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自分インタビュー vol.4 家族、出会い

−小さいながらに大切な人の幸せと、自分の幸せを天秤にかけてどちらも手放したくないから良い子を演じてみたのかもしれない。本当の気落ちに気づいてほしいって気持ちもあったんでしょうね−
▶前回のインタビューで「家族」についてお聞きしましたが、今回はそちらを深掘り!!という感じでよろしいでしょうか
「はい、よろしくお願いします」
▶︎幼児期にご両親が離婚して、お母様にも新しいご家族がいる。自分自身もお父様やお姉さんと暮らす中で、他の方が突然一緒の暮らしが始まるってなかなか想像がつかないのですが、どんな感じで久島さん自身はそれを受け止めてきたのですか?
「そうですね。両親は不仲だったので、結局は無理やり家族を続けないで良かったと今となっては思っています。うちの父は血の気が多い人だったので最終的に母は怪我をしてしまって、父に支えられながら病院に向かう母を見て心臓が張り裂けそうになりながら母を見送ったのを覚えています。」
▶︎お母様はその後どうされたのですか
「そこらへん記憶がないのですが、後に母に聞いたのは、「かよちゃんが「もうでていっていいよ。でもこれはおいていってね、かよちゃんのパンツいれるところなくなっちゃうから」と言ってくれたから出ていく決心をした」と言っていました。置いていて欲しかったのは私のパンツ入れになっていた母の嫁入り道具の鏡台でした」
▶︎それ久島さん何歳の時ですか
「年長の頃ですね」
▶︎年長の時にそんなことが言えるんですか。子どもにとって母親って大きい存在なのに。
「そうですね。私もなぜ自分がこの言葉を言ったのかすごく気になっていたんですよね。やっぱり子どもにとって親って本当に大切で、母親って特別なのも感じています。保育をしていてもやっぱり母親って子どもにとって大切なんだよなって思っていて…もちろん父親も大切なんですけどね。でも母親ってなんか違うなって思っています」
▶︎本当に大切だと思います。側から見ると、5歳の子どもがお母さんを健気に思ったんだろうなって思うし、強い子だなって思ったりしますが
「そうそう。そう思いますよね。多分本当に母に自由になってほしかったのはあると思います。5歳の私は母との思い出の鏡台があればどうにか大丈夫なのではないかって腹を括ったのではないかとも思っています。綺麗に言うとですけどね(笑)あとなんとなくですが、それとは別に駆け引きというか心の奥底には「私も鏡台も置いていかないでね」と母を試すというか、願いも込めて言ったのではないかとも思います。母は結局その一言にけじめがついて出て行ったけど、その後我が家の暗黒期というか地獄の日々がはじまりました。これ大丈夫?ナーバスな話になっていませんか?(笑)
▶︎今のところ…なってますね(笑)
「ですよね。そう言う話じゃないから!!(笑)」

−出会いって本当に奇跡みたいなもので、誰ひとりかけることなく、出会ってくれたからこそ今の私がいると思うし、どんな出会いも必ず何か意味をなしていくと思っているのでどんな出会いも本当にありがたいと思っています。言葉で表せればいいけどそれすらいらない関係がこの世には存在するのではないかって思っています−
▶︎暗黒期とか、地獄の日々とか言うから聞きたくなるじゃないですか!少し聞いてもいいですか?」
「一言で言うと生きた心地がしなかった日々が何年も続くって感じですかね(笑)なんのために生きているのか生きていていいのかもわからなかった。それは私だけではなくて、父は父なりの葛藤があって、姉たちは姉たちなりの、母は母なりの、私は私なりの苦労や葛藤があったよねって思っています。誰が一番辛かったとかそういうのはなくて、その人なりの辛さや葛藤をそれぞれ抱えて「よくぞここまで生きてきたね」って自分にもみんなにも思ってる。生きていてくれてありがとうって心から思っています」
▶︎その中で知らない人と突然暮らしたりがあるんですよね
「そうですね。今まで私が生活したのは2名でした。1人の方は一番上の姉と同じ年のお子さんも一緒でした。2人目の方はちゃきちゃきおばさんで2人とも私にとってはいい方でした。2人目の方は中学2年くらいから20歳くらいまで一緒に暮らしました。」
▶︎そういう関係ってどうやって築いていくんですか
「うーん、わからないな。でも、2番目にきてくれた方は私にとってかなり重要人物でしたね。私をすごく可愛がってくれて、お互い親子ではないのはわかっているし、親子になりたいみたいな願望はない。けど毎日一緒に生活してるし家族というか仲間というか大切な人だよねって思っているというか」
▶︎親子ではない、親子になりたいみたいな願望はないってどんな感じなのでしょうか
「そこらへんわからないのですが、実の親子に拘ってるわけではないけど、私の体の中には父と母とその先祖の皆様の遺伝子しか入っていないからそこを変えることはできないよねって思っていて、でも、遺伝子とか血の繋がりとか、「家族」とか言葉は関係なく繋がっているものってあるのだろうなっていう感じというか、うまく言葉にできないけど何かを表す言葉は大切だけど、言葉はあくまで人を安心させる道具なんだろうなっていう感覚もあります。少なからず私は彼女のお陰で心に血が巡ったというか、ただ日々を生きる生活から色が見えてきた感じはありますね」

−誰かに人生を託そうとすると痛い目にあう。苦しいのは嫌だ!って自分で立っていこうと思ったのがキッカケだけど、結局どんな別れも多少の痛みを伴うもので、痛みを伴わないことがいいことではなく、痛みを伴いながらもそこに囚われるのことなく、この痛みもいいなって思えたり、出会えて良かったなって思えるようになれたのが一番良かったなって思います−
▶︎その大切な方と20歳くらいにお別れが来たとのことですが、その方とも今も交流はあるのですか
「今はほぼないです。でも切れた感覚もないです。不思議なんですが。このお別れも突然だったんですが、たまに家出をする方で、ある時1週間くらい帰って来なくて、流石に長いと思って電話したら「もう実家(山口県)に帰ってきたからもう帰らないよ!」ってあっけらかんと言われたんです。私の大切な人はみんな私の前から消えていく…と、もうメンタルがやられてしまって(笑)でも、このことがキッカケで自分が人に寄りかかって生きていたのもわかったし、誰かに自分を託す人生は嫌だなって思ったんですよね」
▶︎誰かに人生を託すとはどういう感覚でしょうか
「私は突然訪れた別れに少なからず不安が押し寄せてきちゃったんですよね。別れが悲しいとかだけではなく不安だったんです。それくらい私の中で彼女の存在は大きかったので仕方ないのですけど、自分と一生生きていくのは誰でもなく自分だから、まず自分と生きていく覚悟を決めないとダメじゃない!?って思ったんです。こういうことを言うと1人で生きてくって捉えたり、人に頼らないで生きていくって思われちゃうけどそういうことでは全くなくて」
▶︎誰かが心の支えになるって、親や家族、パートナーとか、子どもとか対象になりそうですよね。そういう存在がいることってそんな悪いことでもないし、結構あるのかなって思うのですが、どのような捉え方でしょうか
「私も悪いものだとは思っていません。自信がついてかっこいいなって思う方もたくさんいるので。これは否定的な見方ではないのですが、例えば不安そうな子に彼氏ができたとして、その途端自信がつくというか強くなれる感じになる子ってたまにいて、不安を軽くするための関係性や、隙間を埋めるための関係性だとどうしても依存関係になってしまって、関係が終わるとまた不安が戻ってくというか、そのスタイルは一過性のものにすぎないなって思ってるんです。私は大元が変わっていないと結局同じ悩みや葛藤がループすると思っています。それを繰り返しているうちは苦しみは変わらないと思っています」

−本当の自分の気持ちを素直に見ることって意外と難しくて、「何か」をどうしても外に向けたくなる。私はいまだにこれやっちゃうんです。気づいた時に赤面するほど恥ずかしくなりながらも、「気づけて良かった!次にいかしてこ!!」って恥ずかしい気持ちと共に生きています−
▶︎久島さんはそこらへんいつもストイックすぎるんだよな(笑)今はみんな軽くいきたい時代だし、そんなに考えたくない人も多いのではないでしょうか
「そうですよね。いや、軽く生きて行ってほしいですし、私も軽くいきていきたいです。でも、軽く生きていくためにまずは自分を愛することでしょ?って思っています。実際、私の学生時代は片親って本当に珍しくてほぼいなかった。ましてや母親がいない人にはあまり出会ったことなくて、みんないつも気を使ってくれたんです。だけど、私はそれがすごく嫌だったんです。気を使われれば使われるほど自分が可哀想な子になっていく感覚というか。私はただ生きているだけなのに可哀想な子になっていく。それが悔しくてみんな嫌い!とまで思っていた。でも、ある時可哀想と思っているのは自分自身だったんじゃないかって思った時があったんです。自分の問題を人に向けていたんだなって思って。まずは私が私を可愛がってあげて、認めて、愛していくのはどうだろうか。って思ってからは起こることの捉え方がかなり変わりましたね」
▶︎自分の問題を人に向けると楽な感覚ありますよね。実際そうしないと自分が保てなくて辛い人もいるように思います。
「辛いですよね。私は、本来のその人に帰れたら悪い人はいないと思っていて、みんな良い子だと思っています。実際子どもは良い子しかいないので。でも、いろんな経験から自分を守るためにいろいろ装備をしないと保てなかったんだなって思います。だから、子どもたちにはその装備をなるべく軽くしてほしいし、大人にはお疲れさまでした、お帰りなさいって思ってその装備取って軽く生きていってほしいと思っています。誰でも幸せになっていいし、それを諦めて欲しくないとも思っています。じゃあお前は完璧なんか?って聞かれたら完璧じゃないです、全然(笑)だから周りに人がいるんだと思っています。完璧だったら1人でいい。でも、誰も完璧じゃないし、完璧でいなくていいというか、もはや完璧にならないために人がいるのだとも思っています。人がいないと心がざわつかないから(笑)心がざわつく面倒くさい関係って本当に大切だと思います」
▶︎心のざわつきって結局自分を振り返りますもんね。次は何を聞こうかな。久島さん裸ん坊ですね
「困りましたねぇ(笑)また、次回もよろしくお願いします!」


インタビュアー:久島佳代 インタビュイー:久島佳代

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