生徒さんにすると、Thank you obaasan! と喜んでくれるので、
原爆という、若いカナダ人にとっては遠い国で起きた、遠い昔の出来事を、
少しは身近なこととして、捉えてもらえるきっかけになるかなと思っています。
そして、日本に行くから日本語を勉強している生徒さんには、
原爆ドームや資料館を訪れることを勧めています。

さて、今日も夕方4時から8時まで、ぶっ続けでレッスンです。
10歳、13歳、15歳、そして20代の大人の生徒さんたち。
いつか、この若い世代たち、日本語を勉強した経験が、ささやかな平和の道具となればいいなぁ。

では、そろそろ行ってきます。





参考になりましたらサポートお願いします。